第19話
「じゃあ、友達になろうよ、思原。僕が代わりに感じるから」
そう言うと、思原は軽く目を見開いた。『驚き』だ。でもきっと、思原は自分が驚いているだなんて感じてはいないのだろう。
「俺と友達になってもつまらないだろうよ。そんなこと初めて言われたからな」
「つまんなくないよ。でも友達作ったことないの?」
「少なくとも最近は。同世代とまともに話したの自体久しぶりだ。幼い頃は忘れたがきっと無理だったろう。…こんな性格だしな。好かれる性ではないだろう。転校も多い」
「きっと近寄り難いんだよ。そんな雰囲気がある。僕だって、こんなことがなければ近づかなかったと思う。でも、起きたことは戻らないのだからやっぱり思原、僕と友達になってください」
「…本当に俺で良いなら。本当に良いなら、静永、こちらこそ、よろしく頼む。友達になって、ください」そう言った思原の顔が、一瞬戸惑うように、それでいて泣き出しそうに歪んで見えた。…何を思えば良いかわからなかったのだろうか。
「うん。よろしく。それにね、そんなときは、笑えば良いんだよ」
「笑う、か」そう言ってぎこちなく唇を歪ませる。それは思原の整った容姿と相まって、とても美しく見えた。
「そういえば、転校ってさっき言ってたけどここに来るタイミング、あれは何。光のことがあったからってこと?」
「ああ、調査対象が学生なら、転校して調べることになる」
「なるほどね。じゃ、屋上の鍵とか持ってたのも」
「調査については先生方も知っている。だから貸してもらえた」
「なるほど。それで光のことを知っていたわけだ。何なら僕よりも、光のこと詳しかったりして」なんて冗談めかして言ってみたけど、何だか悲しくなってくる。
「それは無い。猫間のことを本当に知るのはお前だ、静永」
静かに言い切られて、僕はどきりとなる。
「え、でも」
「俺が知るのは所詮、忘霊が語ること。すなわち、死の際の心残りだけだ。その人の考え方、性格、つまりその人自身を本当に知るのは、生きているとき共に過ごした者だけだ。要するに友。死んでから話したって、友になることなどできやしない。忘霊が幸せを願うのも、友のことだ」
思原の薄い笑みからは、どうしてか孤独が感じられた。いったいどれだけの『友への願い』を感じ、その孤独をさらに、ひたすらに隠し続けてきたのだろうか。
「だから、お前が憶えていろ。猫間との思い出を、今まで見てきたものを。その声、その仕草、その笑い方。できる限りにどんな些細なことでも。そう思っていなければ、いずれ綻びが生じて全て失くしてしまう。だから、皆が忘れてもお前だけは忘れるな。それは猫間の生きた証というだけでなく、…きっとお前を救うのだろう」
彼の言葉はまた神々しさを帯びていて。
「…そうだね。僕は憶えているよ。光の全て、いつまでも」圧倒された僕は、そう答えるのが精一杯だった。いや、それだけでは無い。
僕は、今にもさまざまな気持ちに呑まれそうだった。思原の言葉によってよみがえった思い出に、囚われてしまいそうだった。…でもそれを受け入れてしまえば、僕は一生歩き出せないだろう。だから、ただ心に刻み込む。それでいい。それが、いい。
思原は、僕の結論がわかっているかのように僕を見つめ、話しだす。
「ああ、それが良いと思う。いつの日か完全に受け止められた時、振り返れるように」
「‥ねえでもさ、思原。光はきっと、君のしあわせも、願ったんじゃないかな?」
「っあ、ああ。そう…だったな。…猫間には敵わないな」
「…そうだね」
このとき僕は、思原の雰囲気がわずかに緩んだような気がした。
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