第18話
でも僕には、まだ話したいことがある。それは…。
「ねえ、聞いてもいいかな」そう言いながら、僕はジョウロを戻す。
「良いが…何をだ」
「思原、君の背負うものについて」
「…背負う、か。黒崎にも言われたな」
「きっとそれは、光のことを君が知っていたのと関係があるんでしょ。屋上の鍵を預けてもらっていることとか、この早朝にも入れてもらえたことも」
思原は、虚を突かれたかのように身じろぎする。
「そう、だな。そう。…俺は、人が死ぬときに残した、心の欠片、そのようなものと話ができる。忘霊のようなもの、とも言える。…突拍子もないことだろうから、信じないだろうがな」
「そうなのか。少し予想してはいたけど、驚きだね。今回のことを考えると、逆に信じない訳にはいかないけど。でも羨ましいなぁ。光とも話せたんでしょ?すごい能力だね」
「そうなんだろう。そして俺は、その忘霊の心残りを叶えるために、そいつと話をする。やがて願いを叶えられるとわかれば、忘霊は消える。そういう定めで、きっと眠りにつくのだろうと思っている」
「そっか」とても便利な能力だ。もっと得意そうにしてもおかしくないのに。…だけど、それだけなら僕も、何かを背負っているとは感じなかったかもしれない。
…ほとんど動かない表情。ジョウロを渡した時の頑なな考え。時折みせる遠くを見るような目。そして昨日、あの教室での不思議な神々しさ。
「きっと、それだけじゃないんだよね?いい話には、裏がある」
「裏なのか、それはわからないが、お前が聞きたいのはこういうことだろうか。…心残りとは、人が死ぬときの思いだ。他人を思った優しい願いもあれば、当然、苦しみ、憎しみ、怒り、恨みその他もある。何で死ななければならない、とか時には、生き返らせろ、みたいな無理な望みを言ったりな。もっと酷い時は、何で自分だけなんだあいつを殺せとか」
淡々と発せられるその言葉に、思わず耳を塞ぎかけた。だがまだ終わりではないようだった。
「無理ならばおまえが死ね、だとか」
聞いた瞬間、身体中の血が凍りつくようになった。だというのに思原は無表情だった。怖いくらいの無表情だった。そのことが、より一層僕の恐怖を助長した。そのせいで、固まっている僕を見かねた思原に、気をつかわせてしまう。
「…すまない。話し過ぎてしまったようだ」
「僕が聞いたことだから謝る必要なんて…」
「いや、こんなこと安易に言いふらすべきでは無かった。お前が知る必要のないことで、知らない方が幸せだ」
「…そこまで言うなんて。君だって苦しかっただろ」
「苦しくもないし何とも思わない。そんなの昔からのことで、慣れているからな」
そんなことを言われて、僕は何と返せばいいんだろう。
「そのおかげで、動揺もしなくなり、表情も、動かさないでいれるようになった」
「それは、いいことなのか」
「いいことだろう。何かあるたびに感じていては、心がもたない。…ああ、決して当て擦りなどではないが。あくまで俺は、の話だ」
確かに、思原から見た僕は、感じ過ぎで感情に振り回されていたのかもしれない。
「…でも、ほとんど何も感じない自分が、少し恐ろしくなることもある。…それはもはや、人間ではないのではないか、と」
独り言のようにそう呟いた思原は、薄らと笑っていた。それは自嘲のような笑みで、僕は何と言っていいのかわからなくなる。でも、何か言わなくては。でないと肯定したことになってしまう。
「大丈夫、思原は人間だ。何も感じなくはないよ。思原が…苦しそうな時とか、驚いた時だってあったでしょう?」
知らないうちに、屋上への階段に戻ってきていた。
「そうだといいが」
僕らは踊り場で立ち止まった。
思原は納得している様子ではなかった。思原はきっと、感じ過ぎてしまったことがあるのだろう。だから、さっき彼が言ったように心がもたなくなった。そして心に蓋をした。
それでもきっと、心の奥ではちゃんと何かを感じていて、それは微かに表情に表れることがある。でもそんなことを言っても納得しないだろう。だから。
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