モノ忘れ探偵とサトリ助手【88歳】
沖綱真優
88歳
「88歳ですね」
探偵は、独り言ちた。
誰もいない私室、真っ暗な部屋でマッチを擦る。
暗がりに慣れた目が火の明るさにショボつき、使い慣れたはずの臭いが鼻の奥を不届きにも刺激する。
小さなろうそくに、マッチを近づける。
火は、白い芯を黒く染める。すぐにマッチを振り消す。
小さな芯から、火はようよう立ち上がり、マッチ棒から伸びる白煙を追い立てる。
白煙は辺りに臭いだけを残して消えた。
あの日使わなかったろうそくを、毎年一本ずつ、供養のように灯す。
立てるモノは何でも良かったけれど、近くのスーパーで、夕飯の総菜と一緒に買ってきたショートケーキを使った。
パンメーカーの苺ショート、ひとつ二百円程度の。
彼女が好んだ、ケーキ。
『近くのケーキ屋さんのが美味しいだろう。そんな安もの』
『私はこの味が好きなの。でも、あなたの誕生日はそのケーキ屋さんにしましょう。年齢分のろうそくを立てるの』
『ふたりでホールケーキにするのかい?食べ過ぎは……特に甘い物は、良くないんだろう』
『大丈夫よ。ショートケーキに隙間なく挿して……ふふっ』
『無理やり過ぎて、笑っちゃってるじゃないか。だいたい君……』
『誕生日なんて余命のカウントダウン、よ』
『いつも自分の誕生日は祝って欲しくないっていう癖に』
『そうね。でも、特別なひとが生まれた日は、特別よ』
特別な日。
何も、生まれた日だけが特別な日になるわけではない。
あの日から一年巡るたび、探偵はひとつ歳を取り、ひとつ再会に近づく。
合わせていくつになれば、もう一度出会えるのだろう。
ピンポン。
チャイムが鳴った。
来客は、探偵の助手だ。
彼女の次の、最後のバディ。
椅子から立ち上がりかけて、戻り、ろうそくをそっと吹き消した。
チャイムがもう一度鳴る。
「祝いの鐘ですね。どちらにせよ」
探偵は、独り言ちた。
モノ忘れ探偵とサトリ助手【88歳】 沖綱真優 @Jaiko_3515
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