今年88歳の……

ぬまちゃん

どんな世界にも先輩はいるんです

 キーン、コーン

 カーン、コーン。


「ねーねー、ウチ転校したばかりで学校の周りよく分からへんの。そやから帰りにオモロい場所案内してくれへん?」


 授業が終わったと同時に、関西から来た陽気な転校生は前に座っている彼と彼女の肩に手をかけながら言った。


「ごめんなさいね、魔美さん。ワタシ今日はお婆さまの家に行かなくちゃいけないの。だから付き合えないのよね」

「あー、俺は付き合っても良いけど、女の子の好きそうな場所は知らないからなー。野辺良さん、どうしても今日婆ちゃんの所に行かなきゃいけないの?」


 彼は隣の席の女子に『何とかならないか?』と言った感じで話しかける。


「だってワタシのお婆ちゃん、今年の誕生日で88歳になるのよ。今日はどうしても様子を見て来いって、お母さんにきつく言われてるの」


 彼女は『イヤイヤ』という感じで答える。


「へー、野辺良さんのお婆さんて長生きじゃないか。それじゃぁ誕生日には家族で米寿のお祝いをするのかい」


 彼は彼女の答えに感心する。


「何やそれ? ベイジュって美味しいん。ウチ食べたことあらへんわ」

 

 隣に座っている彼女は後ろを振り向いて転校生をジロリと睨みつけてから、一言一言はっきりと区切るように説明し始めた。


「ねえ貴女。ベイジュって、食べ物じゃないの。88を漢数字で書くと、八と十と八でしょう。だ、か、ら、全部をくっつけると『こめ』って漢字になるのよ。要するに、88歳のお祝い事を言うの」


「野辺良さんて物知りやわー。ウチ尊敬してまう」


 ツッコミのつもりなのか、本気なのか分からない状態で、転校生は目をキラキラさせながら両手をお祈りポーズにして、彼女に合いの手を入れて来る。


「尊敬しなくて良いからさ。それより今日はダメなの、分かった? 魔美さん」

「仕方あらへんなー。んじゃあ明日行きまへん? 約束やで」


「分かったわよ、仕方ないわね。ああ、そうそう角川君も明日は付き合ってね。いつもテストのヤマ教えてあげてるのだから、お付き合いお願いね」


 彼女の強制執行モードと転校生のお願いパワーな視線が彼の身体にザクザクと刺さって来る。


「わ、わ、分かったよ。付き合ってやるよ、仕方ないなぁ」

 と、彼は嫌そうな口調で返事をする。しかし、二人の女の子から誘いを受けたことが嬉しくって仕方ない、という感情を隠すのに実は苦労していたのだった。


 * * *


「……ってな事があったのよ、お婆ちゃん」


 野辺良はその日の夜祖母の家で夕飯を食べた後、祖母の入れてくれたお茶を飲みながら今日の出来事を話していた。


「ふーん、そうなのかい。関西魔法少女協会の転校生ねぇ。それはちょっと気になるねぇ」

「うん、そーなんだ。お婆ちゃんの方からそれとなく聞いてもらっても良いかな? ワタシがチクったとは言わないでさ」


「ああ良いわよ。可愛い孫の頼みだからね。ワタシが魔法少女OG会東京支部経由で関西魔法少女協会のOGにそれとなく聞いてみるわね」


 今年で88歳になる、かつて魔法少女と言われた女性はゆっくりと和ダンスの引き出しを開ける。そして紫柄に可愛い星模様の入った風呂敷を取り出して、そこに丁寧に包んである自分の魔法少女ステッキを取り出すと、老眼鏡の位置を元に戻しながらニッコリと微笑んだ。


(了)

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今年88歳の…… ぬまちゃん @numachan

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