第20話

 この夜、また夢をみた。現実と見紛うほどにリアルな夢だった。

 僕は青い傘を差して、光と学校からの帰り道を歩いていた。

 …とそこまで考えて疑問を覚える。まだ傘しか見えてないのに、光と、そのうえ学校帰りだなんてわかったのだろう。…ああ。

 そうだ。僕がこの傘を差しているからだった。交換しよう、って言い出したのは光からだった。ここまで思い出してついに、これが夢だと確信してしまった。これは僕の記憶の中の出来事で、この日は確か…。

「ほら勇斗」光が僕を呼ぶ。

「見てよ。きらきらしている」指差したのは傘だった。

 僕は自分が差している傘を出て、光の方を覗く。

「…ほんとだ」ビニール傘越しのきらきらした光の粒が、目に映る。

 この日も暗い空のなか、雨が降っていたのだ。けれど途中で晴れ間をのぞかせ、つまり天気雨になった。それにめざとく気づいた光は傘を傾け、空を仰いだ。

 僕は光のそんな行動に慣れているから満足するまで付き合おうと思ったのだけれど…。ふと、このままでは光がびしょ濡れになってしまうことに気がついた。天気雨とはいえ、雨はしっかり降っていた。だと言うのにもはや傘を傾けるだけに収まらず、いつの間にか横に下ろしていたからだった。それを彼に伝えると…。

「やっぱりビニール傘はいいねえ。断然視界が良い」

 彼がそんなふうに言うのは、それが僕の傘だからだ。そして僕が差している傘は光の傘。僕が、身体も荷物もびしょ濡れになるよ、というようなことを言ったら、光は渋々傘を差した。かと思ったら僕の目をじっと見つめてきて、『ねえ、傘、交換しよう?』と言ってきたのだ。

「ずいぶん気に入ったんだね」そう言って光を振り返ろうとした瞬間、視界は暗転した。

 ………。

 次の瞬間、僕は違う場所にいた。

 この場所はすぐにわかる。屋上だ。僕は、前と同じく階段を上がってすぐの所に立っていた。雨が少し、降っている。

 光みたいに空を仰いでみた。すると、雨粒がゆっくりと顔に落ちてくる。目の端の方に、かすかに明るんでくる空が映った。

 僕は、ある種の確信をもってまっすぐ前を向く。そこにはやはり、光が立っていた。取り乱したりはしなかった。少し心がざわついたけれど、これは夢だ、とわかっていた。それでも、謝って、礼を言おうと思っていた。

「ねえ、光」呼びかけてみるけど、返事は無い。それでいい。

 まっすぐに光を見つめる。光の、表情は…。目を細めている。それはわかる。けれど暗くて、その口元はよく見えない。笑っているならいいな、と夢だと知っていてもそう願ってしまう。

 そのうち、こちらまで朝が迫ってきた。辺りが薄明るくなって…夜明けだ。

「ねえ光、いままで」

 薄く照らされた光は、口の端を上げ微笑んでいた。それは何度も見てきた間違いなく光のもので。言おうと準備していた言葉など全て吹き飛んだ。

「っ、こうっ」全て投げ出して駆けつけたい気がした。でもそれは光が許さない気がした。だから単純な言葉で叫ぶしかなかった。

「光、ありがとう、いままでありがとうっ。いままでごめんね、でも今度またやるなら怖いけど僕も付き合うからっ」やけくそになって思いを吐き出し、自然と笑顔になっていた。

「バイバイ、いつかまた会うまで」僕がそういったとき、光の唇が震えた、気がした。それは、『しあわせでね』を形作っていたような。

 僅かに寂しさが込み上げてくる。光は、昇ってくる陽と反対に薄くなり、消えていく。

「しあわせでね」僕は寂しさを言葉に変えて叫んだ。

 心は、穏やかな火が灯されたように温かい。

 雨はいつの間にか止んでいた。


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