誕生日おめでとう

葵トモエ

第1話

今日は、母の88才の誕生日だ。お陰さまで、ずいぶん頑張ってくれている。

父はサラリーマンだった。真面目一途で働いていたので、年金もそれなりに貰っていたんだ。


父が亡くなってから10年。母は、老齢年金と遺族年金をもらっている。足を悪くして以来、部屋からは出ない。息子である俺が、いつも年金の受け取りに行く。俺は、若い頃は会社員だったが、父が倒れ、母が倒れしているうちに、介護のために会社を辞めた。よくある話だ。生活はとても苦しい。母の年金だけが頼りの生活を送っている。福祉ナントカというやつも時々やって来ていたが、対応が面倒くさいし、介護の等級を決めるのに、本人に会わせろとか言われるので断った。だから、役所のやつらは今はやってこない。


妹がひとりいる。離れたところに所帯をもっている。父が亡くなったとき、葬儀に来て以来、連絡も来ない。そのあと、母が倒れたときに一度連絡したが、やってこなかった。それ以来、こっちからも連絡しない。縁は切れたものと思っている。


今日は、母の誕生日だ。この地域は、米寿の祝い金が出る。俺はこの日を待っていた。臨時収入だ。これで、借金の一部を返済できる。ハンコを用意して、役所に受け取りに行こうとしていた、そのときだ。

「お兄ちゃん、あたし。いるんでしょ?開けてよ」

と声がした。妹だ。


なんで今ごろ、のこのこやって来るんだ?8年前、俺が、母が倒れたと電話したときは無視したくせに、なんで突然やって来るんだ?それも、なんでわざわざ、今日?


俺は黙って玄関に出ていったが、まだドアを開けなかった。すると、妹は話し始めた。

「今日は、お母さんの米寿の誕生日でしょ?お祝いしなくちゃ、と思って来たのよ……ずっと来なかったこと、怒ってるの?……悪かったと思ってるわよ、お兄ちゃんに全部任せてしまったこと……だって仕方ないでしょ?まだ子供は小さかったし、自分達の生活もあるし……それに、お兄ちゃん、長男じゃない」


そうだ。俺は長男だ。だから、俺が面倒を見るのが当然だと言いたいのか?俺は全てを費やした。この国では、それが当たり前のように思われているからだ。


妹は続けた。

「あのさ、今日って、米寿のお祝い金、出るんでしょ?……それ、少しもらえないかな?」

なんだって?祝い金をよこせって?なんだよ、金をせびりに来たのかよ?

「上の娘が、今年成人なのよ。以前、お母さん言ってたのよ。米寿の祝い金が出る年が成人の年だから、お祝いをくれるって約束していたのよ。着物のレンタルも、けっこうかかるのよ。少し援助してもらえれば、助かるのよ」

援助だと?何を言ってやがる。こっちが援助してほしかったときに、何もしなかったくせに。こっちだって必要なんだ。その祝い金で、借金を返そうとしてるんだからな。


俺は頭に来て、ドアを開けた。

「帰れ!」

と言おうとすると、どかどかとたくさんの男たちが入ってきた。

「家宅捜索をさせてもらう」

それは、警察だった。


まもなく、床下から、白骨化した母の遺体が見つかった。


俺は逮捕された。保護責任者遺棄と、年金の不正受け取りが主な罪だ。妹が言った。

「お兄ちゃん、米寿の祝い金は、商品券だから、借金の返済は無理よ」

そうか、知らなかったな。俺は苦笑いして、警察の車両に乗った。


袋にくるまれて、他の車に乗せられていく母の遺体を見送りながら、俺は心の仲で呟いた。


母さん、いままでありがとう。そして、88才の誕生日、おめでとう。

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