3月31日のシンデレラ

ぺらねこ(゚、 。 7ノ

3月31日のシンデレラ

 あーしはギャルで、難しいことはわかなくて、大人の男の人の隣に座って、ちょいちょい触られるのを我慢して、テキーラ飲んで、潰れた子を介抱して、なんとかみんな救急車には乗らずに済んで、店長は床で寝て……。


 そんな日々が続くわけがなかった。


 週に数日の馬鹿騒ぎを2年弱続けたあーしだけれど、本当はまじめに大学に通い、経営や経済の勉強をして、なんとか簿記の三級もとって、あの牧場に戻らなければならない。

 実家は酪農をやっており、父親は去年倒れてからなんとか歩けるようになったものの、少し麻痺が残ってしまった。母は俺に涙を見せ、帰ってくるように言った。もともと、家を継ぐ予定で入った大学だけれど、俺は実家も牧場も働いてくれている人もみんな大好きだった。

 そこまで大手でもないとは思うが、実家の土地はそれなりに広く、家族だけでは働き手が足りない。そのため、何人かのスタッフを雇ったり、外国人実習生を受け入れたりして、試行錯誤を繰り返していた。

 折悪く新型コロナで頼りの外国人実習生が帰国させられてしまい、再入国の予定が立たなくなってしまった。近隣の牧場も、同じように急な人手不足で、融通することもできない。

 父も頑張りすぎてしまったのだろう。倒れる前は、人を受け入れたのだから、しっかり給料を出して飯を食わせなきゃ。と口癖のように言っていた人だ。誰よりも責任感が強かった。

 残念ながら、父の働きぶりは流石に以前のようにはいかないようだ。自分が思うように働けないことへの苛立ちで、そろそろ限界を迎えそうだ。と母から聞いた。

 両親には4月になったらすぐに行くから、と電話口で伝え、あーしは残り少ない降臨予定をインスタとTwitterに書き込む。

 店長はホントは残ってほしかったんだよねとかいいながら、あーしの卒業日を発表し、ホントは自分で仕入れなきゃいけないオリシャンをこっそりお店のお金で用意してくれた。

 お父さんが倒れたのなら、少しは自分で自由になるお金がないと気が滅入っちゃうからねと、あーしに笑いかけ、店長はラベルも可愛く作ってくれた。


 卒業式の日はヤバかった。

 遠隔オリシャン、遠隔ドリンクの雨が降り注ぎ、100枚用意したチェキが残らず消えた。去年の生誕祭では50枚用意してちょいちょい残ったはずのチェキが、きれいになくなった。

 来店してくれたお客さんは、あーしとツーショを撮り、更には勝手にチェキで撮ってお金をおいていった。どういう勢いなんだ?

 なお、その時の店長はもうメイド服のまま床で転がっていた。意外とお酒弱いんだよね……。

 あーしは九州の血が濃かったのか、過去イチ飲んだけど倒れずに済んだ。店長の介抱は後輩のキャストが2人がかりで頑張ってくれて、店を閉めるときにはどうにか店長も復活し、キャストとともにお客様のお見送りをした。


 店でメイクを落として、酒と化粧品の匂いをまとわりつかせたまま、クソ地味なジーンズにパーカー姿の男子大学生に戻る。俺の着ていたメイド服とヨーロッパから取り寄せた厚底のブーツをロッカーに入れる。


 実家に帰るだけの簡単な荷物にその大きなブーツは入らないから。


 店長は再び店のソファーで寝息を立てていた。何か言葉をかけたかったけれど、起こすのも可愛そうだし、なにか言うと俺が泣き崩れてしまいそうだったので、そのままにして店を出た。


 数時間後、店長からLINEが届いた。

「うちの可愛いメイドさんへ。ガラスのブーツをお忘れですよ? ご実家に送る?」

 夜行バスの中で俺は、店長が泣きべそ顔でこれを書いているところを想像して、泣いた。

「親愛なるメイド長へ。そのブーツ26.5の特注です。丁寧に履いてきたつもりなので、サイズの合う子に渡してください。

 きっと靴のサイズのない子がやってくるので」

パーカーの袖を落としきれなかったファンデと涙でぐちゃぐちゃにしながら、10分位かけて、それだけ送った。

「あなたはやさしいから、牧場でもうまくやっていけるよ。メイド長が保証します( ˘ ³˘)♥」

 どうせギャン泣きしながら書いてるんだろうなという返信が届く。

 スクショを撮ってメールで自分に送っておく。この言葉が、俺のお守りになるような気がしたから。

「シンデレラのブーツ、お店においていきます。そのブーツにも思い出はあるけれど、胸の中にしまうにはちょっと大きすぎるので」

「あーしのあと、そのブーツが似合う子が来たら、写真を送ってくださいね? 一言送りたい言葉があるので」


 ここまで書いて、最後のメッセージは送らなかった。

 駅まで母が運転してきた軽トラが俺を迎えに来ていたから。

「おかえりなさい、疲れてるとこ悪いけど、ちょっと男手が必要なの。そこの長靴履いて動けるようにしておいてくれる?」

 どうやら、俺の足に合うのはゴツいパンクなブーツではなく、黄色くて使い込まれたこの長靴らしい。


 どっちもブーツだけどさ。と思ったら、一筋だけ涙が頬を伝った。

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