88歳の女子会
葉月りり
第1話
おばあちゃんが88歳の誕生日を迎えた。本当なら皆を呼んで米寿のお祝いの席なんか設けるところだけど、このご時世、どうしたらいいか。なんてことはない。本人に聞けばいいことじゃない。何かお祝いしたいけど、どうしようかと。
おばあちゃんに聞いたらポンと返事が返ってきた。
「田舎にいるお友達に会いたいの」
おばあちゃんはまだまだ元気だけど、2年前に足を怪我してから杖を使っている。ここから田舎まで、誰かが連れていかなければならない。
「生きて会えるのはもう最後かしら…」
はい、春休みですから、私に回ってくるのはわかってました。免許もおばあちゃんの援助で取らせてもらいましたし、ご奉公いたします。日当1万円、ランチ付き、喜んで〜。
88歳の女子会の会場は田舎の村から1番近い繁華街の何とも高そうな鰻屋さん。初めてお会いするおばあちゃんのお友達、クニヨさんとハルコさんは若々しい。とても88には見えないおしゃれな方達だった。ウチのおばあちゃんも若見えするかわいいおばあちゃんだと思っていたけど、今の88歳ってみんなこんななのね。
「ヒロミちゃーん」
「きゃー、ハルちゃーん、クニちゃーん」
ハルコさんとクニヨさんが駆け寄ってきて3人は肩を抱き合って跳ねている。おばあちゃんも体を揺すって大喜びだ。3人は幼馴染で女学校まで一緒に通ったという。結婚も1、2年違い、お産も同じ頃、ただウチのおばあちゃんだけ転勤族の人と結婚したのでこの田舎を離れなければならなくなったらしい。
おばあちゃん達は鰻屋さんに入ってからもキャピキャピで、どうせなら1番高いの頼みましょうよと鰻重の「松」を頼もうとしたので、慌てて止めた。お店の人に聞いたら、ここの「松竹梅」の違いは「量」だけだというよくあるパターン。88歳の女性に「松」は無理だからと言っても、豪勢にしたいのと言って聞かない。
さすが子供と同居の年金生活者、リッチだ。
おばあちゃん達にデザートのメニューを見せて、胃袋に余裕を残しておこうねと説得する。あんみつやら抹茶ソフトを見てやっと梅でいいと納得してくれた。何とも元気な3人だ。うちのおばあちゃんは普段もっと静かなのに久しぶりに友達に会って変なテンションになっているような気がする。
「何年振りかしら。2人とも変わらないわねー」
「ヒロミちゃんだってちっとも変わらないじゃない」
「ここまで来たら80も90もたいした変わりはないけどね』
あはははは。
「この間の雪、大丈夫だった?」
「あそこまで積もるの珍しいわよねー。あ、誰だっけ、大雪の時、お墓の塔婆をスキーにしてお寺の裏の坂、滑り降りたの」
「それが縄で結びつけたんじゃ、縄が引っかかって滑らないのよ」
「クニちゃんだったー。見つかって和尚に怒られたよね」
あはははは。
「うちの方はもう桜が咲きそうよ」
「入学してすぐの頃、3人で用水路で魚取りしてて、学校に行くの忘れちゃったことあったよね」
「途中で何かあったかと学校が大騒ぎになって、先生が探しに来たよね」
「あの時も怒られたー」
あはははは。
3人が代わる代わる喋って、何ともにぎやか。笑える思い出がたくさんあるみたい。ウチのおばあちゃんも子供の頃はお転婆さんだったんだ。女学校に行ってたって言うからお嬢様かと思ってた。
3人はおしゃべりに夢中だけど、しっかり鰻を食べて、クリームあんみつを追加した。私もお相伴にあずかれて嬉しいけど、88のおばあちゃん達が20歳の子と同じものを同じだけ食べてるのってすごい。
鰻屋の庭にも蕾をたくさん付けた桜がある。うちの方ではもう秒読みだけど、ここはまだ少し固そうだ。その桜の向こうをセーラー服の胸に花をつけた女の子達が通る。リボンを風になびかせて、黒い筒を抱いている。
「あら、卒業式かしら」
「いいわねー。私たち卒業式なんてやったことないわね」
「そうなの?」
私は思わずおばあちゃんに聞いた。
「小学校の卒業は終戦直後のうやむやで、女学校は途中でやめちゃったしね」
「そうそう。親にねだって女学校入れてもらったのに、2年生の時かな、学校制度が変わって女学校にいても、何にもならないからって、みんなでやめちゃった」
「えー、おばあちゃんが行ってた学校、結構有名な大学の付属校だったじゃない」
「当時はそんなんじゃ無かったのよ。女学校っていっても勉強よりお針と行儀作法の時間の方が多かったし」
「親もコレ幸いにやめたらいいって」
「制度が変わる前までは義務教育は尋常小学校までだったから」
「でも、何にも困らなかったよねー」
「うん、うん、適当に読み書きできて、計算が出来れば、生きてこれた」
「おばあちゃん、学歴詐称じゃん」
「あら、最終学歴に女学校の名前を書いても卒業って書いたことはないわよ」
「当時はそんな子がいっぱいいたから、それでよかったの。今更言われてもねー」
「でも、卒業写真とかは欲しかったねー」
「セーラー服にモンペで?」
あはははは。
「写真くらい撮ればいいじゃない。3人で。セーラー服は無理でも袴とかならいいんじゃない? “スタジオ三月うさぎ”とかならすぐ撮れるし」
私の言ったことに3人ともすごい勢いで食い付いてきた。
「どこっ? それ!」
「で、でも、安くないよ」
「大丈夫よ。普段使わないんだから、こんな時くらい」
年金生活者、太っ腹。
3人を車に乗せてスマホで調べた写真スタジオに来た。3人は衣装コーナーに入ったら、ますますテンションが上がってしまって大騒ぎだ。やっと袴を選んで髪を結ってもらって、ワニ皮模様の筒まで持たせてもらう。3人並んで桜の花びらの舞うスクリーンの前で、なんとも嬉しそうな笑顔。
「なんかこのまま人生卒業?」
「ねー、これ遺影に出来るかしら。こう、1人ずつ切り取ったら」
「えー、遺影なら私、これ着たーい」
「私はこれー、“美智子さん”が羨ましかったのよねー」
今度は3人ともがドレスを選び出した。お店の人が引き攣っている。これはなんとか止めて帰らないと。止まる?
「じゃー、もう一枚撮ったら!」
「うん、撮る!」
安くないのに、3人とももう止まらない。早速財布を開けている。
すごいな、日本の年金制度。私たちの時には、こうは行かないんだろうなー。
おわり
88歳の女子会 葉月りり @tennenkobo
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