アハト・アハト

真野てん

第1話

 古来、日本における米寿の祝いとは、かつては数えで、そしていまではもっぱら満88歳を迎えるお年寄りの長寿をお祝いする風習である。


 数字の8は漢字で書くと「八」となり末広がりで縁起がいいとされ、さらに「八八」とふたつ並ぶことでさらにめでたいとされており、さらに「八十八」と書くことで、漢字の「米」を分解して出来ることから、米寿の祝いの由来ともなった。

 また日本人にとって「米」は切っても切り離せない大切な穀物である。そのためによねの祝いとも呼ばれ、家族の長寿のほか、子孫繁栄や五穀豊穣などと併せて喜ばれたという。


 中国の古代思想である五行にもなぞらえ、土の相からイメージされる金茶色のちゃんちゃんこと大黒頭巾を贈ることでも広く知られている。


 一方、ここドイツのベルリンでは、今まさに今年88歳を迎える老人たちによる、壮絶なバトルが繰り広げられようとしていた。


 老いた肉体をサイバネティックスボディへと改造し、拡張された感覚により、夜ですら昼間のように明るく感じる。


 腕には年齢に由来する、88ミリ口径アハト・アハトの野戦高射砲を備え、模擬弾頭を撃ち出す準備に余念がない。ちなみにアハトとはドイツ語で数字の8を意味する。


「ヘイ、マイヤー! ガキの頃は世話になったが、88歳アハト・アハトじゃそうはいかねえ! 潔くヴァルハラへ行きやがれ!」


「言ってろ、シュナイダー! てめえの貧相なションベン弾なんぞ、当たるかよ!」


 すでに声帯はなく、電子音声に変換されている老人たちの野次の飛ばし合いに、観客たちのボルテージもあがっていく。

 さながらローマ時代のコロッセオを彷彿とさせる雰囲気だ。


 アハト・アハトとは、満88歳の年齢に達した88人の男女が、88秒間、口径88ミリの高射砲を撃ちあうお祭りである。

 全身サイボーグ推進国であるドイツならではの光景で、轟音を響かせ、勇壮な88ミリ口径の模擬弾頭が一斉に撃ち出されると、夜空にはいくつもの美しい軌跡が描かれた。


 この後、戦士となった老人たちは、ブルストとビールを大いに味わい、世界平和を祈願するのであるが、もちろん全部嘘である――。


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アハト・アハト 真野てん @heberex

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