忍者屋敷と百合の罠
五木史人
清貧美少女と鬼ごっこ♪
うちはくノ一の炉(いろり)と申します。
うちの家は、1934年築の88歳。
昭和9年。まだ大正デモクラシーの香りがする時代の忍者屋敷だ。
そして山奥のど田舎なので、なんかやたら部屋がある。
昔は、一族郎党が住んでいた屋敷だ。
今日は中学の同じクラスの絵里奈ちゃんが、テスト勉強を一緒にする為に泊りに来ている。
絵里奈ちゃんは興味津々で玄関に入った。やたら広い土間である。
朝ドラなんかだと、まだ着物を着た家族が大勢迎えてくれるのだが、ここには誰もいない。
うちの家族は、忍者一家なのでみんな出稼ぎに出ているんのだ。
広すぎて静かすぎる家の中に、清貧美少女の絵里奈ちゃんの表情が満面の笑みに変った。
「ひっろーい。わたしの家の数百倍はあるぅ!」
数百倍は言い過ぎだけど、まあ地価が街とは全然違うからね。
「ねえ、ねえ、鬼ごっこしよう!」
「えっ家で?」
「そう、じゃあ、地の利があるいろりちゃんが、最初は鬼でいい?」
「う、うん」
「じゃあ目をつぶって10数えてね」
絵里奈ちゃんはそう叫ぶと、陸上らしい美しい走りで忍者屋敷に駆け込んでいった。
絵里奈ちゃんは、めっちゃハイテンションだ。
学校では大人しめの少女なだけに、気を遣わせてる?
でも、うちにだけ見せる子どもぽさは、嬉しくはある。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」
さて、一応全貌は把握しているけど、とりあえず隠れられそうなところから、探して観よう。
意外と広い。思っていた以上に広い。部屋が10以上ある。
隠し部屋となると数えた事もない。さらに隠し通路が張り巡らされているのだ。
1時間探しまくったが発見できなかった。これは!
うちは大広間に行き、忍者屋敷仕様に改造したお掃除ロボットにセンサーを付けて稼働させた。探知したらうちのスマホがアラームを鳴らす仕組みだ。
「行け、我がしもべ達よ!」
うちは3ッつのお掃除ロボットに命じた。
そして、うちは地道に一部屋一部屋探して回った。
ん?お風呂から湯気が?
鬼ごっこ中にお風呂に入ったいるだと!
脱衣所に脱いだ服とパンツとブラが置いてあった。
百合百合なうちは、にやけ、色々妄想をしてしまった。
それが百合の罠だった。
うちの妄想時間が、絵里奈ちゃんに逃げる隙を与えてしまったのかも知れない。
お風呂のドアを素早く開けたが、すでに誰もいなかった。
って事は!絵里奈ちゃんは女の子なのに、露わな姿で逃げ回っているって事?
誰も来ない山奥の忍者屋敷とは言え、それは、はしたない!
うちは親友として、親友・・・と絵里奈ちゃんが思っているかは解らないけど、うちは親友として窘(たしな)めなくてはいけない!
うちはお風呂の窓を潜り、絵里奈ちゃんを追った。
多分、絵里奈ちゃんは隠し通路を見つけたのだろう。
忍者屋敷の隠し通路は、追手を巻くのに最適だ。
その時、忍者屋敷仕様のお掃除ロボットのセンサーがなった。
想定逃走路とは逆方向だ。
「やりおるわ」
うちはお掃除ロボットの位置へ急いだ。
その位置に到達した時、今度はお風呂付近のお掃除ロボットのセンサーが鳴った。
「しまった!」
お掃除ロボットの存在もばれてる?
お風呂に到着すると、なんと!脱いだ服とブラ&パンツがなくなっていた。
「しまった!」
百合なうちは、後悔した。激しく後悔した。
さっきブラとパンツだけでも、うちの宝箱に確保しておけば良かった!
この喪失が、うちの戦意も喪失させたのかも知れない。
窓の外はもう深夜になっていた。
「絵里奈ちゃんもう深夜だよ!うちの負けで良いから出て来て!」
うちは降参した。忍者やのに。
きっとビギナーズラックだったんだよ。と自分に言い聞かせた。
数分後、絵里奈ちゃんが出てきた。
「めっちゃ面白かった」
絵里奈ちゃんの、人を幸せにする笑顔だ。
うちは、その遊び疲れた顔に、とても癒された。
2人で夜ご飯を食べ、うちは絵里奈ちゃんと並んで布団に入った。
絵里奈ちゃんが寝静まった寝室で、
『久しぶりの鬼ごっこの喧噪』
そんな言葉がふと浮かんだ。
誰がそんな言葉を、うちに委ねたのかは正確には解らない。
でも、大正デモクラシーの香りがする時代の忍者屋敷。
昔は、一族郎党の多くの子どもたちが、きっと鬼ごっこして遊んだに違いない。
と思った。
88年目の忍者屋敷、これからもよろしくね。
完
忍者屋敷と百合の罠 五木史人 @ituki-siso
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