全部葡萄酒のせい


 全身が痛い。

 折角ライリーと初めてのパーティーだというのに、己の身体が恨めしい。



「殿下、歩き方が何だか変ですけれど……。体調が優れないのでしょうか……。お部屋でお休みになられては?」

「いや!! 大丈夫だ!! ライリーが心配に及ぶようなことは何もない! 私は至って元気だ!」

「そ、そうですか……?」



 くっ、そこまであの男と話がしたいのか?

 私が邪魔だと?

 だがそうはさせん。

 身体改革のため鍛えて筋肉痛になった身体に鞭打ってでもライリーを最後までエスコートするんだ。







 ───と、そう思っていたのだが。

 いつの間にかライリーに置いていかれた。

 悲しい。

 ツラい。

 私は婚約者で第一王子だぞ。


 私の取り巻きがあれよあれよとライリーを取り囲んでいき連れて行ってしまう。

 あれでは人攫いと同じではないか。

 けれど追い付けない、身体が痛い。


 ライリーの後を必死に追い掛けていると、秋の豊穣を祈る時間がやってきた。

 三年前に収穫して出来た自国の葡萄酒、それを神に捧げた後、皆で飲み干すのだ。

 そしてまた三年後のため葡萄を樽に入れ発酵させる。

 豊作の年は良いが、不作の年だと飲める酒……いや、神に捧げる酒が足りないからと持ち込みする貴族もいて、実際去年がそうだった。

 去年はあまりにも不作の年が当たったので陛下が皆に振る舞っていたな。

 父上の自慢のコレクションである大豊作の年の葡萄酒だ。

 三年前は豊作の年だったので、今年は十分皆に行き渡る。


 国に一番貢献した葡萄農家の代表者が神に一年の感謝を述べ、そして樽から注がれた最初の一杯を神に捧げる。

 こういった祭事の時間は身分など関係無いので、端から順に葡萄酒が注がれていく。

 5・6年ほど昔、代表を務めた農家の女性がそれはそれは愛らしい女性だったので、その娘を気に入った伯爵が養子にしたなんてこともあった。

 あまりにも愛らしいから侯爵家の長男に好意を寄せられすぐに結婚していた。

 なんとも現代らしいシンデレラストーリーである。


 今年の代表者を見る限り、相当なおじさん好きの令嬢でも居なければそんなストーリーは拝めないだろう。

 くだらない事を頭で考えながら自分に葡萄酒が回ってくるのを待っていると、いつの間にやらライリーの傍らにあの男が居るではないか!

 騎士団長の息子であるオーガスタス。

 ライリーは既に葡萄酒を戴いたようで、オーガスタスと何やら会話している。

 こんな時に限って酒が回ってくる順番が遅いとは、神と乾杯するまで動けぬというのに。


 警備にあたる騎士は己の仕事が優先のため、パーティーが終わった後に酒が振る舞われる。

 あの身体を超えるにはまだまだ掛かりそうだ。

 腰に剣を携えて、屈強な身体でドンと構え、私の婚約者を見つめニヤリと笑うオーガスタス。

 私の婚約者の視界に入るな!

 何を二人で話しているんだ!


 まさか!

 ライリー!

 そんな男の手を引っ張って何処へ行く……!

 私がライリーに触れるためには許可が要るというのに!!



 ──「次は貴男に葡萄酒を」

「ッ、あ、あぁ……自然の恵みに感謝を」



 やっと回ってきたそれを受け取り長ったらしい祈りの言葉を早口で述べ、良い子は真似できぬイッキ飲みをしてライリーの元へ急ぐ。

 この葡萄酒はなかなかに芳醇だな。

 一気に飲むにはわりとキツい。

 そんな事よりも……、いや、『そんな事』とは言い方が悪い。

 豊穣の神を侮辱しているわけではなくあくまで愛の女神が私を呼んでいるだけ。

 そうだ。

 子を孕みさえしなければ良いというが、そんなもの私が許さないし私達を見守る女神だって許すはずがないだろう。

 いいや、言うな。

 己の今までの行いは一旦横にでも置いてくれ。

 私はどの御令嬢にも子を孕ませてなどいないし孕ませる気もないし、孕ませたいのはライリーだけであって…………、これ以上はよそう。

 己の首を絞めるだけである。


 色々な光景がぐるぐると頭の中を巡って、私の頭の中のライリーは既にドレスを脱いでいる。

 人気の無いカーテンの向こうの柱の影で、ナニかをやっているライリーの元へ急がねばならないのに、こういう時に限って邪魔が入るのだ。



「ミカエル。さっきから何をやっているんだい? 一国の王子がパーティーで笑いを取っているのかい?」

「叔父上! そんな馬鹿な事この私がするわけがないでしょう!?」

「はぁ……。けど凄く面白い動きをしているけれど?」

「ぐっ……き、筋肉痛なだけです!」

「筋肉痛……? ごめんね、君の叔父でも笑いのセンスが解らないや……」

「私の婚約者が屈強な男が好きだというから……! そのライリーが男の手を取って消えてしまうから今追い掛けている途中なのです、邪魔しないで下さい!」

「わぁ。あの噂は本当だったの? ミカエルが初めて会った婚約者に心酔してるって話。叔父さんビックリ! 私に似て育ったなと思ったんだけどねぇ。と言うか急いでいるなら走ったら?」

「これでも走ってるんですよぉ……!!」

「へぇ、随分と不思議な走り方だねぇ。そんな全身を痛めてこの後のダンスは踊れるのかい?」

「絶対に踊る……!!」



 そうかいそりゃあ頑張って、と女好きで色欲魔な叔父上は大して興味もないくせに無駄に絡んできて、これまた無駄に女性を引き連れ私を追い越し去っていく。

 この体たらく!

 こんな程度で悲鳴を上げるような身体ではライリーに見向きもされないではないか!


 そうしてやっとこさ辿り着いたのに、私の瞳に映ったものは信じ難い光景だった。

 ライリーは壁際に追い詰められ、彼のゴツい掌がライリーのももを……、ももを撫で回している!!

 あろうことかライリーの腕は彼の首に回され、オーガスタスの瞳を逸らさずじいっと見つめているだと!?

 私が触れるには許可が要るというのに!!

 許すまじ、オーガスタス!



「──ッオーガスタァーーース……!!」






 数分前──……、



「こんばんは。オーガスタス様ですね。貴方、何をするおつもりでしょうか」

「え……? あぁ……君はミカエル王子の婚約者、ライリー様ですか。噂は騎士団の耳にまで届いてますよ。コロシアムでのこと」

「まぁ。それは恐悦至極です。が、質問の答えになっておりません」

「………………ふん、別に殺そうって訳じゃないんですよ。ただ顔面に傷をつけられればそれで満足だ」

「なぜ故にそんなことをなさるのです。貴方は騎士、誰かを守るために剣を振るわなければなりません」

「あぁ。だから振るうのさ。あんなに可愛らしかった男爵令嬢のアメリアが、あの男のせいで破廉恥な娘になってしまったんだ。これ以上、彼女を穢れさせたくない」

「アメリア様、ですか……?」

「そうさ。純真だった彼女をミカエル殿下がかどわかして……俺はずっと彼女の事を……」

「殿下が……?」

「ふっ、彼は大公様に似て色欲魔ですから。まぁ王都の出来事など辺境の地にとってはどうということは無いでしょうがね」

「っ、しかし騎士たるもの堂々と勝負するべきでは!? …………はぁ、ちょっと此方へいらして下さい。ちゃんとイチからお聞かせ願えますか」

「それは勿論ですが、婚約者を傷付けようとしているのに俺の話を聞くのですか?」

「私は己の見たものと考えだけで誰かを傷付けたくはありませんので」

「ッ、そう……。けれど、こちらも黙って付いていくわけには行かないので、武器の所持ぐらいは確認させて下さい」

「えぇ。隅から隅までどうぞ」






 ──……そして現在、



「殿下……!? 今は駄目! 邪魔をしないで下さい!」

「じゃ、邪魔だと……!? ライリーでも……! 君は私の婚約者だぞ!?」

「それが今関係ありますか! 来てはなりません!」

「うぅ……そんな、ライリー! そんなことっ!!」

「いいから何処かで葡萄酒でも飲んでいて下さい!」

「嫌だ! せめて、せめて近くで見るだけでも……! 見るだけで我慢するからせめて……っ!」

「はい!?」



 情けなく涙を流し懇願していると、邪魔をされたくないのかオーガスタスが彼女を離し、私に近付いてきた。

 歩くたびに腰に携えた剣が音をたてる。

 女性を抱くには邪魔ではないのか。

 騎士たるもの腰から外すわけにはいかぬので、上手いやり方があるのだろうか。

 いいやそんな事はどうだっていいから、ライリーに触れる許可も下りないのならばここで大人しく見させてくれ。

 どうかオーガスタス、いつか君の身体を超えてみせるから今はじっくり観察でもさせてくれ。


 するとオーガスタスは胸ポケットに飾られた薔薇の飾りをおもむろに取り出した。

 茎がギラリと反射する。

 まさか、あれは?

 ただの飾りでは無い?





 ──私が刃物だと気付いたときには既にオーガスタスは床へと倒れていた。

 屈強な男をいとも簡単に投げ飛ばして。

 薔薇のやいばがライリーのドレスを鮮やかに割いてゆく。

 私の目の前に美しい生脚。



「わたくしの前で殿下を襲おうなど。10年遅いですわ」

「ぐ……、10年、遅い……? はっ、なら俺は一生、無理ってことか……」



 ももまで裂けたドレス、片脚を露わにし、眉間に皺を寄せ、屈強な男をピンヒールで踏みつけ見下ろしている彼女。

 嗚呼、なんて美しいひとなんだ。

 くっ、そんな姿を見せられたら疼いてしまうではないか……!



「はは……それにしてもっ、君にこうやって踏みつけられるのも……悪くないかな……」

「わたくしには殿方を虐めて愉しむような趣味など御座いません。大人しくして下さい」

「あっ♡ いいね、もっと強く……!」

「な、何を!?」



 力を緩めれば逃げてしまうぞと脅され、一層強く踏み付けるライリー。

 嗚呼、ライリー……!

 そんな……!

 見ているだけなんてツラすぎる!

 目の前にそんなもの出しておいて!!

 許されるならば爪先にでもちゅきちゅきさせておくれ……!



「何故わたくしが……、このような趣味は御座いませんのに……。他の騎士はまだですか! 居るではないですか其処に! 見ていないで早くして下さい!」

「ああっ♡ そんな風に踏まれたらっ♡」


「〜〜……っオーガスタァーーース……!!」

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そんな事では、王子様。 ぱっつんぱつお @patsu0

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