年齢を詐称して、マッチングアプリに登録しました

星来 香文子

18歳未満の方はご利用になれません



(まさか……本当にこんな日が来るなんて……)


 ドキドキしながら、タカシは待ち合わせ場所に指定された駅前の広場のベンチに腰掛けていた。

 彼は今日、マッチングアプリで知り合ったナナちゃんという18歳の女の子に会う。


 今年、米寿になった母に「お前はまだ結婚しないのか、お前さえ結婚してくれれば何も思い残すことはない」と、くどくど言われてしまい、親戚連中にも見合いをしろだのなんだの言われたタカシは、その場の勢いで最近話題のマッチングアプリに登録した。

 登録だけして放置するつもりだったのだが、意外にも女性側からの連絡が多かった。


 それもそのはず、タカシはIT系の有名企業の社員であり、高身長、高学歴だし離婚歴もない。

 写真は本人だが、自分が開発中のアプリを使って加工したものでありそれなりにイケメンになっているのだから。

 選び放題だった。

 だがタカシは、25歳と年齢を詐称している。

 本当は50歳だ。


 嘘をついていて申し訳ないとは思いつつ、マッチングしたたくさんの女性の中から一人、何度もメッセージのやりとりをして、本当に好きになってしまったナナちゃんを、タカシは緊張しながら待っていた。


 18歳、大学生のナナちゃん。

 32歳歳下のナナちゃん。

 50歳のおっさんが、そんな若い娘に本気で恋をしている。

 いつか話そう、いつか、本当は50歳なんだと言おうとしている内にどんどん彼女を好きになってしまい、結局タイミングを逃してしまった。


 キモいと言われてもいい。

 騙されたと、言われてしまってもいい。

 ロリコン野郎と罵られたって構わない。

 それでも、タカシはただ一度だけでいいから、この目で直接ナナちゃんの姿を見たかった。


(はぁ……そろそろだな)


 せめて少しでも若く見せようと、精一杯のおしゃれをして、白髪混じりの髪も美容室で染めてきた。

 薄くなっているてっぺんも、目立たないようにセットしてっもらっている。


 ドキドキしながら、タカシは腕時計で時間を確かめる。

 約束の時間まで、ナナちゃんが来るまで残り5分。


(先ずは謝らなきゃ。嘘ついてごめんって……ナナちゃんなら真剣に謝れば許してくれる可能性が高い。18歳にしては、大人びていて、考え方もしっかりとしているんだ……ナナちゃんなら……)


 マッチングアプリが優秀なのか、ナナちゃんは18歳だがタカシと話がよく合う。

 音楽の好みや、映画なんかも……

 こんなにぴったりと合う人も珍しい。

 だからこそ、ますますタカシはナナちゃんに惹かれていた。

 年齢差はあるけど、ナナちゃんなら、もしかして——と、ほんの少し期待していた。


(ナナちゃんナナちゃん……!!)



「よいしょっと……」


 ナナちゃんのことばかり考えていたタカシの隣に、おばあさんが座る。


(な……! なんだよババァ!! ナナちゃんのために空けてたのに!)


 タカシは荷物を置いていたのだが、おばあさんはぐいっとタカシの方に荷物を寄せて座ったのだ。


(勝手に触るんじゃねーよ! 人の荷物に! これだからババァは!! 図々しい!!)


 タカシが不機嫌そうに視線を送るが、花柄のブラウスに紫のチョッキを着て、ピンクの帽子をかぶっているおばあさんは全く気にしていない。


「さてと……そろそろ時間かねぇ」


 おばあさんは独り言を言いながら、カバンからスマホを取り出した。


「えーと……」


(ちくしょう、ババァ! 早くどけよ! ナナちゃんが来ちゃうだろう!?)


 タカシは焦った。

 もうナナちゃんが来る。

 約束の時間だ。


 ————ピロンッ


 タカシのスマホに、ナナちゃんからメセージが届く。


(あ、ナナちゃんからだ! ついたのか!?)


 ————ピロンッ

『もう着きましたか?』


(ついたよ!)


 ————ピロンッ

『どこにいますか? 私は今、ベンチに座っているんですが……』


(ベンチ……?)


 広場には、ベンチがいくつかある。

 タカシは、別のベンチなのかと立ち上がって、見渡した。


 ————ピロンッ

『わかりやすいように、ピンクの帽子をかぶっています』


 しかし、それらしき人物は見当たらない。


(ピンクの……帽子?)


 嫌な予感がして、タカシはゆっくりと隣に座っているおばあさんの方を見た。

 おばあさんとタカシは互いに見つめ合い、時間が止まる。



「あらぁ……もしかして、あなたがタカシさん?」

「…………な、ナナちゃん?」


(うそ……だろ)


「こんなおばあさんでびっくりしたでしょ?」

「いや……その……」

「騙していたことを直接謝りたくてねぇ……会いに来たのよ」

「それは……その……」


(俺も、そう……だけど…………本当に?)


「あの……本当はおいくつなんですか?」


 ナナちゃんは、申し訳なさそうに笑った。


「88歳なの。ごめんなさいねぇ」


(……38歳差かぁ)




 終



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