MEDIC ~精神乖離区域統括機構~ 

霧継はいいろ

First report 血塗れの船頭

MISSION.1-1 事件現場を視察せよ!

探偵は雨を嫌うらしい。雨水によって痕跡がかき消され、出歩く人が減るので目撃者を探すのが困難だかららしい。なるほど、確かに土砂降りで視界が悪いから運悪くそこの路地裏を誰かが通っても、しゃがんでいる私の赤色のTシャツには気づかないだろう。



私は繭住真琴まゆずみ まこと。ここから一番近くにある普通の高校に通う普通の女子生徒だ。


…いや嘘。話を盛った。学校に在籍しているが通ってはいない。つまるところ引きこもりだ。

半年以上行っていなかった学校に勇気を出して久しぶりに行ったというのに、授業も受けずにこんなところで雨宿りをしている。


まあ、今は学校に行ったところで今は誰も授業など受けていないだろう。

遠くで何台ものパトカーの音がドップラー効果とともに聞こえてくる。私は顔を顔をうずめて丸くなると、音が聞えなくなるのを待った。


もう一度あの光景を目の前にしたら、今度こそどうにかなってしまいそうだった。



『ねえ真琴、そうやって隠れる必要なんてないでしょ? もうやってしまったじゃない。あの三人』


自身の口から、思ってもいない言葉が出てくる。

ああ、またこいつだ。 こいつはいつも私を望んでいない未来へと引っ張っていく。


「違う。あれは私がやったんじゃない。ドアを開けたら三人が血塗れになってただけなの」


誰もいない路地裏でに向かって話返す。


『あなたが望んだことじゃない。それに悪いのはあいつらよ。

アナタは自分が化け物だってちゃんと理解してて、それで誰も傷つけないように引きこもってたんですもの』


無口な自分からペラペラと身勝手な理屈が飛び出る。


「違う。あの子達はいい子だった。ずっと不登校だった私を気にかけてくれたの」


私は頭を抱えてうずくまる。もう許してくれてもイイじゃない。


『友達はトイレの個室に、上からバケツをこぼしたりしないわよwww。

それにひき肉になったみんなの死体を見たとき思ったでしょ。


良かったって。いい笑顔だったものね。あなたにあんなことした悪者が、あんなみすぼらしいひき肉になって!』

「---------------ッッッ!ぁぁぁぁぁああああああ!」


私は抑えきれずに耳をふさいで叫び声を上げる。気づくとの声はもう止んでいて、心が軽くなった気分だった。


しかし、目の前の景色を見て嗚咽を漏らす。コンクリートの壁が獣の爪で裂かれたように深々とえぐれたその三本線は、彼女達と全く同じものだった。


異質な破壊音に釣られて、大雨だというのに路地裏に人が集まってくる。

私は血糊をバッグで隠すと、逃げるように壊れた路地裏を後にした。





―――――――――――――――――――――――



「ほー-----www。こりゃえぐい」


スーツ姿の男が事件現場に入っていくる。事件現場は女子トイレの通路部分で、鑑識が所せましと現場検証を行っているところにテンションの高い男が入ってきたので、現場監督らしき刑事があからさまに嫌そうな態度を取る。


「おい君、どこの所属だ」


この事件はうちのヤマだぞと言いたげな刑事は、男がスーツの懐に手を入れたのを見て、警察手帳が出てくるのを予期していたのだが、男が出した手帖には「POLICE

」の文字はなく、代わりに「MEDIC」の刻印がされていた。記章はドーム型の背景に交差された剣と斧、背景に幽霊らしき玉と糸を連想される細い線が張り巡らされているというもので、これも警察の記章とは全く異なるものになっている。

役職と名前の部分には「MEDIC日本支部情報課長」「壬生谷誠みぶたに せい」という文字が見える。


「…MEDIC?医師団かなんかか?」

「いえ、自分らはMental dissociation area control mechanism。 日本名は精神乖離区域統括機構と言いますが、普段はMD領域の管理をやってる機関です。

失礼ですが、MD領域についてはどれほどの知識をお持ちで?」



テンションの高い男の後ろにいた細目の男が京都訛りの入った口調で刑事の質問に答えると、逆に刑事に向かって質問を飛ばしてきた。


「中に入ったらぶっ倒れるっていう危険区域のことだろう?それの管理をやってる連中がなんで殺人事件に首を突っ込んでくるんだ」



機嫌の悪い刑事は顎を使って壬生谷に聞き返す。


「一般の方であればその知識だけで十分やけど、刑事はんやったらそれだけじゃあきまへんな。

MDちゅーんはMental dissociationの略。つまりMD領域で人が倒れるんははいいた人の肉体と精神が分離してしまうからなんや。んでもって精神が飛び出す理由は、MD領域の中に充満してるエネルギーが精神に取り込まれて肉体っちゅう枷でキープしとくことが難しくなるからなんや。けど、たまにそのエネルギー状態になって出て行った魂を肉体側が引っ張って取り込みなおす猛者がおる」



壬生谷は「ちょっとすまんの」といって刑事の横をすり抜けると、損壊の激しい遺体に目を落とした。三人の女子高生の遺体は、鋭い爪で一掻きされたように胸部、腹部、太ももの部分が10cm以上もえぐられていた。三人の三か所の傷跡は弧を描くように繋がれており、三本の爪で一度に切られたように見える。


「あ~もったいねえ。育ち盛りだってのに」

「灰鷹さん。どこ見て言うとりますん」


灰鷹と言われた男は右手をポケットに入れたまま口笛を鳴らす。


「刑事さん。これホンマに人間がやったと思ってます?」



そう言われて刑事は三人の遺体にに目を向けた。刑事は眉をひそめて沈黙する。

凶器を持った人物が校舎にいるかもしれないということで、学校は立ち入り禁止、生徒たちはみな下校させている。しかし、被害者の身体以外に目立った損壊はなく、それでいてこの傷の深さ、一度に三つの切り傷を三人同時に与えるという神業を人間が行ったとは到底考えずらかった。


答えを出さない刑事をみて、壬生谷はにやりと微笑を浮かべる。


「さっきの続きやけど、その猛者がMD領域にはいると、MD領域内のエネルギーに作用して精神が新しい能力を引っ提げてくる場合があるんや。

うちらはそれを回帰者<リグレッター>って呼んどる」


「…リグレッター」


刑事は壬生谷の言葉をそのまま復唱する。もしこの事件の犯人がそういう能力を持っているのであれば、拳銃一つでは対処できそうもない。


「っそ。うちらは犯人を捕まえるために、わざわざこっち側に戻ってきたんや」





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MEDIC ~精神乖離区域統括機構~  霧継はいいろ @mutugihaiiro

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