上弦の月が開く光ある夜の世界
隠井 迅
北海道の七夕
それは、平成二十年、二〇〇八年八月七日の夜のことであった。
ぼくは、北海道のトオヤ湖ってトコにある、おバアちゃんチに遊びに来ていた。
普段、ぼくは、東京に住んでいるんだけれど、じつわ、産まれたのは、お母さんの実家がある北海道なんだ。
もちろん、ぼくは覚えちゃいないんだけどさ、赤ちゃんの頃から毎年、夏休みには、北海道のおジイちゃんの家で過ごすことがコーレーで、だから、今年もトオヤに来ていたワケ。
で、そのトオヤでは、不思議なことに、七夕が八月七日に行われるんだよ。
だって、「笹の葉、さぁ〜らさらっ」って歌いながら、願い事を書いた短冊を緑の竹に結び付ける七夕って、〈七月七日〉のはずなのに、なんで、トオヤでは、一か月遅れの八月七日なのか、ギモンに思って、前にお母さんにキいたことがあるんだけど、お母さんは、その時、こんな風に言っていたんだ。
「北海道では、〈内地〉と違って、七夕は八月七日なのよ」
お母さんは、本州のことを、時々「内地」って呼んでいるんだよね。
「だから、なんでさ?」
「さあ? 今度、〈トントン〉に訊いてみたら」
ちなみに、「トントン」ってのは、お母さんのお兄さん、つまり、ぼくのおじさんのことなんだけど、ちっちゃい頃から、こう呼んでいるんで、今さら呼び方は変えられないんだよね。トントンは、やっぱ、トントンなんだよ。
トントンは、大学のセンセイなので、ものすっごくモノシリなんだけど、子供相手にでも、難しい言葉を平気で使うんだよね。あと、ダジャレ好き。
まあ、とにかく、おバアちゃんチで会った時、同じ質問をトントンにしてみたんだ。
「うん、良い質問だね。内地では、〈新暦〉の七月七日に七夕が行われるんだけれど、北海道の多くでは、〈旧暦〉の七月七日に、七夕が催される土地が多いんだよ」
「トントン、『シンレキ』と『キューレキ』って何?」
「簡単に言うとだな、新暦が今のカレンダーで、旧暦が昔の暦だよ。大雑把な話になっちゃうんだけれど、旧暦の七月が、一ヶ月ずれて、新暦の八月になるってわけなのさ。だから、北海道では今の八月に、七夕が行われる次第なんだよ」
「うううぅぅぅ~~~ん??? ……。よおするに、北海道では、昔のカレンダー、そのキューレキってのを使っているから、本州の七夕から一か月遅れの、八月七日が七夕ってことで、ファイナル・アンサー?」
「北海道が、普段から旧暦を使っている分けではないけれど、七夕に関しては、旧暦に基づいているって事なんだよな」
まあ、旧暦の七月七日が、今の八月七日ってことが分かれば、とりあえすOKということになった。
で、その、今の八月七日に行われるトオヤの七夕は、東京の七月七日の七夕と違っているトコが、日付以外にもケッコウあって、たとえば、七夕の日の夜に、子供たちで、近所の家を回って、お菓子をもらって歩くってフーシューがあるんだ。
ぼくは、なんで、お菓子をもらって歩くのか、トントンにキいてみた。
「そもそもは、北海道の七夕では、お菓子ではなく、蝋燭をもらって回っていたんだよ」
「あっ! そっか。だから、『ロウソク、出ぁ~せ、出ぁ~せぇ~よぉ~ー。出ぁ~さぁないと、かっちゃくぞぉ~』って歌いながら、近所を回るんだね。
なんでか、お菓子と一緒に、近所の人がロウソクもくれたんだけど、これでナットクできたよ。
ところで、『かっちゃく』って、どぉゆう意味なんだろ?」
「引っ掻くって意味だよ」
「トントン、トオヤの七夕って、なんか、『お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ』のハロウィンみたいだね」
ぼくが、ハロウィンとトオヤの七夕が似ているってことをシテキすると、トントンは、スイッチが入ったみたいになって、さらに話を続けてしまったんだ。
ぼくは、あぁ~、またやっちゃったって思ったんだけど、もはやテオクレだった。
「良い気付きだね。
十月三十一日の夜が、ハロウィンなんだけれど、そもそも、今のハロウィンは、古代ケルトの〈サウィン祭〉が元になっているんだ。
その古代ケルトでは、サウィンの時期には、この世とあの世の門が開いて、あの世から死んだ人間がやって来る、と考えられていたんだよ。
だから今でも、ヨーロッパでは、ハロウィンの二日後の十一月二日は〈死者の日〉という、ありとあらゆる死者を祀る日になっているのさ」
「へっ、へえええぇぇぇ〜〜〜。
ハロウィンって、なんか日本のお盆みたいなんだね」
「そのとおおおぉぉぉ~~~りっ!
それじゃあ、ミツヤ、僕から質問なんだけれど、旧暦の七月に当たる今の八月七日の後で、日本では毎年、どんな行事が行われているかな?」
「八月七日の後? それって、ぼくの誕生日じゃない?」
ぼく、夜神光夜(やがみ・みつや)の誕生日は、八月八日なのだ。
しかも、生まれた年は平成八年で、〈八・八・八〉が三つ並んでいる。だから、三つの八で、最初は〈三八(ミツヤ)〉って漢字にする予定だったらしいんだけど、それじゃ、チョクセツ的すぎるって考えたおジイちゃんの意見で、三は〈光〉になったんだ。
これは、おジイちゃんの名前が〈光男〉だったんで、おジイちゃんから、〈光〉の一字をもらうことになって、八の方は〈夜〉になった。こっちは、生まれたのが夜ってことと、名字の最初が〈夜〉だから、夜で始めて、夜で終わらそうっていうトントンのアイデアだったらしい。
「いやいや、ミツヤ、そおゆう個人的な話じゃなくて、日本一般では、八月中旬に何があるかって話」
「トントン、ヒント、お願い」
「ってか、ミツヤ自身が、一回、口にしているんだけどな。じゃ、八月の〈なんとか休み〉」
「あっ! お盆かっ!」
「そのとおおおぉぉぉ~~~りっ!
じゃ、お盆ってのは、どんな行事だい?」
「死んだ人がこの世に戻ってくるんだよね。
あっ! ハロウィンとトオヤの七夕って、子供たちが近所にモノをもらいに回るってコトだけじゃなくって、先祖がこの世に戻ってくるってトコも似ているんだねっ!
「そのとおおおぉぉぉ~~~りっ!
北海道で七夕が行われる八月七日ってのは、先祖の霊を迎えるお盆の約一週間前なんだよね。つまり、さ。北海道の七夕はお盆の始まりを告げる行事なんだよ」
「ふうううぅぅぅ~~~ん。
でも、なんで、七夕の時期に、死んだ人が帰って来るんだろう?」
「ミツヤ、内地と北海道の七夕が一ヶ月ズレているって話をした時に、旧暦と新暦の違いについて触れたことを覚えているかい?」
「うん」
「地球が太陽の周りを回る周期を基準にした太陽暦が新暦で、北海道の七夕は、〈新暦〉の八月七日、〈旧暦〉の七月七日になるんだけれど、そもそも、旧暦ってのは、太陰暦、つまり、〈月の満ち欠け〉を基準にした暦なんだよ」
「へえええぇぇぇ〜〜〜」
「そして、月基準の旧暦におけるお盆は、七月十三日から十五日だったんだよね」
「だから、今のシンレキでは、お盆は、八月の中頃になるんだね」
「そう。
そして、ざっくりとした話になるんだけれど、月基準の旧暦の十五日、つまり、十五夜に、月は、まんまるな満月になる分け。
そして、旧暦の七日か八日の夜空に在るのが、右半分だけが輝いている、〈上弦の月〉なんだよね」
「つまり、キューレキの七夕の夜空にあるのは、その半分の月なんだね」
「そっ。
そして、七夕の夜、つまり、旧暦の七月ってのは一年の半分で、その半分の上弦の月の夜には、あの世とこの世が半分ずつになって、その結果、あの世とこの世の門が開くんだ。だから、あの世からこの世に、御先祖が帰って来れるって話なのさ」
「もしかして、トーヤの七夕の日にもらうローソクって、門が開く、その、えっと……、ジョーゲンの月の日に、夜空にいるご先祖さまたちが迷子にならないようにするための、ミチビキの光なのかな?」
トントンは、ぼくを見つめながらニッコリと微笑んでいた。
「上弦の月の夜である半分の月の日に、あの世とこの世の門が開くと、それから、月は徐々に満ちてゆくんだけれど、十五日の満月の日には、この夜とあの夜の門が閉じられてしまうから、旧暦の七月十五日、送り盆、つまり、お盆の最後の日に先祖を、あの世に送り出すってわけなのさ」
ぼくは、トントンの話を聞きながら、近所でもらってきたロウソクをジッと見つめていた。
「それなら、ジイジが、迷子にならずに、トオヤに帰って来れるように、ロウソクに火を着けなくちゃ」
じつわ、この年の初め、大正生まれのおジイちゃんは、八十八歳で、トオヤから別の世界に旅立ってしまったんだけれど、今年のお盆に、初めてトオヤに帰ってくることになっているんだ。
「ねえ、トントン、七夕の日に、夜空の門が開いて、ジイジが帰って来るのなら、明日、八月八日のぼくの誕生日、ジイジにも祝ってもらえるって話だよね」
「そおゆう事になるわな」
「ならさ、ならさ、トントン、すぐにロウソクを着けてよ」
ぼくは子供なので、勝手に火を使うことは、お母さんに禁止されているんだ。
「いや、ミツヤ、その必要はないよ」
「えっ! なんでさっ! 早く、ジイジに会いたいよ」
「光夜、お前自身こそが、おじいちゃんを導く、上弦の月の日の洞爺の夜に輝く一筋の光だからさ」
そう言ったトントンは、うまい事を言ったぞ、みたいなドヤっとした顔をしていたんだ。
〈了〉
〈参考資料〉
「北海道の七夕は8月?その理由や『ローソクもらい』の風習とは?」、二〇一九年十一月十六日公開、『TraveRoom』、二〇二二年三月十六日閲覧。
「旧暦カレンダー」、『高精度計算サイト - Keisan』、二〇二二年三月十六日閲覧。
「新暦と旧暦を対照できる資料を調べる」、『リサーチ・ナヴィ』、国立国会図書館、二〇二二年三月十六日閲覧。
「月齢カレンダー」、『こよみのページ』、二〇二二年三月十六日閲覧。
上弦の月が開く光ある夜の世界 隠井 迅 @kraijean
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