ガイド兼メッセンジャーのセリナさんとシズル婆さん~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

人を見た目で判断するのは悪手である……

 封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。その街の中心、地下深くへと続く奈落ならくごとき大迷宮に、今日も多くの探索者たんさくしゃ命懸いのちがけで挑んでいる……。


 しかし、どんなに覚悟をしていても、誰だって好きこのんでは死にたくはない。

 出来できれば何事なにごともなく探索を終え、五体満足ごたいまんぞくで安心安全に帰還きかんし、持ち帰った迷宮の品々で地位や名声、巨万の富を手にしたい……。


 ただ、もし仮に夢破れ迷宮内で力尽きるようなことがあったなら、そのことを仲間や大切な人へと伝えて欲しい……。


 そんな探索者たちの切なる願いにこたえ、いつの頃からか引退した彼らやその関係者たちが集まり、とある組織を起ち上げ始める――。


 探索者たちを安心安全に迷宮の目的階層へ送り届け、最悪の事態じたいおちいった場合には彼らの最後を地上へ伝えることを生業なりわいとする者たち。


 ――それが『案内屋ガイド』と『伝言屋メッセンジャー』である。けれど、


「だからですね? その金額ではガイド案内屋メッセンジャー伝言屋派遣はけんできません! というか、第三階層すら心配とか、貴方たち探索者に向いてませんよ?!」


 彼らとて崇高すうこうな使命感から無償むしょうで働くわけではない。地獄の沙汰さたも金次第。安心と安全、死後のうれいをはららすには、それなりの大金が必要なのであった。


 ここはクラン『蝋燭の火キャンドルファイア

 案内屋ガイド伝言屋メッセンジャー、その双方そうほうを生業とする組織である。


「また一段と荒れてますね、アンジェ……。受付なんですから、もっと笑顔、笑顔!」


 今しがた新人探索者パーティを鬼のごと形相ぎょうそう辛辣しんらつな台詞で追い返した青髪の女性に、手を振り微笑ほほえみながら話しかけるのは銀髪の少女。


「はぁ……セリナさんですか。しかし、怒りたくもなります。あの手合てあいがここ数日でもう五十件を超えるんですよ? そんなに恐いなら探索者なんてやめれば良いんです!」


 そうまくし立て、ふんっと腕を組んでそっぽを向く受付嬢うけつけじょう。その様子にセリナは苦笑くしょうしながら同意する。


「確かにそのほうが幸せですよね。表層なら九割は無事に帰ってこれるんですから……」


 逆に言えば一割の確率でこの世を去るわけだが、それを恐れるなら受付嬢アンジェの言葉通り、そもそも探索者に向いていない。

 もっととうな仕事、それこそ田舎で畑をたがやすか、街でなにかしらのあきないをしたほうが、まだ心穏こころおだやかに暮らしていけるというものだ……。


 うなずきつつそんなことを考えていると、


「やぁ、腕利うでききの案内屋ガイド伝言屋メッセンジャーやといたいんだけど、誰かいる?」


 優男やさおとこ風の兎男ラビットマンと赤いうろこ蜥蜴人リザードマンしたがえ、金髪の美少女が訪ねてきた。

 先ほどの新人探索者パーティとは明らかに違った雰囲気をまとう三人に、これは面倒ごとがやってきたぞ、とセリナとアンジェは思わず顔を見合わせる。


 ★     ★     ★


 受付で軽く話を聞き、予想通りの難案件なんあんけんと判明したため、応接室でクランマスター同席の上、仕事内容の詳細を聞くこと数十分。

 話が終わると、『蝋燭の火キャンドルファイア』の女主人ナールは葉巻はまきへ火をつけながらめ息をこぼし、


「まさか『骨拾い』専門の『馬の骨』から仕事が持ち込まれる日が来るとわね。にしても噂通うわさどおりの美人だねぇ? ジーンだっけ? アンタ本当に男かい?」


 紫煙しえんをくゆらせ見つめる視線の先には、不愉快ふゆかいそうににらみ返す金髪の美少女、ではなく美少年?

 その両脇に座る兎人と蜥蜴人は笑いをこらえる様子で肩を振るわせている。


「うっさい。その手の冗談には飽きてるんだ……。一度目は許すけど、次はないよ」


「恐い、恐い。まぁ、内容は分かった。この仕事、引き受けよう。そうだね、こっちからはこのセリナと……あー、シズルを派遣するよ」


 ジーンの態度をどこか楽しげに眺め、ナールは仕事の受注と人員を決める。

 しかし、これに驚いたのは成り行きで同席したセリナだった。


「え? ちょっとマスター本気ですか!? 私、まだクランに入って二年目ですよ?!」


 思わず抗議こうぎの声を上げるが、ナールは大丈夫、大丈夫と手を振り笑う。

 

 けれど、大丈夫なはずがないのだ……。

 目指す場所は生還率せいかんりつ九割の迷宮表層めいきゅうひょうそうよりなお深く――、

 挑んだ半数が未帰還みきかんになると言われる上層じょうそうさらに下――、

 

 ――足を踏み入れるのは自殺同然と揶揄やゆされる迷宮中層めいきゅうちゅうそう


 それに加えて依頼者は『骨拾い』である。

 迷宮の財宝やロマンを追い求める探索者ではなく、死した彼らを回収し売却することを生業なりわいとするやから……。


 探索者は己の夢や野望に命を賭ける……。

 案内屋と伝言屋はそうした彼ら生者せいじゃの輝きに命を賭ける。

 しかし、骨拾いは死者からうばうために、その命を賭ける。


 そんな迷宮へ挑む者の中で、最も命知らずと言われるような連中が、自分たちだけでは手に余る、と持ち込んだ仕事だ……。

 目的地が危険なことは間違いないが、骨拾い自体が危ない可能性も大いにあった。


「ふぅ~ん、ボクも見た目で苦労するからとやかくは言わないけどさナールさん、こので本当に大丈夫なの?」


 頭を抱えこの世の終わりだと絶望するセリナへ、値踏ねぶみするような視線を向けつつジーンが問うと、


「若いけどそいつは優秀だよ。この間も表層の最深部から無事逃げ帰ってきた。それにだ、今回はセリナの補佐ほさにシズルも付ける」


 ナールの言葉にうながされるように、受付嬢うけつけじょうのアンジェが一人の老婆ろうばを連れて執務室へ現れる。

 しかし、腰をかがめ、杖をつき、支えられながら歩くその姿は明らかにこの場に似つかわしくなかった……。


「元気だったかい、シズルばあさん! 仕事だよ! し・ご・と! 中層へ行きたいっていう馬鹿どもを送り届けてやってくれ!」


 けれど、ナールは周囲の雰囲気を気にした風もなく、若干じゃっかん声を張り上げ老婆、シズルへと話しかける。


「あ~? なんじゃって? もう夕飯かい?」


 すると耳に手を当て、見当違いの返答をする彼女へ誰もが思った、あ、この婆さんはダメだ、ボケてる!


「ちょっ、ナールさんこれは流石さすがに――!?!?!?」


 あまりの人選に立ち上がり抗議しようとするジーンだが――、


 ――首元で感じる冷たい感覚に動きを止め、続く言葉と息をむ。


 眼前がんぜん、いつの間に移動したのか、シズルと呼ばれた老婆に細身の剣を突きつけられていた……。

 そのあまりの早業はやわざに、只人種ただびとしゅ以上の知覚を有する獣人種じゅうじんしゅ、両脇に座る兎人と蜥蜴人も思わず眼をまたたかせている。


 彼らの反応をクツクツと面白そうに笑うナール。


「どうだい? 御年おんとし八十八歳、うちのシズル婆さんはたいしたものだろう? これでも現役の探索者時代には中層の最下層へ到達した御仁ごじんだよ……」


 そうして葉巻の紫煙をくゆらせつつ、周囲をジロッと睨み付け、言葉を続ける。


「よ~くおぼえておきな小童こわっぱども。この都市で老人に出会ったら強者つわものと思いな。こいつらはね、お前たちが命懸いのちがけでもぐってる迷宮が、ついぞ殺しきれなかった化け物だよ……」


 これ以降、人選に対する抗議の声が上がることはなかったのであった……。


 ★     ★     ★


 翌日。骨拾いのジーン、兎人のラビ、赤い鱗の蜥蜴人チェルトラ、案内屋ガイドけん伝言屋メッセンジャーのセリナ、その補佐としてシズル。五人は予定通りに封印迷宮ふういんめいきゅうシルメイズへと足を踏み入れた。

 目指すは迷宮の中層、第八十二階層・Eの第一区画である……。


 彼らはセリナとシズルを先頭に、まずはほのかかな薄緑色の光に照らされる洞窟どうくつ、迷宮表層部を急ぎ足で下へ、下へと進んでいく。

 現在、とある事情で厄介やっかい迷宮生物めいきゅうせいぶつとほぼ遭遇そうぐうしない表層だが、それでもやはり下へ向かうほどに出会う確率は高くなる。


 だというのに、先頭を行くセリナとシズルはまるで迷宮生物がどこにいるか分かっているかのように、たくみにそれらをけ、やり過ごし、迅速じんそくに迷宮を突き進む。

 その様子に、これが案内人の実力かと、骨拾いの三人はただただ呆然とし、無言であとをついて行くしかなかった。


 一時間後、あっという間に表層を抜け、辿たどり着く上層。

 彼らの目の前に広がるのはきりに包まれた湿地帯しっちたいだった……。


「いや、すげーな! この早さは異常だわ!」


 上層へあまりに短時間で到達したため、カッカッカッ! と思わず声を上げチェルトラが笑うと、


「坊や、もう少し声をお落とし? この先もその調子だと、戻れなくなるからねぇ~」


 柔和にゅうわな笑みを浮かべ、シズルが優しい声音でたしなめる。

 昨日の一件もあり、その笑顔と言葉には妙な迫力があった……。


 そうしてセリナとシズルの案内で、最小限の会話を徹底して進むこと数時間。

 上層も半分を超えた第六十五層で事件が起きる……。


 濃い霧のただよう湿地帯。そこを進む五人の前に突如とつじょとして、二つの首を持つ竜が現れたのだった。


「おや……、こいつは不味まずいね。セリナに坊やたち、今回は撤退てったいするよ……。双頭竜そうとうりゅうオルトス、普段は中層にいるヤツだがね……。こいつは少しばかり執念深しゅうねんぶかい。これに追われながら進むとか無謀むぼうもいいところさね……」


 まいった、参ったとぼやくシズルの背後で、セリナたち四人は明確な死の恐怖に息をみ、言葉を失い立ち尽くすが、


「なにやってんだい! セリナ! 走りな!」


 その一声ひとこえで正気に戻り、四人はセリナを殿しんがりにしてこの場からけ出した。

 彼らを見送りシズルは眼前がんぜん双頭竜そうとうりゅうへ剣をかまえる……。


「さぁ~て、少しばかり遊ぼうかいね? なに、あの子らが表層に到達するまでさ。さほど時間は取らせないよ……」


 うな鎌首かまくびをもたげる竜へ向かってそう言うと、シズルは不敵ふてき微笑ほほえむのだった……。


 ★     ★     ★


 数時間後、上層から休みなく走り続けたセリナたち四人はようやく迷宮の外へと脱出したのだが、


「おや、遅かったじゃないか」


 そこには何食なにくわぬ顔でたたずむシズルの姿があった。


「し、シズルさん……」


「いや、なんでいるのさ……」


「マジか! すげーな、婆さん!」


「これは守備範囲外しゅびはんいがいだけどほれれてしまいそうになるね……」


 セリナにジーン、チェルトラ、ラビと驚く各々おのおのに、


「それで? お前さんたち、夕飯はまだかね?」


 どこかとぼけた様子でニヤリと笑って返すシズル。

 御年おんとし八十八歳、いまだに迷宮が殺しそこねる強者つわものの姿がそこにあった……。


 後日ごじつ、五人は再び迷宮中層へ挑むのだが、それはまた別の物語。


 ……to be continued?

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