メッセージ88【KAC20225】

予感

88

 地面に硬い石のようなもので、文字が掘られていた。


『88』


「これはダイイング・メッセージだな」

 最初にそれを発見した敏郎が言った。


「それってよく殺人事件で、被害者が死に際に犯人のヒントとなる情報を残すっていう、あれですか?」

 裕也が尋ねる。


「わかりきったことを聞くな」と敏郎がピシャリと制し、「すみません、警部」と裕也が素直に謝った。


「単純に考えれば、これは年齢だろう。犯人は八十八歳だ、という暗示だ」


「うーん、でも犯人の年齢を書くぐらいなら、ズバリ相手の名前を書いた方が正確じゃないですか? 犯人はスズキタロウ、とか」


「名前を知らなかったらどうする」

「名前を知らないのに年齢を知っているんですか?」


「例えば犯人が、黄色いちゃんちゃんこを着ていたらどうだ。名前を知らなくても、ついさっき米寿の祝いでもされていたんだろうと推測できる」


「黄色いちゃんちゃんこは米寿だけでなく、長寿の祝いに使われるみたいですよ。僕もこの前知ったけど」


「否定ばっかりするんじゃない」

 敏郎はいまいましげに裕也をにらんだ。


「例えば相手の名前よりも、年齢に敏感な環境だったらどうだ。しょっちゅう誰々が何歳になった、などと話し合ってるような環境だとか」


「親戚の集まりとか、老人クラブとかですか?」

「そうだ。例えば今日みたいな状況だな」


 敏郎がそこまで言ったとき、エプロンをつけた佳子が二人を呼びに来た。


「はいはい、お昼ご飯ができましたよ」

「お昼ごはんだって。行こうか、お祖父ちゃん」

 裕也が孫の顔に戻って敏郎に声をかけた。


「斎藤警部と呼べ」

 佳子と裕也は顔を見合わせて苦笑した。

「また裕也に警察ごっこをつきあってもらってたの?」

 佳子に言われ、敏郎はむっとした顔で「警察ごっことはなんだ。事件の捜査をしていたんだ」と言い返す。 


 佳子はやれやれといった顔をして、「今日の事件は何なの?」と聞く。敏郎は「ダイイング・メッセージだ」と、庭先の地面に書かれた『88』という数字を指差す。


「ああそれは――」

 佳子が言いかけると、庭の向こうで遊んでいた里穂が走ってきた。


「ひいじいちゃん見て! 里穂ハチ、書けるようになったんだよ! ひいじいちゃんの八十八歳のハチ!」

 そういって、先の尖った石でいくつも数字の8を書く。


「ああ、そうか。里穂は賢い子だなあ」

 敏郎はやむなく現実に戻ってひ孫を褒めた。


 敏郎は最近、鬼警部としてバリバリ仕事をしていた昔と、米寿を迎えた今の境目が曖昧模糊としてきている。


 しかし現実に立ち返ったとき、優しい孫や可愛いひ孫に囲まれて、自分は幸せに暮らしているんだな、と実感する。


 今の自分もなかなか悪くない、と思う敏郎だった。



   〈終〉


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メッセージ88【KAC20225】 予感 @Icegray

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ