フルーツバスケット

織川玉子

フルーツバスケット


「今日のお客様はどんな人かな」


 少しの期待と不安な思いを抱え、は呟く。


「とびっきりの美人に食べられたいな!」

「私はイケメンがいいわ、王子様みたいな」

「え~僕はずっとここに居たいよ。みんなと離れるの寂しいし」


 とあるキッチンに敷き詰められたフルーツ達の会話が飛び交う。


「あっ、ご主人様だよ」

「今日は誰が選ばれるのかな」


 ご主人様と呼ばれる者がフルーツ達をじっとりと見つめる。

 ここで選ばれた者は、と呼ばれる場所に引き詰められ、お客様に食されるという。

 実際見た者は居ない為、ただの噂。

 モモには夢があった。

 農家のおじさんにいつも言われていたこと。


「素敵な人に食べてもらって、素敵な世界を旅するんだよ」


 モモはそう言われて育っていき、ようやくここまでたどり着いた。

 きっとここを旅立てば素敵な世界が待っていると。


「今日はイチゴかな」


 ご主人様はイチゴを手に取りはじめる。


「ばいばい!みんな!元気でね!」


 イチゴは元気な声でみんなに別れを告げた。

 モモはちょっぴり寂しそうに、調理台のイチゴを眺める。

 イチゴはタルトの上にきれいに並べられ、透明のキラキラな光沢を塗られる。

 その姿は、とても綺麗で、うっとり見惚れるほど。

 上から白い粉を施し、完成されたは透明な箱に閉じ込められた。


「み……く……た……て」


 箱のせいか、いつも最後フルーツ達の声は途切れて聞こえない。

 今回のイチゴも聞き取れなかった。


(きっと楽しみで仕方ないんだろうな)


 モモはそう思い、キッチンから出て行くイチゴを見送った。

 外からはお客様であろう声が聞こえてくる。


「本日もお買い上げありがとうございます」

「いいえ、いつも楽しませてもらってます。また宜しくお願いしますね」

「はい、お待ちしております」


 会話を終えたご主人様は、また新たなフルーツを買いに出かけた。


「あーあ、また選ばれなかったよ。このままじゃ腐っちまうぜ」

「あんたただでさえ臭いのにね」

「は?なんだと!」


 いつものドリアンとリンゴの会話をBGMにしつつ、モモは眠りについた。


 目が覚めると、周りのみんなはすやすやと眠っており、部屋に太陽の光はなく夜を迎えていた。


(寝過ぎちゃった…昼夜逆転しちゃったよ)


 また寝られないかとモゾモゾしているとご主人様がやってきた。

 電話で誰かと話しているよう、フルーツ達の方へと向かう。


「はい、はい、明日ですね。かしこまりました。準備はできています」


 そう言いフルーツ達の箱を抱え外へと歩き始めた。


(外の世界が見れる!)


 モモは農場以来の外の世界だった。

 精一杯外の空気を吸い、夜空を見上げる。

 キラキラと輝く星空。

 まんまるに輝くお月様。

 これから素敵な世界が待っているモモを祝福してくれているよう、雲一つない星空だった。

 そして、フルーツ達はトラックの荷台に乗せられゆらゆらと星空の下を駆ける。

 他のフルーツ達が眠りについている中、モモは辺りの人を眺めていた。

 信号で停車し、モモはある女性に目を奪われる。

 あるカフェでタルトを食べている女性。

 白く透き通るような肌は、真っ赤な口紅を際立たせている。

 イチゴタルトを口に運ぶ仕草は絵画のよう。


(僕もあんな人に…)


「ぎゃっっっ」


 何か悲痛な叫び声。

 カフェの方から聞こえた。

 モモは声の元を必死に探す。


(まさか…イチゴタルト?)


 カフェの中を目をこらして見ると、転んでいる人が見えた。

 きっとあの人が声の主だろうと、モモはほっと一息つきまた車に揺られ始めた。

 長い道のりだったのか、気づいたら朝を迎えていた。


「おいっ、すごい豪邸だぞ。美人はどこだ?」

「え~イケメンに食べられちゃうのかしら」

「みんなと離れちゃうのか…」


 フルーツ達の声で目覚めたモモは驚きのあまり声が出なかった。

 おそらく真ん中のテーブルにいるであろう、フルーツ達の周りは豪華な料理が並んでいた。

 七面鳥、ローストビーフ、様々なパスタ料理。マルゲリータ。海鮮料理。

 透明なグラスに色とりどりに並べられた飲み物。

 その周りには綺麗に着飾った人々が話している。


「さぁ、今夜の最高のデザートの時間です」


 ご主人様の一声でフルーツ達の元へ一斉に人が集まってきた。

 待ち望んでいたのであろう、二酸化炭素の濃度が一気に濃くなり温度も上がる。


「は、早く食べさせてくれ!」

「私が先よ!どいてちょうだい」


 罵声が飛び交う中、ご主人様は淡々とタルトの準備に取りかかる。

 フルーツ達は周りの人間の圧倒されるよう誰も声を出さなくなった。


(何か思ってたのと違う…でもこれから僕たちは食べられて幸せに…なれるのかな)


 不安を抱えるモモの視界にあの女性が飛び込んできた。

 透き通るような白い肌に、真っ赤な口紅の女性。

 モモはカフェで見かけた女性だと確信した。


「あら…綺麗な桃ね。私この子食べたいわ」


 奇跡。

 モモはそう思った。

 いや、運命だろうか。

 このむさ苦しい人の中から、素敵な女性に選ばれた。

 ご主人様は軽く会釈をし、モモの調理にかかろうとする。


「おいっ小娘、抜け駆けは揺るさんぞ。俺が先だ」


 男は息を荒くし怒鳴りだした。

 女性はご主人様に目で合図を送る。


「はい。好きなのをお選びください」

「リンゴだ!手早く頼むぞ」


 男は荒々しくリンゴを手に取りご主人様に差し出す。


「嫌、こんな臭い男。嫌よ。助けて…ドリアン」


 ドリアンは何も声が出なかった。

 ただただ視線を落とし、リンゴの叫びを拒んだ。

 今まで夢見ていた自分たちの結末がこうもあっさりと、そして最悪の結末を迎えることになるとは誰も思ってなかった。

 リンゴの叫び声は次第に小さくなり、ご主人様が言葉をこぼした。


「自分から死んでくれたんだね、ありがとう」


 そして、にっこりと笑みを浮かべリンゴを切り刻んでゆく。

 その手つきは、何かを奏でているよう、しなやかなでとても繊細だ。

 そんなご主人様に見惚れている人々。

 ご主人様がこぼした言葉の意味がわからず、ただただ怯えるフルーツ達。


(僕たち殺されちゃうの…?幸せになれないの?)


 モモは女性の方に目を向ける。

 女性はにこりとモモに微笑みかけた。

 その微笑みを見ると自然と心が和らいでいく。

 きっとこの人なら大丈夫。

 食べられても素敵な世界が待っている。

 そう希望を胸にモモだけは楽しみに自分の番を待っていた。


「さぁ、どうぞ。リンゴのタルトです」

「待ちわびたぞ、早くよこせ」


 荒々しくリンゴのタルトを取り上げる男。

 赤い皮を上品に残したリンゴのタルトは薔薇のよう。

 その美しさに目もくれず、男は一気にタルトを頬張る。

 その様子をフルーツ達は見守った。

 自分たちの夢だった食される喜び。

 だが、リンゴの声は最後まで聞こえず、ただ最後の悲痛な叫びだけが何度も頭に響き渡っていた。


「あぁ、美味い。これで若返るよ」

「ありがとうございます。」


 そのやり取りを見た人々はさらに熱気高く、ご主人様に迫っていく。


「次はモモのタルトになります。順番ですので」

「いいわ、私は最後で」

「……かしこまりました」


 そして、次々にフルーツ達が切り刻まれていく。

 悲痛な叫びが飛び交うがしばらくすると何も聞こえなくなっていた。

 モモはどんな叫びも、女性の微笑みで癒やされ希望を持ち続けられていた。

 そして、モモの番が回ってきた。


「お待たせ致しました。すぐに準備を」

「この子は生きたままお願いね」

「かしこまりました」


 モモは期待を胸にご主人様によって切り刻まれていった。

 痛みは感じない、あの女性の中に入れるならこんな幸せなことはない。

 完成に近づくにつれその想いが増していく。

 胸の高鳴り、どこか懐かしくも思えた。

 そして、モモは綺麗な薄ピンク色の花を咲かせた。

 女性は写真を取り、モモにその画像を見せるよう画面を向けた。


(これが僕…!)


 こんな綺麗な形で、素敵な女性に食べられる。

 モモは幸せだった。

 周りの悲痛な叫びも聞こえないほど女性に夢中だったから。


「じゃあ、頂くわね」

「はい、どうぞ」


 女性はそっとフォークを突き刺す。

 痛みはない、モモは何も感じていない。

 ただ目の前の幸せに溺れていた。

 前と同様に。


「ありがとう。これで私は若がえるわ。あなたのおかげよ、モモくん」


 その言葉を耳にしてモモは一瞬記憶が甦った。

 その一瞬は絶望の記憶。

 それを最後にモモの意識は途絶えた。


 悲痛な叫びと共に。



 完










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フルーツバスケット 織川玉子 @poootapota

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