異世界料理研究家、リュウジ短編集⑤〜KAC2022に参加します〜

ふぃふてぃ

グリフォン卵のフレンチトースト

「リュウジさん。パンが値上がりです」

「今月も厳しそうだな」

「福祉ギルドの認可がおりれば、少しは楽に……また落とされてしまいました」

「気にすんな。フィリスが悪い訳じゃないさ。パンが高いなら小麦から作れば良いさ。二級小麦なら、なんとか買えるだろ」


 俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。


「フィリスお姉ちゃん!おウチが大変だよ」


 エミリの慌てた表情。あどけない顔だが、この子は食堂に来る子供の中でも人一倍しっかりとした子だ。掃除や料理を手伝ったり、下の子の面倒を見たりと真面目な女の子。ウソをついているとは思えない。


「わかりました。行きましょう」


 三人は足早に移動する。夕暮れ時の賑わう商業ギルド街。暫くすると鼻につく腐卵臭が漂ってきた。


――まさかとは思ったが……


 壁一面に投げつけられたグリフォンの卵。罵詈雑言の書かれた張り紙。最近では落ち着いていたと思ってはいたが……。


 此処、敗戦国リゼルブルクの貧困は子供だけに及ばない。働いていようと生活に困窮する者達は多い。その怒りの矛先が子供達に向けられる事は今までの経験から少なくはなかった。


「ルティが戻ってきたら掃除をします。エミリ、中は大丈夫?ご飯は匂いの届かない所で食べましょう」


 その日の夕飯はサンドイッチ。暮れゆく空。星を眺めながら食べる。いつもなら食事中に騒ぎ出すルイですら、言葉をあまり発しなかった。煌々と光る星空を眺めては感慨深い表情をしている。


 子供達を見送り壁面を掃除する。ルティの水魔法アクアショットが、ドロリとした異臭の根源を洗い落とす。二時間くらいかけて、やっとの事で匂いが落ち着いた。


「リュウジ。フィリスは?」

「そう言えば、見てないな」

「今回は、けっこう落ち込んでたもんね……私、探して来る。先にお風呂に入ってていいわよ」


 風呂場は家の離れにある。体を入念に洗い(ルティの事だから大丈夫だとは思うが……)なんて考えながら湯船に浸かる。


「はぁ〜」と全身が脱力。すると、カラカラカラと引き戸が開いた。


「ルティか」「ルティなの」


 天に昇る湯気が風に掻き消され、目の前には咄嗟にバスタオルに身を包んむフィリス。驚きの余りに俺は顔まで湯船に沈ませる。


 ゆっくりと顔を上げる。


「わぁ!待て、待って。すぐ出るから」

「ごめんなさい。考え事をしてて……あの、ゆっくりと浸かってて下さい」

「いや、そうは言うても俺は男だし、そういう訳には」


「大丈夫です。メガネ外したので、ほとんど何も見えませんから」


――いや、そういう問題じゃ……


 立ち昇る湯気の中。少女の足取りは重そうだ。剥き出しになった無骨なバブルを捻り、全身に湯水を浴びている。ルティが連れ帰って来た訳じゃ……無さそうだ。


「大丈夫か?」と不安が言葉となって現れる。


 彼女からの返答は「わかりません」と一言だけ。振り向く様子も見せない。


 板張りの壁。天井は吹抜け。深夜。外の喧騒は梅雨と消えていた。普段の三つ編みツインテールは解かれ、長い髪が背中に垂れる。


「グリフォンは10年も経たずに成獣へと成長します。しかし、繁殖期は、その約80年後。約88歳が適齢期だと言われています」


 いつもより小さく見える彼女の後ろ姿。フィリスは俺の返答を待たずして淡々と喋る。


「八十八歳まで生かされ、更に二年。適齢期を過ぎたグリフォンは殺処分されます。無理やり子を作らされ……そして、出来たのが壁に張り付いていた、あの卵です」


 何かを探る様に彼女の手が彷徨う。暫くして薫る石鹸の匂い。そして、バニラのような甘い香りが全てを包み込む。


「リュウジさん」と優しげな声。不意に振り向くフィリスに、ドキリとさせられる。「はい」と俺は背筋を伸ばした。


「壁のお掃除、お疲れ様でした」


 長い髪を頭頂へ。少女はお団子のように結い上げる。頸から細い毛束が飛び出ていた。


「おぉ、別に、なんて事ないさ」


 俺は動揺が隠せない。混浴という異常事態。陶器の様な脚が湯船に滑る。ポチャンという柔らかな音と共に、身を近づけるフィリス。


「あ、あの。フィリス……さん?」


「私が子供達にしている事は正しいのでしょうか?私が子供達に介入する事によって、より住みづらくしている。そう考えることもできなくは、ありません」


 メガネを外していると別人のようだ。普段は気付かないが、睫毛は長く大きな目は丸く可愛らしい。


「そ、そんな事はないさ。喜んでいる子供達だって沢山いる」


「私は……食べさせる。それだけ。それ以上の事は出来ない。あの子達が助けを求めても手を差し伸べる事が出来ない。私は無力です」


 彼女は頬を朱に染めて、目は潤んでいる。


「君は自分の承認欲求を満たしたいだけなのではないか、と、ギルドの審査員に言われた事があります」


 潤んだ瞳からは一筋の涙が伝う。ポタリと落ち、湯船に波紋を作る。変わらぬ現状に憤り、それを自らの責任であると叱責する。


「言わせたい奴には言わせとけば良い」

「でも!」


「フィリス!?いるの」


「ヤバッ。フィリス、俺はヤリたい事はヤレば良いと思うぞ。俺は美味いと言って貰いた一心で料理を作ってる」

「でも、子供達は辛いかもしれない」


「フィリス、辛いの。ねぇ、大丈夫なの?」


「あぁ、もう。これだけは言っておく。明日、俺の作った朝メシだけは食べてくれ。気分が乗らなくても絶対だ。良いな」


「フィリス?開けるよ」

「良い……です」

「いや、バカ。ルティ待て。入るな」


――なんで、俺の声が聞こえないんだよ


(いや、待てよ。此処は異世界だ。文化が違う。混浴なんて日常茶飯事かもしれない。慌ててるのは俺だけだ。そうだ、現に目の前のフィリスは落ち着いているじゃないか)


 カラカラカラと開く扉。青ざめるルティ。


――やっぱり。そう言う反応になるよな


 時すでに遅し。とりあえず「何、驚いてるの」くらいの軽いノリで、笑い飛ばしながらフェードアウトすれば……。


「お、おう。ルティも一緒に入る……か、良い湯加減、だった……ぞ!」

「いやぁ〜。変態!」


 痛快な音が深夜のリゼルブルクに響いた。


          ○


 痛烈なビンタで目は冴え冴え。寝る間を惜しんで仕上げたパン生地は、第二発酵の行程まで終わっている。なんとかルティも落ち着き、誤解を解く事も出来た。


「ごめんね。慌てていたから、フィリスの事しか頭に無くて。リュウジが一緒にいるなんて思わなかったし、だって、その……男と女が、一緒にお風呂に入ってるなんて普通は思わないでしょ」


――まっ、そりゃ、そうだよね


「まだ、ほっぺ痛い?」

「もう大丈夫だから。ル、ルティも手伝ってくれ」

「よし、分かったわ」


 釜戸に蓋をする。薪を左右に散らしオーブンとして使う。焼き上げるのはフランスパン。香ばしい小麦の香りが朝の台所に広がる。


 今日の材料はこんな感じだ。昨夜の一件で手に入れたグリフォンの卵、そして牛乳、砂糖、バニラの香りのする種子油。それらをボウルに入れて混ぜ卵液を作る。


「リュウジ。パンが焼き上がったわよ」


 フランスパンをちょうど良い大きさにカット。卵液が染み込ませていく。フライパンで片面を焼き、ひっくり返して温める。焦げ目があるくらいがちょうどいい。


「キラービーの蜂蜜を垂らして、出来上がりだ。ほら、フィリスも見てないで運んでくれ。みんなで朝メシにしようぜ」


 バツの悪そうなフィリスを無理やり椅子に座らせ食を促す。「いただきます」のお祈りを終えて、とろりと垂れる蜂蜜ごと、パンを口に運ぶ。


「美味しいです。まろやかな甘さのバニラの薫り……優しい。優しい味です」


「俺は、ギルドの事とか、この世界の事とか良く分からないけど……それでも、フィリスはヤリたい事をヤレば良いと思う」


「やりたい事……」


「そう、フィリスのやりたい事。俺は美味しい料理を作りたい。そこには承認欲求なんてモノもあるかもしれないケド、やりたいに変わりない。だから俺は、これからも美味い飯を作ってみんなを笑顔にする」


「アタシだってそうよ。子供が悲しむなんて嫌だもん。だから、フィリスと一緒にいるの。ココに来る子供達だってそうよ。フィリスと一緒にいたいの」


「私と……」


 フィリスは残りのフレンチトーストを大きな口を開けて頬張る。牛乳で流し込みゴクリと喉を鳴らす。


「私もそうです!美味しいご飯をお腹いっぱい食べれる。みんなが笑顔になる世の中を作りたい。誰一人として取り残される事の無い世界を作りたいです」


 勢いよく立ち上がる。その恥ずかしそうに微笑む少女の眼は、未来を見据えているようだった。


「だったら、立ち止まってはいれないな。いっぱい食べて……」


「はい!おかわり。頂きます」

「じゃあ、アタシも」


 どさくさに紛れてルティも皿を掲げる。彼女達の笑顔に「分かったよ」と俺はグリフォンの卵を割った。その時だった。


 卵は眩い光を放ち、中からは一匹のヒナ鳥が飛び出した。可愛らしい鳴き声をばら撒き、朝陽の差し込む窓際を、産まれたばかりだというのに自由自在に滑空する。


 その姿は、まさに歓びの象徴のような姿だった。


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