グランシェフ2022

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

漫画シェフVS異世界シェフ

「さあ、いよいよ偉大なる料理人グランシェフ2022の決勝戦が始まろうとしています!」

 ウサミミにアオザイというけったいな恰好のTV局アナウンサーが、ハウリングが起こるか起こらないかのラインを際どくついた大声を張り上げた。

 場内はシーンとしているが、それはウサミミがスベったからではない。

 現在の情勢を鑑み、聴衆の姿はスタジオにはなく、出場者、審査員、それから制作スタッフ以外はすべてオフラインということになっていたから仕方ない。

 盛り上がりに欠けることこのうえない状況にもまったくめげず、ウサミミアオザイはさらにテンションを上げてMCに言った。

「どうですか、舌の中の舌ランデラングタケシさん!」

「興奮です」

 わなわなと肩をふるわせ、たまらずセットの一部であろう山積みのパプリカのうちひとつを鷲掴みし、かじってから、タケシは叫んだ。

「いったいどんな料理が出てくるのか! 本当にわたしは楽しみでなりませんッ!」


(俺も、マジで楽しみだよ)

 控室で出番を待つ、今大会の出場者のひとりである阿字ヶ浦 太陽あじがうら   たいようは生まれて初めての武者震いというものを経験していた。

(なにせ、相手はあの不世出の天才――伊勢 甲斐太郎いせ かいたろうだろうからな!)

 ADの女性がやってきて、出番です、と太陽に告げる。

 料理道具その他は、すでにスタジオに設置されたキッチンに用意されている。身ひとつで向かえばいいだけ。

「ハイ、いま行きます!」

 少年らしい溌剌さは、決して作ったものではなく、決して勝てない敵・・・・・・・・に立ち向かうからこその、吹っ切れた精神のあらわれだったのかもしれない。

(俺は、いまの俺ができる最高の料理を作ってやるぜ――!)



偉大なる料理人グランシェフとは、もう20年以上も続く、ウニテレビの看板番組だった。和洋中それぞれ達人と呼ばれるシェフに、腕に覚えのあるプロの料理人が勝負を挑むというシンプルだが、なかなかに熱く盛り上がる番組プログラム

 その番組が人気の勢いを駆って「料理の甲子園」というべき「偉大なる料理人Uー18」を始めたのが5年前――

 その第一回目からずっと王者に君臨しているのが伊勢甲斐太郎だった。

 第一回大会に中学一年で出場してから常に常勝。

 本来であれば優勝者は達人に勝負を挑める、といのが番組のウリだったが、達人が全員逃げ腰になり、結果毎年18歳以下の少年少女たちが覇を競うだけの大会になった。

 が、天下一の料理人を目指す少年少女はもとより、将来料理人になりたいと考える子たち含めて、あの「伊勢甲斐太郎」を打倒せんとして、ますます番組を盛り上げたのだった。

 しかし、その伊勢甲斐太郎も今年でUー18大会は卒業。

 彼に挑めるラストチャンスということで、今年は例年以上に大勢が参加し、白熱する勝負が繰り広げられたのだった。



 伊勢甲斐太郎に勝てる者は、おそらくこの先も現れない。

 なぜなら、彼こそはこの世界で唯一の、この世にない食材を現出せしめ、調理する料理人だったからだ。



 正直な話、伊勢甲斐太郎の料理人としての腕前はどうなのか、という議論はあった。常にこの世にない食材、スライムのなます・・・だのグリフォンのグリルだの、コカトリスのスクランブルエッグだの、食材に依存しすぎているのではないか、という噂は絶えなかった。

 本選においても、ミノタウルスのグリル、白鯨の肝焼き、と素材の味をフルに活かした(といえば聞こえはよいが……)料理で甲斐太郎は勝ち上がってきた。

 それでも伊勢甲斐太郎といえば料理人を目指す少年少女の憧れで、打ち勝ちたいと願うのは至極当然のことだった。


        *


 とはいえ、偉大なる料理人U-18に参加する少年少女らも、並大抵の者たちではなかった。政治に中枢にまで食い込むホニャララ茶寮料理学園からの参加者や、ン番町飯店で育った者や、元東西新聞の記者を父親に持つ少女や、様々な、それこそ様々な強者が参加した大会を勝ち抜いて決勝までたどり着いた太陽も、人ならざる能力の持ち主ではあった。


 その能力は<まんが飯>。


 名こそ「まんが」と銘打っているが、漫画に出てきた料理のみならず、ジュブナイルにあったクトゥルー神話に出てくる神様を料理した(というていの)メニューや村上龍の小説に出てきたメニューや佐藤正午の友人が「女を落とせるスパゲティ」といって紹介したレシピなどを、さらに工夫を加えて勝負に挑み、予選を勝ち抜き、そして本選を勝ち抜いてきたのだった。

 けれど。

 所詮は、それらしい料理を、本人の超絶技巧ででっちあげただけ、というのはなにより本人がわかっていた。

 小手先の技術では、甲斐太郎には勝てない。

 けれど、勝ちたい!

 阿字ヶ浦太陽は、いざ勝負を前にして、まだ己がなにを成すべきか、なにを成せば勝てるのかをわかっていなかった。



 異世界からの食材を持ち込み、それで勝負する伊勢甲斐太郎が、最後の年に持ってくる食材は英国イギリスのブックメーカーが1倍のオッズで「ドラゴン」を持ってくるぐらい、大方がそうだと決めつけていた。

 そして、実際そうだった。

 ドラゴン肉――

 それは世の人がリアルまんが肉を食べたいという以上に、より切実な願いだったのではないだろうか。

 漫画肉なぞ、しょせんテキトーに肉を固めた上にベーコンやら獣脂やらで巻いてローストして出せば、そこそこ満足できる代物なのだから。

 だが、ドラゴンの――代替品とかそれらしいものではなく本物の――肉なのだ。

 食べたくない食通なぞ――、いやファンタジーに造詣の深い者から、なんとなくドラゴンを知っている程度の者まで含めて、食べたくないものなんているだろうか?


 勿論、えートカゲ肉ってーパリッシュじゃあるまいしー、とか、美味かろうか美味くなかろうが爬虫類の肉なんて絶対食いたくない、みたいな人種はその限りではないだろう。


 けれど、幻獣の中の幻獣、ドラゴンの肉を、食べられる機会があるとすれば、その誘惑に抗えるものなど、数数えるほどだろう。



 本来はスタジオに集められた世界各国の種々様々な食材のうち、ひとつをMCが提示して勝負が始まる、というのが偉大なる料理人グランシェフのフォーマットだった。

 それでこそ、シェフの技量が計れる、はずだった。

 思い返せば、最初にMCタケシがU-18大会で食材ではなく調理法を指定したのが間違いのもとだったのかもしれない。

 伊勢甲斐太郎は、異世界に通じるゲートから生きるオークを取り出し、捌いてグリルして審査員に提出した。

 その野性味溢れる味に、審査員全員(ひとり、オークが捌かれる様子に貧血を起こして審査員を辞退した女性をのぞき)が〇をつけ、可能であるなら食材を持参しても良し、ということになってしまったのだった。


 準決勝の場、甲斐太郎と勝負をしていたのは魔女を自称する女性調理人だった。

 この世に存在する、けれどなまなかなことでは手に入らない食材――マンドラゴラや起死回生の薬エリクサーを活用し、でてきたのは究極兵器アルティマ・ウェポンの煮込みだった。

 それも、甲斐太郎が出してきた、ごく普通の矮人ゴブリンの焼きたてには敵わなかった。

 異世界の食材は、それだけでこの世の中の旨味を凌駕する、旨味中の旨味を持っていた。味の素でも味覇ウェイパーでもダシダでも全然たどり着かない、旨味を。


 その勝負を出場者権限で間近で観戦していた太陽は、判定された瞬間、甲斐太郎に向かって叫んでしまった。

「卑怯者」と。

 言ってから、太陽はとてつもない自己嫌悪に駆られた。

 伊勢甲斐太郎とは、メディアに登場したときからそういう存在であり、しかもこれまで軸がブレたことはない。

 なのに、俺はついつい非難の言葉を浴びせてしまった――


 向こうはおそらく、自分のことなんてハナにもかけていないだろう。ポッと出の、 謎の新人 ビギナーズラックだと思っているに違いない。

 それでも俺がどうこう言うのは間違いだった、と太陽は考えている。

 そのことによって、二人の勝負に水が入れば、後悔しきれない。



 ただ、勝負がまさに始まろうとしてる現在になってなお、阿字ヶ浦太陽は何をどうすべきか、まったく思い浮かばなかった。


 MCタケシがスタジオ中に響くような大声でいった。

「ザ偉大なる料理人グランシェフ2022、決勝戦、スタートォォォ!!! 食材は自由、調理法はグリル――!!」



 完璧にやらせだった。

 U-18を卒業して、おそらくこれからは達人として番組の看板を背負っていくだろう伊勢甲斐太郎を勝たせるための茶番だった。

「そんなことをしなくても、多分俺ごときがどうこうできるわけでもないのにさあ」

 太陽は自虐ではなく、素直な気持でそう呟いた。

 異世界からドラゴンを取り出し、適度にカットして焼けば100パーセント甲斐太郎の勝ちだ。

 それほどまでにドラゴンは王の中の王であり、肉の中の肉だった。

 それでも太陽は、これまで以上のまんが飯を出したいと考えた。

 叩いて伸ばして金網で焼いたステーキや、麻薬的成分の含まれたカレーや、調理済みハンバーグを砕いてミートソースにした茄子で包んだスパゲティや、安い肉を刻んだ玉ねぎソースで柔らかくしたステーキや、鰹節ダシに肉ミソでパンチを効かせた和風ラーメンや、鮎干しに牛脂を使ったラーメンなど、これまで勝利してきたレシピはすべてまんがから得たものだった。

 思えば、これまで自分のオリジナルといえるものは、ただのひとつもなかった。

 そもそも勝てるとは思ってなかったけれど、どうせ負けるのならば、そんなまんがから得た料理を再現するのではなく、たとえ拙くても自分で考えた料理をぶつけたい、と太陽は思った。

 けれど、オリジナルのレシピなどというものは一朝一夕で思い浮かぶものではない。

 手間を省いたり、より美味しさにつながると思う食材や過程をくわえたり、いっそ大胆に食材を変えたりして、そうして生まれるものだろう。

 しかし、調理法がグリルなどといわれて、異世界からこの世にない食材を出せる男に勝てる存在など、果たしてこの世にいるだろうか――。



 異世界から<ゲート>を通してドラゴン(おそらくグリーンドラゴンと呼ばれる種族だろう。なんせ色が緑だ)のしっぽを取り出した伊勢甲斐太郎は、それをざっくりと切って七輪に並べた。

 たぶん、それで彼の調理は終わりだろう。

 そして、それで有終の美を飾ってしまうのだろう。

 調理時間は1時間。おそらくゆっくりと遠赤外線で調理するにしても、それほどの時間はかからない。

 が、特に余裕を見せるでもなく、もったいぶるでもなく、淡々と己のなすべきことをなす甲斐太郎は、チートに溺れるでもない、謙虚さを持っているのだろう。


 などと相手を分析している場合ではないことは、太陽が一番よくわかっていた。

 だが、これまでのまんがや小説、ドラマなどのレシピを再現するだけではいけない、それは勝負への冒涜だ、とも思ってしまった太陽は、なんの閃きも訪れない新たなるレシピが自らに降り立つことを心から願った。


 それは他力本願っていうんじゃない?


 予選の初戦でぶつかることになった幼馴染の少女の言葉を思い出す。

「あたしはただの定食屋の娘で、特別な才能もなければ、突出した技能もない。でもね、できたら何戦か勝ち上がって、ウチの名前が知れたらいいなあって思うの。ずっと近所の、常連さんみたいな人たちでやってきたけど、それだけじゃない、もっと父さんの作るごはんは美味いんだぞって、これまで知らなかった人にも知ってほしい。そう思って、あたしは参戦したの。

 でもね、だからって、あたしは太陽に手を抜いたりしてほしくない。

 あなたは、あたしごときがこういったところでなんだとも思うけど、天才よ。

 同情で負けてくれたとしても、たぶんあたしは二回戦、三回戦で負けるわ。

 だからね、頑張って、阿字ヶ浦太陽。

 あなたに負けたことは決して不名誉なことではなかったのだって、初戦であなたに当たった不運な女の子も、もしかしたらなかなかの手練れだったのかも、って思ってもらえるぐらいに」

「でも、でも、梓――」

「でももなにもないわ、ねえ、太陽。

 あたしは、あなたが、あなたにしかできない何かを作ってくれると信じてる。

 いまは再現ばかりかもしれないけれど、けれどあなたにしかできない何かを成し遂げてくれると、あたしは信じてる」

「でも梓――」

 ほとんど泣きそうになっていた太陽に、幼馴染の梓はおそらくもっと泣きたい気持を胸に秘めながら、やさしく言った。

 だから勝ち上がりなさい、だから探求をやめないで、だから自分自身を信じて――と。

「本当にこれ以上は無理ってところまでやらずして、あとは思いつきや閃きに任すなんて、他力本願もいいところだわ。あなたは、それを越えて!」



 甲斐太郎の焼くグリーンドラゴンの、荒々しいまでの脂の匂いが、審査員他制作スタッフ、それからMCタケシとウサミミアオザイら進行係の鼻孔をくすぐる。

 それは官能的なまでの匂いだった。

 審査員の何人かは、男女を問わず、すでに恍惚の表情を浮かべている。

 だが太陽はその攻撃的なまでの匂いを振り払い、懸命に頭を働かせていた。

 何もないところから1からレシピを作ろうとしても無理がある――と。

 ならば、郷愁の味、そこから発展させて新しいものを作り出す他はない。

 まんが飯は、なによりインパクトが重視された。ドラム缶を使ってステーキを作るとか、肉がないのに肉料理を作るとか。

 インパクトがあり、それでいて馴染みのある味――

 太陽は、そこで初めて自分が何を作るべきかに思い至った。



 先行は、先に調理を終えた伊勢甲斐太郎だった。

 ドラゴンのテールステーキグリル風。

 料理が審査員のもとに並べられ、10人いる審査員のうち三人がその匂いだけで失神した。

 そして実際に食したうちのふたりがまた失神した。

 それは太陽からしてみれば僥倖だった。

 審査員が我を取り戻すまでの時間がかせげたからだ。

 ドラゴンステーキで至福の時間を過ごした審査員の大半は、太陽の料理になど興味を失っているようだった。

 それでも太陽は粛々とできあがった品を彼ら彼女らの前に並べた。

「スープ入りかた焼きそばです」

 反応はイマイチだった。

 が、ひとりがグリル肉を食べたあとの、汁気を欲していた感じで手をつけると、うまいうまいと食べ始めた。

 釣られるように他の審査員も手をつけ、そうして汁の一滴まで飲み干す者まで現れ、太陽は、充分に満足した。


 太陽が出したのは、かた焼きそばを玉子で包んだ、いわゆる梅蘭焼きそばをスープで浸したものだった。スープ焼きそばからインスパイアされた、カリカリとしなしなを併せ持った代物だった。


 横浜は中華街で育った太陽にとって、中華料理はごくありふれたものだった。

 梅蘭の焼きそばも、そうそう食べにいくものではなかったが、あのカリカリ具合は他にないものだと認めていた。けれど、汁物には汁物の良さがある。別個でスープを飲むのとは違う、すべて一緒くたになったものを、小さい頃の太陽は食べたいと思ったことを思い出したのだった。

 まんが飯とは違う、それは単なる足し算だったかもしれない。

 けれど、自分が本当に食べたいものを思い浮かべたとき、思い浮かんだのがスープに浮かんだ梅蘭焼きそばだった。

 どうせ負けるとわかってる勝負、せめて自分が本当に食べたいと思ったものを提供したい、と太陽は考え、実践した。


 奇跡的に一票を獲得したものの、やはり皆ドラゴンステーキに票を投じていた。


 阿字ヶ浦太陽の挑戦は、そうして幕を閉じた――



 ライブ放送が終わり、スタジオは解体作業に入っていた。

 負けはしたけれど、初めてまんがや小説にあるレシピではなく、自らが考えた料理を出した満足感で放心していた太陽に、伊勢甲斐太郎が歩み寄ってきた。

「よう、中坊!」

「あ、……はあ」

「おまえ、すごいな」と甲斐太郎が言った。「よくあんなので俺に勝負を挑んだな」

「はあ」

「なんの独創性もない、ただの料理と料理を組み合わせたものでさ」

「……はあ」

 伊勢甲斐太郎が微笑んだ。

「でも、あれがおまえが食べたかったものなんだろ?」

 太陽は、そこでようやく甲斐太郎へ顔を向けた。

「そうです」

「俺も、食べたいものがある。だが、俺には決して作れないものだ」

「へ……?」

 しゃがみ込み、視線を太陽に合わせて甲斐太郎が言った。

「俺も、食いたくて食いたくてたまらないものがある。おまえは俺のことを素材勝負の料理人としてはたいしたことない奴だと思ってるかもしれないが、俺だってそれなりの料理人なんだぞ?」

「……そんなふうに思ったことないです、あなたは憧れの料理人なんですよ?」

「そうか。なら話が早い。おまえ、俺と一緒に異世界へ来い!」

「は?」

「異世界には、この世にない食材がわんさかある。ドラゴンにもそれに適した調理法があるし、それ以上の食材にも――」

「異世界……⁉」

「俺は」と甲斐太郎が言った。「俺とタメを張れる、いやそれ以上の料理人とともに、異世界で食を極めたいと思っていたんだ、それでずっとこんなくだらない茶番に付き合ってきた」

「茶番って……」

「おまえも、異世界の食材に興味あるだろ……? 俺、知ってるんだぜ、おまえさんが『妖神グルメ』を模したメニューを作って予選を勝ち上がったの」

「え……?」

「それらしいものや、似せて作ったものではない、本物のクトゥルー料理も作れるぜ。な、異世界に行こうぜ!」

 差し出された手をとって、阿字ヶ浦太陽はこくんとうなずいた。


 太陽の行方は、誰も知らない。


 

  

  




 






 

 

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