88歳になったら、もらえるもの

砂漠の使徒

記念パーティー

 ある男が88歳の誕生日を迎えた。米寿だ。いくら世界の平均寿命が上がったからといって、なかなかここまで長生きはできないだろう。

 男は、有名人だった。さまざまな界隈の偉い人と知り合いだった。そこで、せっかくだからということで、某ホテルで盛大に記念パーティーを開くことを計画した。

 会場には、米寿を祝う様々な記念品が集まる。しかし、どれもラッピングがされており、中が見えない。なぜなら、これから彼の目の前で開封されるから。男は目を細め、プレゼントの説明を一つずつ丁寧に聞いていく。説明をする会社の担当者は、ここで自分の存在や有能さをアピールし、コネを作るために必死だ。


「これはなんだね?」


 まず最初に男が開いた包みは、大手自動車会社からのものだった。大したものが入っていないように見える小さな箱の中には車のキーが入っていた。


「これはですね、我が社が開発した最新型電気自動車でございます。昨今重要視されているSDGsに配慮し、従来のものより燃費が三分の一になっています。さらに、AIによる自動運転搭載ですので、乗って指示を出すだけでどこへでも行けます」


 男の口角が微妙に上げる。


「そうか、ありがとう」


 その表情を見て、担当者は心の中でほっと溜息をつく。


「これはなんだね?」


 二つ目の包みだ。とても巨大で、中に人一人でも入っているのではないかと思われるそれを開けると出てきたのは、フィットネスマシンだった。


「我が社の技術が作り出した最高のフィットネスマシンでございます。感染症が流行している昨今は気軽に外出できない状態にありますので、自宅で必要な運動を全て行うことができるように調整されている代物です」


「それは、私が不健康だと?」


 担当者に冷や汗が流れた。


「い、いえそういうわけではありません! 今後も健康を維持できますようにとのお心遣いです!!」


「……そうか、ありがとう」


 若干の間に、不穏な表情。

 彼が首になるのはまた別のお話。


「これはなんだね?」


 三つ目の包み。中身を問うてみたものの、男は開ける前から気づいていた。この大きさに、重さ。軽く触ると中身が硬いものではないこともわかる。さらに、うっすらと漂う紙とインクの匂い。つまり、この中身は本だ。


「どうされました?」


 なにかわかっているので、あえて説明から先に訊いてみることにした。


「先にこれがなにか聞かせてくれ」


 本であることはわかっていても、その内容はわからない。いったい中身はなんであろうか。小説か、技術書か、ビジネス書か、自己啓発書か。本にはさまざまなものがある。男はこれまで数えきれないほどの本を読み、書いてきた。それでもなお、本には飽きぬ魅力が秘められている。それはこの先も消えることがなく、心を満たしてくれる。そう、この一冊も。


「これは、我が社のサービスのユーザーに書かせたものです」


(完)

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88歳になったら、もらえるもの 砂漠の使徒 @461kuma

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