ベージュの仮面

闇谷 紅

思い付きでやるようなモノじゃない? そうかもね


「せいやーっ!」


 掛け声とともに飛び蹴りを見舞えば、悪漢は「ぐべっ」だとか声をあげて壁にめり込んだ。


「ふう、やっててよかった通信教育と身体強化魔法」


 通信教育で格闘技をかじっていたのは前世の方だがまぁ良しとしよう。突然だが、アタシは、ある日異世界に転生した。しかも種族はエルフ。ほとんどが美男美女で寿命も人間の十倍前後となればもはやカチグミと言って過言はなかろう。

 逆にマケグミがあるとすれば、ファンタジックなゲームで敵として登場する系の亜人種か。彼らは何百年も前のヤバい大魔導師が完成させた禁忌の魔導の代償としてこの世界から絶滅させられたらしいのだから。


「回避不可の滅びの運命が種族単位とかねぇ」


 トンデモナイヤツもいたもんである。今に残された情報のいくつかに転生者を思わせる言動がチラホラ見かけられたが、アタシみたいな善良にしてごく普通の転生エルフだって居るのだ。きっと転生者だからとんでもなかったとかではないだろう。


「ぐ、ふっ」

「さて、今日の活動終りょーっと」


 壁から剥がれ落ちた悪漢が倒れ込んで来たので、魔法でちょいちょいとロープを操ってオナワにするとアタシはくるっと踵を返す。ベージュのフードマントとその内に顔を隠すベージュの仮面。今世で齢八十八を数えた、つまり米寿の記念に世直しすることを思い至ったアタシは米寿とベージュをかけて世直し時はベージュづくめの恰好で行動しているのだ。ショウジキ、メダツ。


「さっさととんずらしないとねー」


 法を逃れた悪とかたまたま見かけた犯罪者をのしているとはいえ、今のアタシはどう見ても街中で魔法を使うアヤシイ=ヤツだ。衛士へのツウホウ=アンケンである。


「こんなとこで捕まった正体がバレたら、里でアレした時以来の黒歴史が確定だから」


 転生して二十年とちょっとの頃、面倒を見てくれる近所のお兄さんを好きになって告白したことがあったのだが、エルフの寿命を鑑みるとアタシは当時人間でいうところの二歳である。前世に引っ張られていたとはいえ、その初恋がどうなったかはお察し。飛び級で里の外に出る試験に合格し、逃げるように故郷を後にして、あっちをぶらぶらこっちをぶらぶら、気が付けば米寿という時の流れの速さ、オソルベシ。


「けど、こう、なんと言うかね」


 前世の感覚、つまり人間の寿命を前提としたペースで修業や勉強を行ってしていたアタシは各国を放浪していたことを差し引いてもこの国で有数の実力者と肩を並べる程度には強くなっていた。つまり、しばく相手が弱すぎてほぼワンパンで沈んだりするのだ。


「手ごたえないし、何か弱いものいじめしてる感がねー」


 世直しなんて思い付きでやるようなモノじゃなかったのかもしれない。

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