鯛とコンニャク芋を並列されたら唐揚げにレモンを絞れ

佐倉島こみかん

鯛とコンニャク芋を並列されたら唐揚げにレモンを絞れ

 うちの部署の新卒二人の間に座らされた教育係の私――水原は、飲み会が始まる前からもう気が気でなくて胃が痛い。

「いい、土屋? くれぐれも余計なこと言っちゃダメよ」

「水原さん、大丈夫ですよ。そんな心配しないで下さい」

 黒髪をひっつめて、起きてるんだか寝てるんだか分からない腫れぼったい一重に眼鏡を掛けた地味な新卒――土屋は、笑って答えた。

 頭の回転が速く、新卒とは思えないほど胆も据わっていて、仕事は出来るのである。ただその歯に衣着せない物言いが非常に問題だった。

月谷つきたにも、男性社員に絡まれて困ったら私に言ってね。絶対守ってあげるから」

「す、すみません、ありがとうございます」

 土屋と反対側の私の隣に座っている、もう一人の新卒――月谷 は、土屋と対照的に少し気が弱く、ぱっちりした二重の垂れ目が印象的な非常に見目麗しい女の子である。

 新卒の地味な方と可愛い方――と男性社員から影で心ない呼ばれ方をしているので、この歓迎会について私が気を揉んでいるのはお察ししてほしい。

 そしてついに、部長の乾杯の音頭があって、飲み会がスタートする。

「いやあ、やっぱり女の子はナチュラルメイクが一番だよねえ」

 月谷を見ながら私の向かいに居る日野ひの主任が言うので、この先輩のセクハラ発言は本当にどうにかならないものかと思う。

「私、そのフレーズを聞く度に、鯛とコンニャク芋を並列するなと思うんですよねぇ」

 私が日野主任をたしなめるより早く、隣で土屋が糸目を更に細めた笑みを顔に貼り付けて言った。

「土屋ァ! ほらサラダが来たよ! そっちの机にも回して!」

「鯛とコンニャク芋? どういうこと?」

 土屋を黙らせるべく丁度来た料理を回すが、日野主任はその発言に興味深そうに食いついてしまった。

「男性の言う『ナチュラルメイク』って、女性の考える『自然に見えるよう計算して作り上げた職人芸』ではなくて、単に『薄化粧』を指すことが多いですよね」

 土屋は隣のテーブルへサラダを回しながら説明しだす。

「ああ、そのつもりで言ったけど……そうか、女性の言うナチュラルメイクってそういうことじゃないんだね」

 日野主任は苦笑して答えた。

 この人はデリカシーがなくジェンダー観が古いが、素直ではあるので、土屋の発言に気分を害した様子がないのだけが救いだ。

「ええ、だから男性の言う『ナチュラルメイク』って『限りなく素材そのままに近い状態』という意味になりますよね。料理でいうところの『刺身』でしょう? 鯛みたいにそのまま刺身で美味しい素材と違って、そのままではとても食べられないコンニャク芋みたいな素材もあるわけですよ。で、その二つを同じ俎上に乗せる言葉なんですよ、『ナチュラルメイクが一番』というのは」

 土屋はこういう話題に敏感で、人のよさそうな笑みを浮かべてバッサリ切ってくるので気が気ではない。

「でもほら、刺身コンニャクだってあるわけじゃないか。あれはあれで美味いだろ」

 土屋の向かいに座っている私の同期の火賀かがが眼鏡をずり上げつつ、皮肉っぽく突っ込んできた。

「火賀、余計なこと言わないで!」

「いいだろ、新卒殿の御高説を賜ろうぜ」

 私が止めるがどこ吹く風だ。私よりちょっと副主任歴が長いからって偉そうにしやがって。

「コンニャクとコンニャク芋は別物です。コンニャク芋って、生だと毒があって食べられないのをご存じありませんか?」

「煽るな土屋!」

 厄介なことになってきたと止めるが、火賀はカチンと来たように笑う。

「ああ確かにそうだな、でもそれが何?」

 火賀から高圧的に言われても、その笑みを崩さない土屋は口を開いた。

「コンニャク芋をコンニャクに加工するのは、とても大変なんですよ。どれくらい工程があるかご存じですか?」

「知らないなあ、聞かせてもらおうか」

 煽られて引けなくなった火賀へニッコリ笑う土屋を、こうなったらもう止められない。

「私の実家がコンニャク屋なもので説明させて頂きますが。まず、収穫した生芋を水洗いし、裁断して、切り干しにします。そうして粉上にしたものを乾燥させ、混じり気のないきれいな粉にするんです。その粉を少しずつお湯に加えながら混ぜ合わせ、しばらくおきます。そこに石灰水を加え、全体が均一に混ざるように混ぜ合わせます。それを板状の型に流し込んで、三十分~一時間ほど置き、更にたっぷりのお湯で三十分~一時間ゆでてアク抜きをするんです。ゆであがったらまた水にさらして、水を替えながら更に半日ほどアク抜きをするんですよ。コンニャク芋をコンニャクの刺身の状態にするまでには、それだけの手間が必要なんです」

 淀みなく喋る土屋の分かり易い説明に、思わず聞き入ってしまった。

「確かに大変な工程だけど、つまり何が言いたいわけ?」

 火賀は挑発するように尋ねた。

「安い醤油で刺身を食べても美味しい新鮮な鯛みたいに、スッピンにリップを塗っただけでも可愛い女性もいますが、私のようにそのままではとても外に出られないので、コンニャク芋をコンニャクにする思いで化粧している人間もいるということです。それを『薄化粧』という括りで同じ俎上に乗せるべきではないと言いたいんです」

 土屋が堂々と言うので、話題を出した日野主任がしょんぼりしている。

「そうか、悪かったなあ土屋、今後は気を付けるよ」

 それはそれで失礼な発言だが、日野主任は素直に謝った。

「日野主任、すみません。ちょっとこの子、言い方が率直過ぎるところがあって……よく言って聞かせますので」

「いや、俺も無意識にセクハラみたいなことを言ってしまってたわけだし、申し訳なかったよ」

 体面上、私が日野主任へ頭を下げれば、日野主任は笑って言った。火賀もこの大らかさを見習ってほしい。

「でも土屋も、そんなに自分を卑下しなくていいんじゃないか。ほら、女の子はお化粧の仕方次第でどうにでもなるだろう?」

 前言撤回、この人は本当に女性への気配りというものがなってない。

「日野主任、コンニャクが主役のお料理って、いくつ挙げられます?」

「土屋ァ! 余計な事を言わないの!」

 土屋が地雷を踏み抜かれたらしく笑顔で言うので、私はツッコミを入れる。

「コンニャクが主役? ええと、コンニャクの刺身と、田楽くらい?」

「そうなんですよ、あとギリ準主役でおでんの具くらいですよ。コンニャクを主役にする料理って幅がないんですよ。例えば、腫れぼったい瞼にピンクのアイシャドウを塗ると会う人に『腫れてるけど大丈夫?』と心配されるから塗れないとか、この糸目だからアイラインはエジプトの壁画くらい入れないといけないとか、そういう制限の元、なんとか工夫して、ようやく刺身か田楽に仕上げているわけです。素材が素材だと『秋のトレンドはサーモンピンク』とか『アイラインは下瞼1/3までで抜け感を』などと言われても、厳しいんですよ」

 土屋はニコニコしながら容赦なく言う。

「鯛みたいに煮ても焼いても刺身でも構わない、どんなお化粧でも映える美人なら、お化粧で幅が広がるでしょうけど、コンニャクを主役にしたアレンジ料理を作ろうとしたら、もう料理研究家の腕前が必要なんですよ。ド素人の人間には刺身か田楽しか作れないわけです。素材によってはお化粧でどうにかするにも限界があるんですよ。お分かり頂けますか?」

「す、すまない」

 日野主任は土屋の説明に気圧されたように謝った。

「じゃあ、『蒼井優とかか多部未華子みたいな顔が好き』とか言えばいいのか」

「火賀ァ! お前また余計なことを!」

 せっかく話が終わったと思ったのに、日野主任が謝ってばかりで面白くないらしい火賀が不服そうに言うので、私は止めた。

「ああ、その女優さん達は、トマトですねえ」

「土屋も訳の分からないことを言わないの!」

 謎の発言をする土屋に、私はこれ以上争うなという気持ちでツッコミを入れた。

「ほう、詳しく説明してもらおうか」

「火賀ッ!」

「トマトはそのまま食べても美味しいですし、鯛より料理への汎用性が高いんですよ」

 私の制止も振り切って、火賀と土屋は続ける。

「『鯛ほど高望みはしてないんです、僕が好きなのはトマトなんです』と、コンニャク芋に言う残酷さが、お分かりですか? コンニャク芋は、そのままでは毒があって食べられないし、コンニャクになった所で使い道が限られている、トマトの対義語みたいな素材ですよ?」

「ぐっ……」

 火賀は反論できずに言葉に詰まる。

 マズい、このままだとプライドの高い火賀が面倒なキレ方をしかねない。

 と、思った丁度その時、唐揚げが運ばれてきた。

「はい! じゃあ唐揚げが来たから大皿の方でレモン絞るけどいいですね!?」

 私はこれ以上、化粧の話にならないように大声で言った。

「はあ? 直でレモン掛けていいわけねえだろ!」

 火賀の意識が唐揚げの方に逸れたので良しとする。

「なんでよ、その方が効率いいでしょ」

 よし唐揚げにレモンの話に食いつけと思いながら、強引に話題転換した。

「俺、レモンは掛けない派だなあ」

 日野主任がのほほんと言うので、私はにっこり笑った。

「あ、本当ですか? 私は掛ける派なもので、すみません。月谷は、どっち派?」

「わ、私はどちらでも大丈夫です!」

 急に話を振られて、剣呑な雰囲気におろおろしていた月谷は焦ったように言った。

「土屋は?」

「私は掛ける派です」

 土屋は物怖じせずに答えた。

「じゃあ、こっち半分に掛けちゃいますから、男性陣はそっちから取ってください。それならいいでしょ、火賀?」

「へえへえ、分かったよ」

 火賀は肩をすくめて言う。

 唐揚げにレモンの話でその後もひとしきり盛り上がり、なんとか化粧の話題に戻さないよう頑張った私を褒めてほしい。

「いい、月谷? あなた土屋と同期で長い付き合いになるんだから覚えておきなさい、困った時は『唐揚げにレモン』よ。あとは、『キノコ派タケノコ派論争』も使えるから」

「こ、心得ておきます……!」

 飲み会後、こっそり月谷に伝えたのは、ここだけの秘密である。

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鯛とコンニャク芋を並列されたら唐揚げにレモンを絞れ 佐倉島こみかん @sanagi_iganas

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