宇宙(そら)からの帰還(KAC2022:⑤88歳)

風鈴

宇宙からの帰還

「ごめんね、たっちゃん。わたしの我がままでこんな事になって」

「ううん、僕も君がやせ衰えて・・うう・・ごめん、愛してる!ずっと愛してるから!」

「うふふ、ダメよ。たっちゃんは帰ってきたら、私みたいなのより、もっと健康な可愛い、そして、優しい子を見つけて、そして、私の分まで幸せになってね・・」


 彼女はそう言って、ベッドの上で無理に笑い顔を作り、僕の手を握った。

 握る力も弱くなってきているけど、僕は彼女の温もりを感じることが出来て、もうこれが最後で会うことも無いなんて、全然現実として実感がわかなかった。


 この日の午後、僕は見送りの人たちと最後の別れをして、羽田から特別機に乗り、JAXAへ向かったのだった。


 *

 20XX年、相次ぐ天変地異となぞの病原体の発生、激しい気候変動などにより、地球環境は悪化の一途をたどった。

 それに輪をかけたのが、戦争だった。


 局地的な核の使用をする戦争が勃発し、当初は限定的だとされた核の被害は全世界へと深刻な環境汚染を引き起こした。

 核だけでなく、生物兵器や化学兵器の使用も、いつの間にか行われ、それが明らかになった時には、もう手遅れになっていた。

 それらが生物の生存できない危険地帯を出現させ、さらに汚染された雨や風が全世界へと拡散し続けていた。


 そのような時、僕は飛び級でT大の地球環境工学学科に入り、首席で卒業し、若くして天才科学者と称されて、ある研究施設で研究を続けていた。

 その時に、後輩として入ってきた同じ年の子が彼女、三宮朱里さんのみやあかりだった。

 後輩のクセに、同じ年だからとタメ口で、研究漬けの生活を送っていた僕を遊園地に誘ってくれたり、買い物や食事に連行されたりした。


 研究施設によく寝泊まりしていたが、身体に悪いし、クサイからと、彼女のマンションに連れて行かれるようになってからは、いつの間にか同棲する関係になっていた。


 もう少しで研究成果が出そうになった頃、僕の研究にずっと付き合ってきて無理がたたったのか、彼女は不治の病にかかり、倒れた。

 その病は、最近流行り出した原因不明の病気だ。


 ただ日々衰弱していく彼女を見ているだけの僕は、いつも主治医で親友の浦路満留うらじみつるに突っかかっていた。

『ウラジミール!お前、それでもT大医学部首席かよ!』

 彼のあだ名をこれ見よがしに浴びせながら、言いつのった。


 そんな時、人類移住計画の探査船の乗員募集を知る。

 それは、人類の希望として、日本の叡智と金が注ぎ込まれたモノであり、世界中の英才のところに募集が為された。

 彼女はその事を知り、自分が痩せ衰えて醜くなって行く姿を見られたくないからと、僕の知らない内に応募してしまい、いろいろあったが、結局、乗る事になったのだった。


 *

 もう、ここに帰る頃には、皆んな変わってるんだろうな。

 乗り込み着席すると、そんな感慨がぎる。

 心血を注いだ研究は、試作段階は成功しており、後は仲間達に任せて来た。

 もし、無事に陽の目を見る事になれば、そのノウハウ全てを公開し、地球規模で多くの人々を救って欲しいと頼んでおいた。


 もう思い残す事など・・無い・・のに、何故か、目から涙が溢れて来た。

 隣の隊員、若菜純菜わかなじゅんなの顔を見ると、彼女は目だけでなく、鼻も垂らしていた。

 手袋を脱ぎ、ハンカチを渡してやる。

 鼻をかまれ、返された。

 思わず笑うと、彼女も笑った。

 何笑ってるんだと思ったが、もう秒読みが始まった。


 *

 30光年先の目的地、うみへび座赤色矮星を公転している惑星クリーゼ358c。

 惑星の生命存在可能性を示す兆候としては、岩石質の地形や地球と同じくらいの大きさであること、中心星からの距離が『ハビタブルゾーン』(生命居住可能領域)内にあることなどが挙げられる。この領域内にある惑星は主星から近すぎもせず、遠すぎもしない距離にあるため、適度の大気圧で、生命の必須条件である液体の水が適温に保たれている。


 亜光速飛行が出来るようになり、地球に近いハビタブルゾーン内の惑星から探査が行われたが、全部ダメだった。

 今度こそはの想いが強い。


 若菜隊員は、同じT大を優秀な成績で卒業した、僕と同じ飛び級組だ。

 彼女は、宇宙物理学とテラフォーミング(惑星を人間の住める環境にする)の専門家だ。


 そういう専門家たちが、それぞれの受け持ちのデータを取得し、分析しながら船内時間では一年を掛けての航行だった。


 この惑星なら大丈夫そうな分析結果が出ている。


 *

 大々的に歓迎されるかと思いきや、物々しく警備され、直ぐに全員、ある施設で1か月軟禁状態となった。

 その間、データ分析などを行うモノと思ったが、地球環境に身体を慣らす為の毎日のメディカルチェック、食事制限、ワクチン接種、各種運動、現在までの地球の状態説明などを行い、外界から隔離状態だった。


 なぜ、美男美女ばかりのスタッフなのだろう?

 なぜ、誰にも連絡が取れないのだろう?

 なぜ、他の隊員と会えないのだろう?


 最初は、そんな疑問を持つようになったが、それがやがて、今の世界の常識や知識の学習をするようになると、これは洗脳ではないのかと疑問を感じるようになった。


 いったい、何があったと言うんだ、


 相対性理論とローレンツ変換などでの計算上では、60年のハズなのだが。


 僕は、学習の時間は、脳に直接映される映像や響いて来る音声から何とかして意識を逸らそうと、いろいろな手段で対抗した。


 そして、やがて、隊員たちと一緒に食事をとるようになった。

 この施設のスタッフは、給仕と称して、僕達を観察している。


 僕は、若菜の腕や足を見た。

 いつも、絆創膏をしている。

 それについて尋ねると、僕を値踏みするように見て、何でもないと答えた。


 その後、もう自由に施設内を誰もが行き来できるようになった。

 僕は、運動施設へ行った時に、若菜が襲われそうになっていた。

 そこを救ってやると、若菜から僕に洗脳の件を切り出してきた。

 それから、僕達は、よく今後の事を話すようになった。


 *

 暫くして、多額のクレジット(世界共通通貨)と用意されたマンションに移り住んだ。

 若菜とは、同じ建物内だったので、連絡を取り合った。


 僕は、教えられた通り、妹に会いに行った。

 父母や叔父叔母は死に、従兄弟とは付き合いが無いので、妹だけが僕の知っている身内だ。


「あー、変わんないね、昔と!」

「お前は変わったな。なんでそんなに美人なんだよ。そのアンチエイジング効果って、スゴイな」

「うふふ、そう?でもね、お手入れが大変よ。半年に一回は注射しないと、死ぬからね」

「でも、それだけの若さを手に入れてんだから、仕方がないだろ?」

「ふふふ、そうだけどね~。でも、兄貴って、その顔は、早くイジッタ方が良いんじゃない?モテないよ?あっ、でもイジッテない人って珍しいから、逆に萌えるかも」


「それより、朱里のお墓を教えてくれないか?」

「えっ?知らないの?お墓って言うのは、もう無くって、共同の慰霊碑があるだけだよ」

「あっ、ああ、そうだった。宗教が無くなったんだね」

「そう言う事!じゃあ、私、これからデートがあるから。バイバイ!」

「えっ?86歳でデートかよ?」

「ふんだ、88歳の兄貴に言われたくないわね!」


 そうか、僕は、ここでは60年経っているから88歳か。

 しかし、この異常なまでのアンチエイジングが世界を変えるとはな。

 もう食糧危機も、病気も無い世界になり、この技術欲しさに平和になり、国境も無くなった。

 従って、僕達が必死で行った計画は必要なくなったのだ。

 そして、この平和は、この技術を開発した会社が世界を牛耳ってしまったことによる、独裁がもたらしたものだ。


 しかし、この技術を開発した、ウラジ―という会社、一体、どのようにしてこんな技術を?


 慰霊碑にお参りをしに行った。

 そこでは、名前の登録がされている。

 三宮朱里、三宮朱里、三宮・・・・無い。


 ここしか無いよな、慰霊碑って?


 配布されていた特殊なメガネをかける。

 目の前にホログラムが出て、それを操作する。


 うん、他に慰霊碑は無いな。

 なぜ、朱里の名前が登録されていない?


 その疑問が消えないまま、自分の研究施設があった所へ。

 もう、建物自体が無くなっていた。


 ヒマだから、繁華街を歩く事にした。

 いつもは、朱里と一緒に、来たものだ。

 そんな感慨を持ちながら、良く来ていた場所へ向かった。


 すると、朱里に似た女性が、いや朱里をもっと美人にしたような子が居た。

 僕は、つい、その子の後を追った。

 その子は、若い男と出会うと腕を組み、あるマンションに入って行った。


 まさかとは思ったものの、どうしても確かめたくて、そのマンションのエントランスを見張った。

 しかし、何も収穫が無かった。


 それから、僕は、若菜の知り合いに会い、三宮朱里の事を調べてもらった。

 その知り合いの人は、ネット通信の専門家で、マンションなどを見張らなくても、そこの情報をハッキングするのだという事だった。


 しかも、部屋の中の映像まで入手できるのだという。

 それで、わかったことは、確かに三宮朱里がそのマンションに住んでいるという事、そして、ある男と毎晩のように夜を共にしているという事がわかった。


 死んではいなかったのだ。

 だが、違う男と一緒だった。

 それは、あのウラジミールだった。


 浦路満留の情報を集めてもらった。

 そのハッキングをした人は、興奮を隠しきれなかった。

 浦路がウラジ―という会社を作り、アンチエイジング技術の考案者だったのだ。

 そして、今では、その会社の裏のボスとなり、世界を動かしているという。


 更に、その技術は、僕が研究したチクロイドXを人体に応用したものだった。

 あの時点では、土壌改良などの用途しか知らせてなかったはずなのだが、唯一知っているのは朱里だけだ。

 しかもチクロイドXという名前は、僕と朱里しか知らない。

 それを浦路がなぜ使うんだ?


 つまりは、そういう事か!!


 朱里、お前、僕を裏切ったのか!

 いつからだ?


 それから、僕の戦いが始まった。





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宇宙(そら)からの帰還(KAC2022:⑤88歳) 風鈴 @taru_n

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