(短編)喋らない来栖さん、心の中はスキでいっぱい。
紫ユウ
誰も知らない俺たちのこと。
「来栖さん、俺と共に歩まない?」
雨が降る梅雨時の昼休み。
生徒で溢れているようなそんな時間に、廊下で気障な告白テロとも呼べることが起きていた。
大勢のギャラリーの中で……突然の告白。
しかも、ちょっと自分に酔ったようなセリフ付き。
これをテロと言わずして、なんと言おうか……?
告白された側は大変困ることだろう。
ってか、告白なら校舎裏とか屋上とか、もっといいシチュエーションがあんだろと言いたいが。
まぁ断りづらい空気を醸し出すのが狙いかもしれないけど……。
俺は告白された生徒——来栖瑠璃菜を横目で見る。
彼女は一瞥すると首を左右に振った。
それから無言のままタブレットのカンペアプリに【×】と書いてゆく。
「来栖さん、それはダメってこと?」
(……外は雨だから歩くと濡れちゃう。散歩はしない)
「無言って……何か喋ってくれると……あーわかった! つまりは言い方がダメってことだな! じゃあ、俺が天国に連れて行ってやるよ?」
【無理。死(……天国? まだ死にたくない)】
「え、『死ね』ってこと!? ……えーっと」
【×(……そうは言ってない)】
「…………あの、すいませんでした」
側から見たら、一切喋らず反応が薄い生徒に塩対応される残念な男子という構図だ。
沈黙に耐え切れなかった男子はつい謝っだが、彼女は【謝罪不要】とタブレットに書いてから相手を睨む。
まるで獲物を狙うような鋭い視線。
いや、怒っているようにも見えるかもしれない。
そんな視線を向けられた生徒は「ひぃ」と短い声をあげた。
「あ、あー ……。そういえば用事があったんだった」
そんなことを言いながら後退りして、逃げるように彼女のもとから立ち去ってしまった。
脱兎の如く、逃げるスピードは速い速い。
その姿は、不審者から逃げるそれである。
その様子を見ていた俺の口から、はぁとため息が漏れ出た。
……中々、上手くはいかないな。
せめて、ちゃんと返事が出来ればいいのに。
俺はため息をつき、廊下に取り残された彼女を見た。
相変わらず表情の変化はなく、『無』というのがぴったりな感じなのだが……。
(……また上手く話せなかった、残念)
実際は、まぁこんな感じで落ち込んでいた。
たしかに、来栖瑠璃菜は絶対に喋らない生徒だ。
今のやりとりを見ているだけでは、来栖に対して良い印象を抱くことはないだろう。
無口で、無表情で、反応も鈍い。反応があってもタブレットに書いての筆談だから、話が端的になり過ぎる。
極めつけは、睨むような鋭い目つきで周囲を拒絶している……ように見える。
そう、あくまで“見える”ってだけで、周りには伝わっていないが見た目通りの印象が本当の彼女ではなかった。
「来栖。ちょっといい?」
俺が声をかけると来栖はすぐに振り返り、指で丸を作り『OK』とジェスチャーで伝えてきた。
無表情でじっと見つめてくる彼女は一見、怒っているように見える。
だから、周囲にいるクラスメイトはざわつき『鏑木、大丈夫?』と様子を窺っているようだった。
「とりあえずお疲れ。まぁ告白のかわし方はこれから勉強かな」
【勉強?(……告白? 『歩まない』って散歩の誘いだったよ)】
「あー、なるほど。分かってなかったってことね。まぁさっきの人は要するに、来栖と一緒にいたかったってことだよ」
【理解(……でも、一緒にいるなら鏑木君がいい。その方が楽しいから)】
「……おう。理解してくれたなら良かった」
俺は言い淀んだのを誤魔化すように、わざとらしく咳払いをした。
「そうだ来栖。今回は上手くいかなかった部分もあるけど、練習あるのみだからな? 落ち込む必要はないよ」
【問題ない(……また鏑木君にバレてる? 心配はかけたくない)】
「まったく……強がらなくていいって。表情が硬いし、手応えを感じていないんだろ? どことなく緊張してるように見えるから、ちょっと肩に力が入ってるんだよ。ほら、リラックスリラックス」
(……リラックス…………力を抜いて)
途端にめっちゃ眠そうな顔になったな。
そこまで気を抜けとは思っていないんだけど。
「まぁとりあえず、この続きはまた今度にしようか。昼休みが終わっちゃうからさ」
【了解(……もっと一緒にお話したかったな……残念)】
「……そうだ。来栖が良ければ放課後に待ち合わせにしようか?」
俺がそう言うと、来栖は無言のままぺこりと頭を下げる。
それから彼女にとっての笑みをみせてきた。
まぁ残念ながら、笑顔というよりは口角が僅かに上がるだけなため、周囲は睨んでいるようにしか見えないわけだが……。
俺が教室に戻ると、さっきのやり取りを見ていた生徒が話しかけてきた。
「すげぇよな鏑木は!」
「うん?」
「惚けた顔して〜。よくめげずに来栖さん相手してって思うよ。とりあえずお疲れー(……俺にはあんな風に相手とか無理だわぁ)」
「お疲れと言われるほど疲れてないよ。来栖って割と癒し系だし」
「いやいや。それはないだろ〜!? 自分からは喋らないし、頑張って話しかけても沈黙が長くて……マジで気まずいだけだからっ!」
「ははっ」
「えー……笑うとこかそこ」
そう言って若干引き気味に俺を見る男子生徒。
まぁ、でもこんな態度をとられても仕方ないことだ。
周りからは『頑張って来栖の相手をしている』という風にしか思えないのだから……。
……つくづく言葉足らずで誤解ばかりを生むよなぁ。
本当の気持ちが伝わればいいのに。
俺は廊下をちらりと見る。
すると、ちょうど来栖が取り過ぎるところだった。
(……鏑木君との待ち合わせ。一分一秒も遅れないように……えへへ。放課後……嬉しいな)
心の中で見せる可愛らしい反応。
けど、そんなことは誰も知らないし、気がつくことはない。
クラスメイトも……先生も誰も……。
コミュニケーション皆無に見える俺と来栖のやりとりが、成立していたなんてことを知る筈もない。
俺が【心の声が聞こえる】というを————誰も知らないのだから。
◇◇◇
――放課後。
来栖の内心を知って以来、俺は彼女と一緒に過ごすことが増えていた。
不器用な彼女をなんとかしたい。
そう思って、彼女のためにコミュニケーションの向上など日々特訓していた。
まぁ、今日は実力テストに向けて勉強を見るだけだが……。
【よろしく(……鏑木君と今日も一緒。嬉しい)】
「今日も元気そうだね。あ、時間はいつも通り取れそう?」
【大丈夫(……ずっとこの時間がいい。幸せだから)】
「それはよかったよ……ハハハ」
いつも通り無表情だが、可愛らしい心の声はダダ漏れだった。
無表情な見た目に対しての可愛い心の声……。
俺はそんなギャップにドキッとさせられていた。
心の声は嘘をつかない。
だからこそ、彼女のまっすぐな気持ちが突き刺さってくるのだ。
……俺にだけ効果的なギャップって、毎回心臓に悪い。
変な笑いになったじゃないか。
俺は咳ばらいをして、今日のテーマをホワイトボードに書く。
今日も空き教室を借りての練習だ。
「ってことで、今日は難しい問題をバンバンやるから覚悟しとけよー」
『うん(……教えれるように頑張る。目指せ、せんせー)』
「おっ。やる気だな。けど、頭が沸騰するぐらいのエグイ問題やるけどいい?」
来栖は目を伏せ、それから開くと覚悟したような視線を向け、タブレットに文字を書き出す。
【愚問(……頭パンク。でも、鏑木君が言うなら……歯を食いしばってでもやらないと。覚悟を……死ぬ気で)】
「いや、来栖? 冗談だからそこまで本気にしなくても。ちゃんと、イチからやっていくから」
(……私、頑張るのに)
「露骨に悲しそうな顔をしないでくれよ……。ってか、頑張る量は適度にしないと潰れるぞー」
【問題ない(……やればできる。世の中、努力、根性、気合)】
「一旦……肩の力を抜こうな?」
後半は精神論オンリーじゃないか。
気持ちがまっすぐなのはいいけど、力の抜き具合が下手なのが難点なんだよなぁ……。
俺が苦笑すると、彼女が袖をぐいっと引っ張ってきた。
「うん?」
【痛めつけてください(……甘えてばかりはダメ)】
「おい。言い方に語弊があるからな?」
【ビシバシと鞭(……ストレートに伝える)】
「いや、それはもっとヤバいって」
【キツイのが最高(……努力の先に成功がある)】
「……うん。来栖は言葉選びから覚えような? ってか、それを人前で言うなよ? 色々と飛び火しそうだから」
ため息をつくと来栖は首を傾げ、きょとんとした。
……マジで、俺じゃなかったら誤解しか生まないよなぁ。
こんな風に、残念ながら特訓の成果はまだまだである。
だけど、努力かな彼女を諦めずに応援しないとな。
(……鏑木君に褒めて貰いたい。がんばろー。えいえいお~…………)
く……また来栖は無自覚に……。
照れそうになるのを我慢するのが大変なんだからな……!
見た目と心のギャップにやられる日々。
——しばらくは続きそうだ。
▼▼▼
☆お知らせ☆
『喋らない来栖さん、心の中はスキでいっぱい。』
公式略称:#らなスキ
6月1日に角川スニーカー文庫より発売されます。
よかったらお読みください!
(短編)喋らない来栖さん、心の中はスキでいっぱい。 紫ユウ @inuko
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