揃い年

四藤 奏人

揃い年(そろいどし)

 今日はワシの88の誕生日じゃ。

 ばあさんとの二人暮らしじゃが、今日は息子の家でお祝いをしてもらうことになっておる。

 毎年家族に祝ってもらえるのは嬉しいのぉ。


 前回の誕生日から一年、孫と一緒にケーキを食べながら「じーじ、お誕生日おめでとう」と言ってもらえるのを楽しみにしておった。

 ついにその日が来たのじゃが。


 そうか、今年はあの年じゃったか……。

 

 「佐藤様、88歳のお誕生日、おめでとうございます」

 

 辺り一面真っ白な空間に、ワシはぽつんと立っておった。

 目の前におる羽の生えたべっぴんさんとワシ以外、ここには誰もおらん。


 前回ここへ来たのは、11年前じゃったか。

 今回で8回目の訪問になるが、何度来てもここは不思議なところじゃな。


 「おお、ありがたいことに、長生きさせてもらっておるぞ。あんなに小さかった孫も大きくなって、今じゃ酒も飲めるようになった。時が流れるのは早いものじゃのぉ」


 共働きの息子夫婦に変わって孫の面倒を見ていたワシは、おしめを換える頃から成人式の送り迎えまで、ずっと孫を見守ってきた。

 小さい時は泣き虫じゃった孫が、今では職場で鬼畜上司と呼ばれるまでに成長した。

 そして来月には、結婚するのじゃ。

 お嫁さんと初めて会った時の事が忘れられんわい。

 階段を上るのに苦労していたばあさんに、一番に声をかけてくれたあの時。

 ワシは、この子なら孫を支えてくれる、そう一目惚れしたんじゃ。

 ああ、もう88年も生きたんじゃな。


 「過ぎ去った時は早く感じるものです。それでも、思い出の多さだけ、人は時を感じることができるでしょう。佐藤様の時は、決して短いものではありませんよ」


 「そうじゃな。振り返るには、時間がいくらあっても足りんわい」


 思い返せば、いくらでも思い出せる。

 ワシの青春時代、ばあさんと初めて出会ったお見合い、一人息子のたけしが生まれた時の事。

 全部を振り返るには残りの余生で足りるかどうか。


 「ふふ。でしたら、せっかくの時なのですから、前を見て生きるのが良いでしょう」


 お嬢さんの言う通りじゃな。

 振り返る時間は、命尽きる前の走馬灯があるじゃろうから、今は前だけ見て生きていればいいのじゃ。

 そうと決まれば、本題なのじゃが。


 「ここに呼び出されたのは、例のアレかの」


 「はい。今年は揃い年そろいどしになります」


 揃い年は、生まれ年の数字が11歳、22歳のようにそろった年のことを言うそうじゃが、その年には神様から特別な祝福をもらえるのじゃ。


 「前回の77の年は確か……、運気が上がる祝福を頂いたのじゃったか?」


 毎回ありがたく頂戴しておるのじゃが、あまりよく覚えておらんのぉ。


 「そうですね。宝くじで例えますと、当選確率が一割増しになりました」


 「おお、そうじゃった、そうじゃった。商店街のくじ引きで当たることが増えたのは、お嬢さんのおかげじゃったか」


 「私ではなく、神のお力です」


 そうじゃ、お嬢さんは天使で、神様の代わりに来ておるのじゃった。


 「神様にありがとうと伝えておくれ」


 「そのお気持ちは、すでに伝わっておりますよ。神は万物を見通すお力をお持ちですから」


 「そうかい。それなら、思った時に言えばいいのじゃな」


 「思うだけで伝わりますよ」


 神様は言い伝え通り、何でもありなんじゃな。


 「ほお。神様は凄いお方じゃ」


 神様に感謝を告げ、いよいよ祝福を授かる時がきおった。


 「それでは、88歳の祝福を授けます」


 お嬢さんが羽を広げると、辺りが光輝き、その光がワシを包み込んだ。

 温かな優しい光が胸の内に染み込み、まるで温泉に浸かっている様な心地よさじゃった。

 光が収まり、お嬢さんが羽をたたむ。


 「佐藤様は、今後の人生でお米に困らなくなります」


 「なんと!……どういう意味なのじゃ?」


 毎回よく分かっておらんかったが、今回のは更によく分からんのぉ。


 「88歳は米寿とも言います。よって88歳の誕生日には、お米に関係した祝福を授けることが多いのです」


 確かに88歳は米寿ともいい、米という漢字を使っておる。

 神様も粋な計らいをしてくれたもんじゃ。

 米については分かったのじゃが、それ以外のところが全く分からんじまいじゃぞ。


 「そうじゃったか。して、お米に困らなくなるというのは、どういうことなんじゃ?」


 「そのままの意味ですよ。佐藤さんが「お米が欲しいな」と思った時に、天界からお米が送られてきます」


 天界にも米があるんじゃな……。


 「そりゃまた凄いことじゃ」


 「天界米なので地上の品種ではありませんが、佐藤さんのお体に害が及ぶことはありません。また、その年の最高賞を受賞したお米だけをお送りいたしますので、品質も保証いたします」


 いろいろ思ったことがあるのじゃが、聞いただけ謎が深まりそうじゃな。

 じゃが、これだけは聞かねばならんことが一つあるのじゃ。


 「至れり尽くせりじゃな。じゃが、88歳の者など沢山おるじゃろう。みなにそうしておったら、天界の米が足りなくなってしまうのではないかの?」


 いくら88歳が長寿と言えど、希少というものでも無いじゃろう。

 天界の方々に我慢をさせてまで、米を頂くことはできんのじゃ。


 「佐藤さん。88歳になった方すべてが、同じ祝福を受けるわけではございません。共通点はお米に関するという部分だけで、内容は異なります」


 ふむ。

 皆がみな、米をもらえるわけではないんじゃの。


 「そうじゃったか。それであれば、ワシはえらくいい祝福を頂いてしまったようじゃの」


 ワシばかりが得をしているようで、同じご長寿仲間に申し訳ないのぉ。


 「祝福は揃い年にみな受けることができますが、その大きさは神の采配によって決まります。善行を積んだ方は大きな祝福を受けられ、悪行を行えば小さな祝福しか受けられません。大きな祝福を受けられた佐藤様は、きっと多くの善行を積まれたのでしょうね」


 そんな大層なことをした覚えは無いのじゃがのぉ。


 「ワシはただ、楽しく生きておるだけじゃよ」


 いつも笑顔でいられるようにしておるだけじゃ。


 「これからも変わらず、お元気でいてくださいね」


 「もちろんじゃ。ひ孫も見ないとならんし、おちおち寝ておれんわい。お嬢さんにも、また会いたいからの」


 「私も次回お会えできる時を、楽しみにしております。では、99歳の御誕生日に、またお会いしましょう」


 お嬢さんが光に包まれていく。

 もう帰る時間かの。

 お嬢さんとまた会えるのは、11年後じゃな。

 それまで頑張って長生きせんといかんの。


 目を開ければ、家の布団の上じゃった。


 「さて、朝のラジオ体操をするかの」


 ワシ88歳佐藤優さとうまさるの朝は、今日も日課のラジオ体操から始まる。

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揃い年 四藤 奏人 @Sidou_Kanato

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