八十八歳死目標

桐山じゃろ

祝福の光

 政府によって提示された国民目標が、「八十八歳死」というものだった。


 人間は、死ななくなった。

 正確には、寿命を数百年から千年に伸ばした。

 医学の発達により認知症等、老化による病や症状を軽減でき、肉体的にも凡そ五十歳台から死ぬまで殆ど変化しなかった。


 事の発端は、宇宙からの来訪者だ。便宜上、宇宙人とする。

 宇宙人たちは、地球の支配者たる人類が百までしか生きられないことを「可哀想に」と表現し、宇宙的科学を持って全人類に「祝福の光」と称される光線を浴びせた。

 その日から、老いていたものは若返り、怪我や病に伏していたものは皆全快し、二百年経っても事故や他殺、自死以外で誰も死ななくなった。


 宇宙人たちはその様子に満足して、別の惑星へと旅立った。

 残されたのは、超超超高齢化社会を迎える地球である。


 食糧問題、新陳代謝の起こらない社会産業の停滞、人口密度増加による住宅問題……地球は静かに阿鼻叫喚の地獄と化した。

 八十八歳死とは、八十八歳、百八十八歳、二百八十八歳と、下二桁が八十八になったら、どうにかして死んで社会に貢献せよという号令だ。

 老いたら潔く死ぬのが美徳と、政府は宣った。


 元から希死念慮の強い人間は八十八を待たずして政府に従ったが、それ以外の人間、特にタナトフォビアの人間は従う気などさらさらなかった。


 生きたいだけ生きるべきとする派と、そうでない派閥に別れ、戦争も起きた。

 皮肉にも、その戦争が一番大量に政府目標を達成することができた。




*****




 宇宙人の「祝福の光」の効果が判明してすぐ、私は山奥の一軒家を購入し、そこで半自給自足の生活を始めた。

 ネット通販は三百年前に全てのサービスを終了してしまったが、麓の町までドローンを飛ばせば仕事や買い物は事足りた。

 麓の町は百年前にゴーストタウンとなってしまったが。


 ものを食べなくても、生きることができた。

 眠らなくても、疲れなかった。

 日がな一日、雨の日も風の日も、外で過ごしていても、私は私のままだった。


 何年経ったのか、もう数えていない。


 宇宙人のやったことは「祝福」ではなく「呪い」だろう。


 その証拠に、いつだったか……一年か、もっと前か、昨日か。

 宇宙人が何の前触れもなく私の目の前に現れた。


「おめでとう。この惑星の生き残りは君だけだよ。選ばれし君は、我々と共に」


 ふざけたことを抜かす宇宙人の正体は、なんのことはない。他の惑星で数千年生き延びた、人類に似た生命体だ。

 全人類に呪いをかける技術力があるなら、そんなに大層な宇宙服でなくともこの汚れきった星で活動できるだろうに。


 宇宙服の分厚いガラス窓の向こうでは、総てを識っている顔が笑顔を作っていた。


「断る」

「宇宙の秘密を知りたくはないかい?」

「知りたくない」

「……君の望みは何かな?」


 笑顔が破綻するのを見ることができて、私は満足した。


 二百五十年前に買ったビームサーベルで宇宙服を貫き、私も自分の心臓に穴を開けた。

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八十八歳死目標 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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