28歳、戦士

水乃流

実年齢88歳

――近未来、日本は加齢を克服した。iSP細胞の応用による『若返り処置技術』の確立である。

 若返り処置とは、その名の通り細胞レベルから人体を作り替えるもので、自らの細胞を使っているためDNAは変わらず、記憶も保ったまま。正に、人類の夢といっても良かった。

 鷹見圭吾も、若返り処置を受けた一人だ。彼が処置を受けたのは28年前、ちょうど還暦の時なので、現在の実年齢は88歳。昔なら米寿を迎える年齢だが、彼の見かけは20代にしか見えない。そんな彼の職業は、国軍のパイロットだ。


「鷹見さんは、どうして軍に入ったんですか?」


 鷹見が食堂で昼飯を食べていると、前の席に座った江見田が聞いてきた。


「敬語はやめてください、江見田一尉」

「そりゃま、そうなんですが。鷹見二尉は、その、年上じゃないですか」


 若く見えても、自分の祖父と言ってもおかしくない年齢なのだ。江見田が敬語で話しかけてしまうのも無理はない。


「それはそうですが……まぁ、いいです。で、なんでそんなことを知りたいのですか?」

空軍ここもそうですけど、陸も海も“復帰組”が多いって聞いたんで、鷹見二尉はどうなのかな、と」


 復帰組とは、正木のように若返り処置を受けた者たちを指すスラングだ。処置が始まって30年以上経つ今では、一般にも広く認知されている。そして、軍に復帰組が多いという噂は、鷹見も知っていた。


「他の人のことは知りませんが……そうですね、処置を受けたときには前の仕事は引退していましたし、折角若さを取り戻したのですから、子供の頃の夢を叶えてみたいと思ったんですよ」


 その言葉に嘘はない。不思議と、前職と同じ業界に戻りたいとはみじんも感じなかった。新しい人生なのだから、新しいことに挑戦したいと思った。幸いなことに、身体は若返っただけでなく、近視も修正されていた。顔の造作も直してくれれば良かったのに、と処置直後は誰でも思うそうだ。


「それに、折角若返ったのに祖国がなくなるなんて、許せないでしょう?」


 若返り処置技術を確立した日本は、世界各国から技術の開示を求められた。曰く、人類共通の財産とするべき、日本だけが独占することは犯罪的だ等々、当初は間接的平和的に進められていた議論が、少しずつ圧力が高まり、最終的には武力による侵攻まで起こる事態となってしまった。日本は憲法を改正し、国を護るための軍を設立したのだった。

 そうした経緯もあり、軍に入隊する復帰組が多いというのも、正木には納得できるものだった。


 軍に入ったことを、鷹見はまったく後悔していなかった。両親はとうに亡くなり、連れ合いも残念ながら、処置を受けることができずに天へと旅立っている。子供たちも独立し、それぞれ自分たちの家庭を持っている。若返った後は二、三度しか子供や孫たちには会っていない。


「鷹見二尉はすごいですね」

「そんなことないですよ。江見田一尉はどうなんですか?」

「自分は、母が帰化組なので……ね」


 独裁者や権力者たちは、日本に圧力をかけたが、資産家たちは国という枠組みに縛られることなく、日本への帰化を望んだ。若返り処置を受けられるのが、日本国籍を持つ者だけだからだ。いち早くその動きに気付いた日本政府は、帰化の要件を変更し、一定の資産を持つ者が帰化する場合に日本に資産を移動させることを義務づけ、さらに帰化後10年間は原則海外への移動が制限される。結果、世界の富が日本に集まることになったが、それがさらに日本への圧力を高めることになってしまった。


「まぁ、私は日本人の父との間に生まれた子なので、あまり不便は感じていませんが――」


 その時、鷹見たちのいる基地にサイレンが鳴り響いた。


「いきましょう」


 二人は素早く起ち上がると、格納庫ハンガーへと向かった。


――――――


 実際に若返ると、年齢が如何に身体の反応を鈍らせていたのかがわかる。愛機に乗る度、鷹見はそれを再確認していた。そのお陰か、常に新しい気分で操縦装置に触れることができた。


『グッジョブ、“ブルーホーク鷹見二尉”』


 ブルーチームリーダーが、無線リンクで鷹見に賛辞を送ってきた。


 ここ30年で、軍事技術も格段に進化した。知識と経験を積んだエンジニアや研究者が、処置によって引退することなく研究開発を継続できる環境になったからだ。正木の愛機も、第四・第五世代機とは比べものにならない最新鋭戦闘機だ。ステルス性能はもちろん、機体を覆うファイバセンサーによるヘルスチェックやスマートメタルによる自動修復、ミリ波による僚機との情報リンク、成層圏プラットフォームとの情報リンク、武装も従来の機銃に変わって、マイクロレールガンやレーザーが搭載され、ウェポンベイのミサイルもAIを搭載したスマートミサイルになっている。

 鷹見は、そうした技術の進歩が、自分の戦績に貢献していると考えていた。それでも他のパイロットより撃墜数は多いのは事実だ。それだけ鷹見にパイロットの適性があったということか。


(国を護りたいとか、パイロットへの憧れとか――単純に、飛ぶことが好きだから、かもな)


基地への帰路を急ぎながらも、鷹見は二度目の人生と、空を飛ぶことを楽しんでいた――。

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