ブラック企業に勤めていた俺が異世界転生して、夢に日付をつける

@hirman05

第1話 俺、社長の言う通り飛び降りる

「もうお前はここから飛び降りろ!!!!」

「わかりました。」

 一言返すと、俺は社長の言う通り、ビル8Fから飛び降りた。

 ビルを落ちながら考えることは、やっと怒られなくなる、なんてたわいのないこと。10年働いてきて、思ったことがこんなことだとは、自分でも笑ってしまう。

死ぬ前というのは走馬灯なんてのは本当に見えるんだな。

 心残りといえば、父ちゃん母ちゃん、実家に帰る時間作れなくてすまん。ということだろうか。あ~あ、こんなことならもっと人生楽しんでおけばよかった…

 あぁ、なんだろう、人が見える。天使のようだ。本当にいるんだな、天使なんてのは。正直、信じていなかった。しかも、いやにはっきり見えるな。何やら、俺に叫んでいるようだ。だが、やはり英語圏の生き物、英語で話しても俺にはわからんぞ…日本語で話せ…

 そう思うや否や、天使が話している言葉が日本語に同時通訳された。

「もしもぉ~し!!人生やり直したくないですか~!?今なら、あなたの心身の成長の点数を利用して、人生やり直すことができますよ~!」

「!?」

「あなたが積んだ善行、人間性を高める、徳を積んだ行為が神に認められたのデスっ!特別サービスですよ!」

 少し迷ったが、俺は人生をやり直すことにした。




 時は2009年、リーマンショックによる不況で景気も上向きになってきたというのに、再び悪雲立ち込めるそんな世の中。

 俺はといえば、就職氷河期真っ只中、採用なんてどこもしてくれない時代だ。とはいえ、捨てる神あれば、拾う神あり。今は絶好調、不況の雄なんて言われちゃう時代の申し子の会社に入社を決めた。カリスマ経営者、社員は夢を追い、夢をかなえること、人間性を高めることに力を注いでいる。先行き見えない中で、この企業セミナーはそりゃもう輝いて見えた。すごい、俺もそうなりたい。いや、なれる。絶対なれる!そう思わせてくれた。

 だが、世の中そんなに甘くはない。業界未経験、飲食店のアルバイトもしたことがなかった俺には長時間労働、上司の罵倒、スタッフからの軽蔑の目はきついものがあった。とはいえ、ここ以外働く場所もないんだからやるしかない。うだつが上がらないが、どうにか我慢、我慢、我慢を続けてどうにかエリアマネージャーになったわけだ。がしかし、そこで待っていたのはさらなるモンスターからの罵倒だった。 

 部会議で全国からマネージャーが集められている中で、俺はクレームの件で立たされている。はじめは鮮明に聞こえていた社長の声も、だんだんとぼんやりとしてくる。視界も霞み、前がよく見えない。次に聞こえたのは、飛び降りろという罵声だった。昔大好きだったアニメのネロの気持ちがよくわかる。パトラッシュ…もう疲れたろ…。僕も疲れたんだ…。

 俺はふらふらと窓まで歩いていく。周りが叫んでいるが、耳には入らない。目に入るのは窓ガラスと外の景色だけだ。途中、誰かを蹴飛ばしてしまったが、もう死ぬんだ。どうでもいい。窓を押し開け、俺はビルから飛び降りた。


 …そして、今に至る。

 地面には俺の死体があり、俺は俺を見下ろしている。その横では天使が微笑んでいる。自分で自分の死体を見て思うが、無残だ。手足が反対の方向へ向き、内臓は圧迫されて体中から血が出ている。死んだときでさえ、周りに迷惑をかけてしまったのは正直心苦しいと思ってしまった。いやいや、待て待て。天使様の話では俺は徳を積んでいたからやり直せるって話じゃないか!

 いや、それこそ待て待て。輪廻転生するのか、それとも時間の巻き戻しか?正直言って、俺は時間が巻き戻ったり、輪廻転生なんてしたくない。もうこの世の中で労働をしたくないのだ。働きたくないから死ぬのだ。ラッキーチャンスと言われようが、なんだろうが働きづめで働きたくなくて死のうとしたのに、よく考えたらまた生き返って働くなんて阿呆のすることじゃあないか…。

「…あの、やっぱり、生き返るのなしにできません?正直生きていたくないんで。」

 俺がそういうと、みるみるうちに天使の顔が紅潮していくのが分かった。

「せっかくのチャンスですよ!生き返ってもう一度、やり直したくないんですか⁉」

「気持ちはうれしいんですが、もう働きたくないんで…。」

「なんと‼‼‼働きたくないと申しますか!あぁ~神よ!!!この者の人間性は曲がってしまわれました…。」

 天使は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。何やらぶつぶつつぶやいている。

「こんなに勤勉に働き、人間性を高め続けたというのに、まだ金銭という物質的欲に目をくらまされているのデス…。神はこのような姿をご覧になるとお怒りになってしまう。しかし、一度生き返せるといったのに、やっぱナシは天使としていかがなもんでしょう…。信仰心にかかわる由々しき事態ですよ、これは。どうにかせねば…。う~ン、困りました…。」

 一度、俺が生き返るといった手前、やっぱり生き返りたくないということに悩んでいるようだ。本当はありがたい話なのだろうし、俺も父母にもう一度会いたいという気持ちもあるが、もう俺は働きたくないのだ。はっきり断ることにしよう。

「すみません。俺、生き返らなくていいので、悩まないでください。この世に未練はないんで…というとウソになりますが。」

 と、俺が言うと、うつむいていた天使はガバッと顔を上げた。

「わかりました!あなたが最も活躍できるであろう世界へ招待いたします!話はそこからですっ!!!!あなたが人間性を再度高めなおせる良い場所へ案内いたします!!!」

 天使は指で空中に円を描くと、空間に穴が開いた。そして俺の腕をグイッとつかむと、その穴の中に一緒に飛び込んだ。

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