怪鳥狩り

時雨薫

怪鳥狩り

 怪鳥狩りの話をしよう。

 怪鳥は背丈が高い。村でいちばんの長身はパブロで、猫におもちゃにさせるため髭を伸ばしているような変わり者なのだが、怪鳥の背丈は彼と比べてもなお頭三つほど高い。

 怪鳥はめだまが大きい。村でいちばんの金持ちはシルビオで、その妻はロベルタで、彼女がなにより大事に思っている首飾りはシルビオが町へ行ったときに買って帰ったものなのだが、怪鳥のめだまはそれに嵌っているトルコ石と比べても五倍は大きい。

 怪鳥は足が速い。村でいちばん勇敢なのはぶち模様の犬のフェルナンドで、そいつはおとこやもめのアロンソに飼われているのだが、怪鳥の足の速さはフェルナンドでも追いつけない。

 怪鳥は力が強い。村でいちばんの大食らいはホセで、八つと六つになる息子たちの食事にまで手を付けるような男なのだが、怪鳥の力は彼を容易に跳ね飛ばす。

 さて、怪鳥というのは本来人里離れた荒野や、渓流、樹海、あるいは硫黄のにおいが立ち込める火山に住んでいるものなのだが、すこしばかり都合の悪いことが重なれば村の近くに現れることもないではない。

 この話にでてくる怪鳥も、そういったもののひとつだ。

 パブロやシルビアやロベルタやフェルナンドやアロンソやホセやその二人の息子が住む村は、林の西側にある。林の東にもうひとつの村がある。林はどちらの村のひとびとも立ち入ることができて、薪をとったりあるいは木の実をとったりするのに使われていた。ところがある年、西の村と東の村とのあいだでいざこざがおこった。そうともなると、おのずひとびとの脚は林から遠のく。そうすると、誰も立ち入らない場所ができてくる。そんなふうにできた誰も立ち入らない場所で、誰にも見つからず、怪鳥の卵が孵った。

 怪鳥は厄介なものだ。なんといっても人を襲うし、作物を食い荒らす。怪鳥が出たばかりに村がひとつ滅んだという話も決して珍しくはない。これがもし首都の近くであれば専門の猟師に依頼することもできたのだろうが、村から首都へは二週間ではきかない距離だ。西の村も東の村も、怪鳥がいつ林から出てくるかと恐々としていたのだが、どちらも自分の村で死傷者を出したくはない。そういうわけだからどちらの村も林にいるうちに手を出そうとはせず、いざ怪鳥が林から出てきてしまったら、出てきてしまった側の村に狩りを任せる気でいた。だからすべては怪鳥の気まぐれだった。

 はたして怪鳥があらわれたのは西の村だった。収穫のちかい麦を踏み倒して怪鳥が駆けていくのを、アロンソが朝早くに見かけた。フェルナンドがいっしょだった。アロンソとフェルナンドはいそいで村の人々をたたきおこし、緊急の話し合いがおこった。

 シルビオは自分が金を出すから東村の若い連中を雇おうと言った。誰も来るわけがないと言ってホセが首を横に振った。

 パブロはむしろ嬉々としていた。怪鳥を殺せば高く売れることを知っているからだ。仕留めたやつの総取りだとパブロは言った。風が吹いただけで折れてしまいそうなパブロに怪鳥が仕留められるとは村の誰も思わなかった。

 そうこうしているうちにアルベルトが猟銃をもって出てきた。アルベルトは大した男だ。髭面で、よく酒を飲む。いつも険しい顔をして、黙々と仕事をしている。たらたらしてると麦がぜんぶやられちまうぞとアルベルトはどなった。それでみんなも、とやかく言わずに早々に怪鳥を仕留めなければならないことをしぶしぶ受け入れた。猟銃をもっている者は猟銃をとりに家へもどり、猟銃がない者は手ごろな棒にナイフを括り付けて槍を作った。

 さて、怪鳥は麦畑の中ではげしく身震いをしている。翼が生えてくるころなのだろう。怪鳥の翼というのはすさまじいものだ。なんといっても嫌なにおいがするし、黒々というか虹色というか、この世のものと思えない粘り気のある色をしている。そういう翼が、怪鳥の赤茶色い胴から生えてこようとしている。怪鳥は苦しんでいるように見える。

 アルベルトとシルビオが麦に潜みながら猟銃をもって近づいた。通りのほうではロベルタがホセのふたりの息子とともにその様子を不安げに見ている。さて、アルベルトが地に伏せ銃を構えたというところで、怪鳥は駆けだした。だから二人は撃つ機会を逃した。

 怪鳥が駆けていく方向にはパブロとアロンソとホセがいて、槍を構えている。槍の穂先が太陽の光を反射し、それが怪鳥を刺激したのに違いなかった。パブロは石突を地面に食い込ませ腰を低くして迎え撃つ姿勢を取った。アロンソもそうした。ずっと昔、この村の男たちが領主たちの戦いに駆り出されたとき、こうやって騎兵を打ち倒したのだと村のひとびとは聞いていた。だから怪鳥を相手にしてもそうした。ホセの槍はふたりのものより短かった。だから穂先の位置を合わせるために、ホセだけ前へ出なければならなかった。ホセはためらったが、息子たちが見ている前で臆病風を吹かせるわけにもいかなかった。

 さて怪鳥はいよいよ速度を上げて槍衾に飛び込んだ。パブロとアロンソの槍が大きくしなって怪鳥の胸を刺した。一方でホセの槍は怪鳥の皮膚に切り傷を作っただけだった。短い槍で穂先の位置を合わせようとして地面に対し垂直に近くなってしまったことがよくなかった。穂先は脇に逸れ、進行方向を狂わされた怪鳥はホセにおおいかぶさるようにして衝突した。それから怪鳥は槍を二本胸に刺したままで走り去っていった。

 ホセは意外にも生きていた。擦り傷を負ったほかは怪我もなかった。そういうわけだから、ホセがみずから前に出るのを見ていたパブロとアロンソは、彼にこそ最も多く分け前が与えられるべきだと確信した。ホセはぐずぐずと泣いていた。

 村のひとびとはふたたび集まった。アルベルトが川岸に追い込んで仕留めようと言った。手負いにした以上は気が立っている。ことは一刻を争う。

 アロンソはフェルナンドを連れて麦畑をめぐる。フェルナンドは興奮してはげしく吠えたてる。フェルナンドの声を聞いた怪鳥が逃げていくのか向かってくるのかアロンソにはわからなかったが、いざやってみると怪鳥は逃げた。怪鳥と言えど、手負いであれば犬との戦いすら避ける。

 それで怪鳥はしだいしだいに川岸へ近づいていった。アルベルトとシルビオの銃が届く距離になった。川上にはパブロが、川下にはホセから槍を受け取ったロベルタが構えていて、怪鳥を逃がすことがないようになっている。

 さて怪鳥は川を前にして立ち止まり、首を高く上げていなないた。高い音で、すさまじい音量だった。怪鳥の胸を貫いている二本の槍が、みるみる腐り落ちていった。そのまわりの麦もおなじように腐っていった。血にまみれた怪鳥の胴から、黒い翼が粘液につつまれてあらわれる。強烈なにおいがただよってくる。そのにおいは催涙性で、目を開けておくことが難しくなる。このまま飛べるようになってしまっては手に負えないと思って、シルビオが撃った。シルビオの弾は怪鳥の尾から足の付け根にかけて散らばった。翼に当たったものは弾かれたらしかった。致命傷にはほど遠く、怪鳥はその大きな目玉でシルビオのほうを見据えた。

 怪鳥はシルビオとアルベルトのほうへ向かって駆けだした。そのあいだも翼はめきめきと音を立てて胴から姿をあらわしつつあり、赤や黄や紫の帯状の光がその表面で揺れた。怪鳥は大きく跳ねた。アルベルトがシルビオに体当たりをして弾き飛ばした。怪鳥は滑空しながら、その強靭な爪でまっすぐにアルベルトの喉元を狙う。アルベルトの銃声が響く。

 怪鳥は地に落ちた。その下からアルベルトがどうにか這い出てきた。アルベルトは怪鳥の粘液を全身にあびていた。アルベルトはそのままのたうちまわるようにして川に身を投げた。シルビオがそれを追って川に入ると、直に水に触れたすねのあたりに痛みを感じた。怪鳥の粘液のせいだった。川の流れで身を洗ううちにアルベルトは痛みが引いていったようだったが、体中がひどくただれていて、シルビオが触れてみるとひどく熱もあるようだった。

 アルベルトは次の朝が来る前に死んだ。

 怪鳥の死骸をどうするかは厄介な問題だった。ホセやアロンソはこれをすっかりパブロに譲ってやると言ったが、パブロはこばんだ。パブロは怪鳥を売り飛ばすのに粘液の処理が必要だとは知らなかったのだ。死骸はおそろしいにおいを放っていて、そのままにしておくということはできそうになかった。

 怪鳥が死んだことを聞きつけて、東の村からサントスという男がやって来た。サントスは自分なら怪鳥の粘液を処理して死骸を解体できると言った。サントスが提示した額は法外だったが、しかたがないので分担して払った。ロベルタはこんなことになるのならはじめから東の村の連中を雇えばよかったと言って、シルビオの提案に難色を示した男たちをはげしく非難した。

 サントスは手際よくはたらいた。怪鳥の脚や翼や嘴はシルビオが町で売りさばいた。大変な額で売れたから、サントスに報酬を支払ってもまだ残った。それでその金をどう分配するかという話になった。

 パブロとアロンソはホセの取り分にしようと言った。ふたりはホセをまじかで見ていたからだ。

 シルビオはアルベルトの葬儀に使おうと言った。アルベルトは彼をかばったからだ。

 ロベルタはシルビオの取り分にしようと言った。町で売り払ってきたのはシルビオだからだ。

 話がまとまらないでいるうちに、東村からサントスがまた来た。いい考えがあるとサントスが言った。彼は怪鳥の粘液を詰めた瓶をもっていた。

 アルベルトの墓は村の外れにあって、しばらくのあいだ村人の誰も近づかないでいた。もし近づいて、金の使い方に考えがあると思われたくはなかったからだ。アルベルトのために金を使う気でいたシルビオも、ほかの村人を刺激したくないからやはり近づかないでいた。

 さて、サントスは村のひとびとをアルベルトの墓の前に集め、怪鳥の粘液を一滴だけ地面に垂らしてみせた。強烈なにおいがした。するとまたたく間に地面が盛り上がり、赤ん坊の頭ほどの大きさがある卵があらわれた。怪鳥の卵にちがいなかった。サントスが卵を割った。青黒い色の中身がどろりと垂れた。人が寄り付かないところにこの粘液を垂らすと怪鳥の卵ができるとサントスは言った。それから、金を払ってくれれば怪鳥を解体する方法を教えるし、この粘液も譲ると言った。

 サントスの提案の真意に真っ先に気づいたのはロベルタだった。ロベルタはほかの村人の意見を聞かないうちにサントスの提案に乗ることに決めていた。つぎにサントスの真意に気づいたのはシルビオだった。シルビオはいかりにふるえた。アルベルトを死なせたからだ。それからパブロが気づいて、頭をかかえた。パブロは自分には金儲けの才能がないことを痛感した。そのあとにホセが気づいた。自分も息子たちも満足に食えるようになるのならそれもありかと考えた。最後に気づいたのはアロンソで、フェルナンドのことを心配していた。怪鳥があらわれたときフェルナンドがひどく興奮するのを見ていたからだ。

 多数決で決めることにした。そのことには誰も反対しなかった。というのも、村の誰もが自分の意見こそ多数派だと信じていたからだ。 ロベルタとパブロとホセが賛成し、シルビオとアロンソが反対した。サントスはにこやかな表情で粘液を譲り、村のひとびとに怪鳥のさばきかたを教えた。

 アロンソはフェルナンドを連れて村を去ることにした。シルビオはロベルタがいる以上は村に残らざるをえなかった。そこでシルビオはアロンソにたのみごとをした。シルビオのたのみとは、これからアロンソとフェルナンドが行く先々で西の村を悪く言うことだった。

 こういう出来事があったのはいまから半世紀以上も前の話だ。アロンソという男にはわたしも幼い頃に会ったことがある。フェルナンドは既に連れていなかったが、かわりに猿がいてアロンソの肩に乗ったり腕にしがみついたりしていた。

 西の村があった場所には今では誰も寄り付かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪鳥狩り 時雨薫 @akaiyume2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る