それでも光は消えたまま
ギヨラリョーコ
第1話
「電気とか床とかやり直すより、ここ潰した方が良いって話になったみたいですよ」
秋島は禁煙だった舞台袖で堂々と加熱式たばこの電源を入れた。もう誰も咎めない。
「まあ変な曰くが付いちゃいましたしねえ」
電源ランプの愛想のないちっぽけな白い光が、暗い舞台袖に灯って秋島の顔の輪郭をぼんやり照らした。
俺はそこから目を逸らし、照明の消えた舞台を見ていた。舞台照明まわりの電気系統が馬鹿のせいでやられているので、下手に触ってはいけないと言われている。
客席側の照明で辛うじて袖より明るい舞台の上、サスペンションライトを吊るしていたはずの梁が大きくたわんで折れている。一緒にケーブルが何本かいかれているらしい。
「小森のやつ、チビのくせにどうやってあそこに縄くくったんだよ」
「ハルバルさんがコントで使う脚立を楽屋に置きっぱなしにしてたらしくて、それを」
「ハルバルもう植木屋のコント出来ねえな、あれ俺結構好きだったんだけど」
「僕もです」
間髪入れずに秋島が同調して、俺は思わず笑ってしまった。
もうマスコミの前なんかで神妙な顔をするのにもいい加減うんざりしていたのもあるのだろう。
珍しく取材を受けたと思ったら同期の芸人が劇場で首吊った話なんて、なあ。
「小森みてえなつまんねえ奴が面白い奴の芸人潰してんじゃねえよって話だよな」
秋島が渋い顔をしたので、流石にやりすぎたなと気づいた。
俺は大体いつもそうだ。やりすぎるまでブレーキが効かない。
「留守電入ってたんだよ」
秋島が曖昧に頷いて、ぼわ、と暗幕にタバコの蒸気が揺れる。
「お前つまんねえからコンビ解散するって相方に言われた、芸人辞めるくらいなら死ぬってよ」
5日前の深夜に入っていた電話に気付いたのは、あいつがもう死んだ後だった。またなんか変なこと言ってら、と思って返信もせず、劇場に行ったら警察が来ていた。死体はもう降ろされた後だったらしい。俺は現場にも入れなかった。
控え室に忘れものをした、と嘘をついて支配人に閉鎖中の劇場に入る許可を貰った時、「舞台照明に触るな」と言われたから、きっと支配人はわかっていたのだろう。
小森が死んだ現場に俺たちが行くことを。
「俺がコンビ組むから、とか言わなかったんですか?」
「お前と解散してまであいつと組むわけねえだろ、お前の方が面白い」
はは、と秋島がからりと笑う。ここで謙遜しない胆力が、いいと思う。
「お前芸人やめて普通の仕事しろって何回も言ったんだって、俺。あいつ変なことしたがるのに変なだけで全然面白くねえんだよ。なんだよ漫才に椅子持ってきてさ、そんでずっとスベってるしよ」
「それ全部本人に言ってるとこ見たことあります」
「あいつ、つまんねえし間も悪いし全然お笑い向いてなさそうだったけど」
それを全部小森に言った日のことを俺は覚えていない。似たようなことがありすぎて、何度も言いすぎて、具体的な記憶がない。
「でもツレだしよ、最悪面白くなんてなくていいから、生きててほしかったよ」
そうですね、と秋島が言って蒸気がまた揺らめく。
タバコの電源が切られて、帰りますよと言われているようだった。
最後にもう一度、舞台の上を見る。
今にも照明の点きそうな、今にも袖から誰か出てきそうな薄暗い舞台。
「追悼ライブっつってさあ、天井から人形吊るしてその横でフツーに俺らが漫才してたらウケっかな」
「ウケるウケないの話じゃなくなりますよ。あと死ぬほど叩かれそう」
「だよなあ」
死ぬほど売れたら生放送でやってやろうかな、と一瞬だけ考えて、死んだ後まであいつのことスベらすくらいならそれこそ死んだ方がマシだと思い直した。
それでも光は消えたまま ギヨラリョーコ @sengoku00dr
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます