88歳の断頭台

木元宗

第1話


 88歳を迎えながら罪人の首を落として来たそれは、我が国自慢の文化財となっている。


 どこの職人が拵えたのかは不明だが、一度も不調を来さず、それが肥え太った者であろうと、瘦せ細り骨と皮だけになった者であろうと、綺麗に一回で首を落として来た。その切れ味と正確無比な設計に、歴代の死刑執行人達は口を揃えて、この断頭台は名剣を振るう騎士のようだと絶賛した。


 この断頭台が作られる以前は、死刑執行人のミスや、断頭台の構造に抜かりがあり、一度で首を落とせなかった事も珍しくなかったらしい。だが、この88歳になる断頭台がやって来てから我が国は、欽慕きんぼからだろう、最も罪人に慈悲深き国と、近隣諸国から呼ばれている。


 死刑の執行には勿論、罪人を調べ上げた上での偏り無き審判が土台にある。それは我が国の公明さと厳粛さ、そして、正義を重んじる心を示すものであり、その仕上げとして完璧な切断をこなす88歳の断頭台は、王族の一員のように畏怖と敬愛を集めて来た。


 他国でなら忌み嫌われる死刑制度や死刑執行人、それらに関する断頭台を始めとした道具も我が国では、正義と潔白の象徴なのである。


「国の象徴となるまでに強烈なイメージを抱かせるという事は、その存在とは常に人前にあるという事です。つまりこの国では、斬首刑が頻繁に行われているという訳ですね。それもその斬首刑を担う断頭台が、88歳になるぐらい。この国に住まう者全てがその断頭台に、畏怖と敬愛を覚えるまで。それって異常では? そんなハイペースでザクザク罪を裁いているのに国の犯罪発生率は、その象徴が88歳になるまでの長き間、大して変わってない事になりますよ? 象徴ってか形骸では?」


「まさか。妥協無き正義の証だ」


 灰雪が舞う鈍色の空の下、その寒さを凌ごうと燃え盛る無数の松明が、群れを成すようにひしめいている。


 隣で問いを投げて来た若い彼女は、つまらなさそうに息を吐いた。


「そっすか。そりゃ結構。なら、正気と思えない頻度で罪人という名の国民を削り取って来た結果として、八十八年前とは比較にならない程国力が落ちた責任を取るべく、この場に現れる事となった今をどうお考えになりますか。近隣諸国ではとっくに廃れた絶対王政を、しつこく続けた所為だよねー。とか」


 松明の群れを成している民の山を、慈愛を込めて見つめる。


われがこの国を治める事は、神から授かりし使命だ。そしてそれを成し遂げる力も、我と我の血族にしか授けられていない。民が目の前で、我に追従しているのがその証であり、我の統治も道中に過ぎない」


「……ま、確かに、王様が民衆の前に現れるのは、結構なイベントですからね。こんなクソ寒い日であろうとも」


 彼女は身震いしながら、外套の襟を掻き寄せた。尤もそれは衣擦れの音からの予想であり、本当にそうしているのかは見えない。我の目は、愛すべき民達を焼き付けるのに忙しい。そもそも意味を理解しているものに、心を向ける必要も無い。彼女も、我が国の象徴なのだから。


「そうだおめでとう王様。今日は三月十五日。つまりはあんたの88歳のバースデーだ。こいつと同い歳だなんてめでたいねえ」


 彼女はけらけらと笑いながら、ぺちぺち柱を叩く。


 頭上から落ちるその音を聞きながら、とうに88歳の断頭台に固定されている我は、民を目に焼き付け続ける。


「ああ……。素晴らしい事だ。われが我が国の、正義と潔白そのものになれるとは。永遠に続く我らが血族が、いかに優れた王を生み出そうとも……。我という存在は我が国の誇りとして、決して褪せる事無く民の心に刻み続ける! そう、この偉大さに、気付けなかった事こそが我の罪! 88歳の断頭台に裁かれるに相応しい、誇り高き罰だったのだ! あぁ……。死に際に悟れるとは……! 感謝するぞ死刑執行人! 矢張りお前達とこの断頭台は、88歳で幕を引く我が生涯は! 素晴らしき我が国のほこ」


 正義という名剣を携えた騎士の一振りが、全てを閉ざした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

88歳の断頭台 木元宗 @go-rudennbatto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ