そんなに長く生きたくない
かどの かゆた
そんなに長く生きたくない
川沿いの道を散歩がてら歩いていたら、黒いゴミ袋みたいなものが落ちていた。
「汚いなぁ」
近くにゴミ箱があったのを思い出して、捨ててやろうと袋をつまむと、その袋はバタバタと暴れ始めた。
「うわっ!?」
「やめてー」
子どもの声だった。でも、ただの子どもではない。抑揚がなく、感情が薄くしか伝わってこない。
その声は、つまんだ袋からしていた。
よく見ると、袋は背の低い生物だった。黒いローブに身を包んだ、骸骨。
それは、いつかどこかで見た、死神の姿そのものだった。
「何なんだ、お前」
俺がその骸骨を睨んでやると、死神は肉も無いのに腹を鳴らした。
「お腹すきました」
「……何なんだ、お前」
もう一度同じことを聞く。
「わたくしは、死神です。ご飯をめぐんでください」
どうやらこいつは死神らしかった。死神と会うのは初めてだが、本人が言うなら、きっとそうなのだろう。
「ほれ」
俺はさっきコンビニで買ったハムサンドを渡した。死神はそれを骸骨の中にかぽっと入れる。何だか、おしゃれなゴミ箱みたいだと思った。
「おいしい。命の恩人です」
「そりゃどうも」
「お礼に、あなたの寿命を、お教えします」
死神はローブの中から虫眼鏡のようなものを取り出し、俺のことを観察しだした。
「おい、待て。俺は別に寿命なんて知りたくないぞ」
「しかし、死ぬタイミングがわかれば、人生の予定も、立てやすいものです」
「うーむ。そういうものかな」
腕組みして悩んでいると、死神は言った。
「あなたは、88まで生きますね」
「馬鹿! まだ言うなって!」
「すみません。つい、うっかり」
死神は口では謝りながらも、反省していない様子だった。
「しかし、88か。そんなに長く生きたくないな」
「そうですか?」
死神が首を傾げる。
「だって、世界は暗いニュースばかりだし、老後は2000万円必要だって言うし。介護だってよく問題になってるだろ? 自分の爺ちゃん婆ちゃんには生きててほしいけど、自分が家族に迷惑をかけてまで生きながらえるのって、何だか嫌な気がする」
「そうですか」
死神は自分の首元を手でかいた。骨が軽くぶつかる音がする。
「それでは、こういうのはどうでしょう。あと1年で死ぬかわり、これから生きるぶんの運がまとめてやってくる、というのは」
「何、そんなことが出来るのか」
「命の恩人には、なんでもしてさしあげます」
俺はよくよく考えてみた。どうせつまらない人生だ。流行り病のせいで仕事も辞めさせられたし、これから良いことなんてそうないだろう。それだったら、一年良い思いをして死ぬというのも、それはそれで幸福なのかもしれない。
「よし、じゃあ、それで頼む」
「では、そのようにいたしましょう」
死神は、俺のおでこに骨だけの指をつつーと滑らせ、何か印を書いた。
「これで、契約成立」
死神がそう言うと、身体が急にだるくなる。どこからともなく看板や鉄骨などが落ちてきて、俺の手足に刺さった。
悲鳴を上げようにも、喉が痛くて声らしい声が出ない。
「あなたの人生は、これから先ずっと不幸なものでした。そして最後、酷く不幸だったのにも関わらず88歳まで生きられたことだけを誇りに、死んでいく予定だったのです」
薄れゆく意識の中で、死神の声がした。
くそ。
痛い。苦しい。
誰か……。
「やっと、新鮮な魂にありつける。いやぁ、最近といったら、ただでさえ不幸なのに不幸の前借りをしたがるやつの多いこと多いこと。この手口でしばらくは食っていけそうだ」
そんなに長く生きたくない かどの かゆた @kudamonogayu01
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