幽霊さん

虫十無

幽霊さんのこと

 我が家には幽霊がいる。とあるテレビ番組を見たいというしょうもないことが未練となっているらしい。しょうもない理由だから本人もしょうもない感じがするので我が家ではなんとなくいてもいいかなあということになっている。我が家はこの幽霊の縄張りとして認識されてるらしくほかの悪いものが近寄ってこないのもその一因だ。

 幽霊は毎週その番組を見ている。幽霊にはテレビをつけられないから我が家ではとりあえず幽霊のためにつけてあげて、その上で暇だったら一緒に見るという習慣になっている。お笑い芸人がわちゃわちゃしてるような番組で、面白いけれどもこちらにとどまるほどの未練になるものだろうかとは思う。

 一度そのことを聞いてみたことがあるけど、「未練になるに決まってるでしょ」と一言しか帰ってこなかった。もしかしたら幽霊自身にもよくわかってないのかもしれない。もしかしたら忘れてしまったのかもしれない。それはとても悲しいことだと思う。人に伝えられず、忘れてしまうこと。好きなことの好きな理由が言えないこと。

 でも少し面白いと思う。あの番組の明るさは幽霊という概念には似合わないから。笑いというものは悪いものを吹き飛ばすものだと教えてくれたのも幽霊だった。自分がいることも一因だけれど、あの番組を見てのみんなの笑いが悪いものを寄せ付けないのだと。そう言ってどこかの祭りの名前を教えてくれた。その祭りの名前はもう覚えてないけれど、映像で見たその祭りは笑い声が印象的だったことを覚えている。



 その日、家に帰ると幽霊がお父さんの近くで叫んでいた。その表情を見るに何か悲しいことがあるみたいだ。

「どうしたの」

 そう聞くとお父さんはスマホの画面をこちらに向けてきた。そこにはあのテレビ番組が終了すると書かれていて、それで幽霊は悲しんでいるんだと分かった。

 そうして幽霊のことをよくよく見ると端から色が変わっている。頭の方は黒く、足の方は色が薄くなっていく。黒い方は嫌な感じがして、薄くなる方は怖い感じがした。

 薄くなっている、つまり消えようとしているのだろうか。じゃあ、黒い方は?

「幽霊さん、待って」

 幽霊がこちらを向く。

「消えることがいいこととは思わないけど、悪いことでもないと思う。けれどその頭の方の黒いのは良くないものだと思う。そのまま消えたら良くないものだと思う。だから待って」

 幽霊は困ったような顔をする。けれど頭の黒くなっていく方は止まった。それでも足の薄くなっていく方は止まらない、いや早くなっていく。

 幽霊は僕の顔を見て少し困ったような、それでいて優しい表情をした。そうしてそのままスッと消えてしまった。

 僕は涙が落ちていくのを感じながら幽霊のいたところを見ていた。


 さみしい。だって僕の知る限りずっと幽霊は我が家にいたから。一度ゆっくり瞬きをする。そうして僕はどこかの祭りの儀式みたいに大きな声で笑った。

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