油絵の住人 🕵️‍♂️

上月くるを

油絵の住人 🕵️‍♂️




 二度見したくなるのは美女かイケメンと相場が決まっている。

 思いこみの誤りに気づいたのは、その油絵を見た瞬間だった。


 太陽に恵まれない北ヨーロッパあたりの僻村へきそんの景であろうか。

 いまにも暮れようとするかいの村にある、ボロボロの板小屋。


 画面全体が救いのない暗さに覆われ、縦横に吹き渡る凶暴な風の声まで聞こえる。

 生命の輝きや生きる希望とは両極に位置する、すべてを否定し尽くすものの叫び。


 ひとたび見たら脳裡に刻印されて、目が釘づけになる。

 怖ごわ振り返ってみずにいられない魔力がそこにある。



      🛖



 ハガキを100枚並べたほどの大きさ、絵の具の無駄と言ってしまいたいような絵。

 なぜ大病院のよりによって脳神経外科の壁をこの暗うつな油絵が占めているのか。

 

 どこのだれがどんな目的で寄贈し、病院はどういうつもりで受け入れたのだろう。

 高層ビルの最上階から一気に地底へ引きずりこまれる、そんな印象の絵を……。


 各文学賞の選評を読むと「文学とはこんなに暗いものだったろうか」しばしば選者の慨嘆に遭遇するが、美術にせよ音楽にせよ、芸術とは生命の糧、慰めだったはず。



      🪵


 

 あれ……? (@_@。気づくと、暗く寒々しい風景のただなかに突っ立っていた。

 乾いた木枯らしが自在に吹きすさんで、ひょろ長いおれの身体をゆさぶっている。


 この烈風を避ける固形物がほしい。

 目の前にうらぶれた小屋があった。


 よろよろたどり着き、扉を開ける。

 錆びついた蝶番ちょうつがいがギーッと鳴る。


 自分で開けておいて不気味さに飛び上がったが、強風に押され、一歩、踏みこむ。

 なにも見えなかったが、目が慣れるにつれ、荒れ果てた事物がかたちをあらわす。


 すりきれ、毛羽立ち、孔だらけのカーペット(むしろと呼ぶべきか)が敷いてある。

 窓らしき場所にも筵の一部がかけられ、農具のようなものが乱雑に置かれている。



      🔐



 ひとつずつたしかめていったおれは、「ヒェーッ!!」すさまじい絶叫をあげた。

 生き物だ! 動物? いや、長いひげがぼうぼうだが、一応、人間ではあるらしい。


 仙人? むかし本で読んだことがあるが、そういうたぐいの世捨てびとだろうか。

 古い暖炉らしきものに小枝をくべていた仙人は、おれを振り向き、にやりと笑う。


 こえ~っ! おれは勇気をふりしぼって訊いてみる。

「えっとお、すみませんが、ここはどこでしょうか?」


 仙人は白い髭に覆われた顔の、口のあたりを割る。

「どこって、ユーラシアだよ。われらが大陸だあな」


 はあ? ユ、ユーラシア大陸?! ($?・・)/~~~ 

 社会で習ったことはあるが、なぜそんなところに?


「おまえさんで何人目かな、こうしてワープして来たのは……。絵、見たんだろ?」

「あ、はい」なぜ病院の絵を知っているのだろう……だが、とりあえず答えておく。


「あの絵に宿っておる妖術がな、ごく一部の人間だけに化学反応を起こすのじゃよ」

 え、じゃあ、おれもごく一部の? ある意味、選ばれたってことだったりする?


「そうじゃ、見方によっては選ばれたということになる、幸不幸は別にしてじゃが」

 やっぱり、おれの考えていることが分かるらしい、さすがは脳神経外科だ。(笑)


「ようこそ、わがユーラシア大陸へ。魔王さまともども、よろこんで歓迎するよ」

 魔王って、なに? たしかシューベルトにそんなような楽曲があったけど……。


「未知の客人に、まず北半球の過半を占める、この広大な大陸のことから話そうか」

 とくべつ興味はないけど(笑)ことわるのもアレなので、素直にうなずいておく。



      🦖



 気をよくした仙人は太古からのユーラシア大陸の歴史を話し始めたが、奇怪に入り組んだプロセスのうちでも、とりわけ熱弁をふるったのは、独ソ戦争のことだった。


 第二次世界大戦下におけるナチスドイツとソビエト連邦の戦争は、地つづきゆえに侵攻や侵略が当たり前になっている風土にあっても、とりわけ熾烈な戦いになった。


 そのときの禍根が、70余年を経た現在もなお地下水脈として受け継がれており、戦後、ソビエト連邦が解体したあとも、陰に陽に同族民族間の紛争が頻発している。


 とつぜん始まったかに見える今回のロシアによるウクライナ侵攻も、無関係な国の目には意味不明に映っても、実際は当事者しか認識していないプロセスがあるのだ。



      🦌



 ときに笑いときに慟哭どうこくし、仙人の語りは恐ろしいほど熱を帯びてゆき、島国日本生まれのおれには欠片もない愛国心? それが蜘蛛の糸のようにからみついて来る。


 暖炉にあたためられ身体中がゆるんで来たおれは、思わず、あくびをかみころす。

 で、このおれにそんなことを熱心に説いて、なにをさせようという魂胆っすか?


 そんなおれの内心を見て取った仙人は、判決でも申し渡すように、冷然と命じた。

「ゆえに、おまえには、ウクライナ軍の外国人部隊に参加してもらわねばならない」


 はあ? ゆえにって、その接続詞、間違っていやしませんか? 

 なぜ日本人のおれが、見も知らぬウクライナの戦争に行くの?


 ユーラシア大陸なるものにはなんの関係もない、遠くはなれた島国に生まれ育ち、そこで平和に暮らしていた少年が、なにゆえに外国の軍隊で戦わねばならないのだ。



      🐜



「それじゃ! この地球から戦争が絶えない理由は、まさにそのエゴイズムにある」

 おれの逃げ腰を素早く見て取った仙人は、あからさまな上から目線で勝ち誇る。


「さっきも言ったとおり、おまえは選ばれた人間なのだ、もう引き返せないのだよ」

 そう言いながら、意外にムキムキの(笑)腕を伸ばして、おれの手首をつかんだ。



 ――ぎゃあっ、いやだよ~!!

   戦争になんか行きたくない。

   だ、だれか、助けて~!!



 大声で泣き叫び抗っても、仙人の腕力はびくともしない。

 いまさらだけど、やっておけばよかったな、筋トレ。💦



      🦗



 とそのとき、ひときわ激しい風が吹いて来て、閉まっていた扉がパカンと開いた。

 仙人の目が泳いだ、ほんの一瞬のすきに、おれは猛ダッシュで小屋を飛び出した。



 ――お~い、お~い、もどって来てくれよう。

   このとおり、頼むからもどって来て……。

   でないと、わしが魔王さまに、ころ……。


 

 おれを呼びもどそうとする仙人の声は小さくなり、しまいには聞こえなくなった。

 かたや、おれのひょろ長い身体は風の渦に巻きこまれ、宇宙の高みへ飛んで行く。



       🦉



 うすぼんやり目を開けると、まわりの老若男女がみんなでおれを取り囲んでいた。

 心配そうに、気味わるそうに、いっせいに、むっつりと押し黙っている。(@_@。


 175センチ、50キロのひょろ長いおれの身体は、コロナワクチンの待合コーナーのパイプ椅子に危うく引っかかっているようだが……姿勢の立て直し方が分からない。


 たぶんだけど、無駄に長い脚をだら~んと伸ばし、行儀わるくしているのだろう。

 ちがうんです、ほんとは礼儀正しい子で……そう言いたいけど言葉が出て来ない。



       🤡



 パカ~ン、問診室のドアが内側から開けられた。

 医師らしき白衣がこっちを向いてすわっている。


 ピンクのナース服がはちきれそうな看護師が、しきりに患者の名前を呼んでいる。

 さっきから何度呼ばせるのという感じで、じゃっかん、イラついている。(笑)


 なぜだか知らんけど、待っている人たちが、またおれを見ているような気がする。

 みんないい大人だろう? そんなにぶしつけにジロジロ見んなよ、初心な少年を。


 

 ――番号札6番の森川さ~ん。

   いらっしゃいませんか~。



 モリカワ? だれだったっけ? どこかで聞いたような名前だが、思い出せない。

 少なくとも、さっきまで太陽の射さない北国の板小屋にいたおれではないだろう。



 ――甲種合格6番、フミヤ・モリカワ。

   回れ右、一歩前へ、軍医殿に敬礼!



 だれかが勇ましい声でおれに号令をかけている。

 あれ? おれ、ウクライナ語出来たんだっけ?


 まあ、いいや、なにもかもが面倒になって来た。

 いまは眠くて眠くて、それどころじゃないんだ。


 すうっと眠りに引きこまれる意識の端を、見慣れた、暗い風景がよぎってゆく。

 壁の絵の板小屋に棲む仙人が、枯れ枝のような手で、おいでおいでをしている。



      😨🥶🤢👽



 とそのとき、おれはだれかの手のぬくもりを肩に感じた。

 ん? うすく目を開けてみると、やっぱりあいつだった。


 おれが属するクラスではちょっとした事件がよく起きる。

 そのつど、トッテツケタヨウニ、都合よく登場するのだ。



 ――クロネコ探偵!!😸



 探偵は肉球のような指で、軽く肩に圧をかけながら言う。

「ちょっと、森川くん、なにやってんの? きみの番だよ」


 今度こそはっきり絵の外に出たおれはキマジメに答える。

「あ、わりい、わりい。ちょっと旅に行ってたもんだから」

 


 

 

 


 

 

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油絵の住人 🕵️‍♂️ 上月くるを @kurutan

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