顛末:終着駅のそのさきへ



 ――日頃の疲れが顔を覗かせたのか、いつの間にかうたた寝をしてしまっていたようで、青年は目をしばたかせた。


「ん、あ…………」


 こする際に間抜けな声が漏れ出ても、気に留める者は誰もいない。

 第一、揺れる電車内の走行音は、多少の会話もかき消してしまう。そのうえ窓からはあたたかな西日が差し込み、ぽかぽかと心地がいい。揺れる車内が睡魔を招き寄せるのは、当然と言えた。現にサラリーマンや老夫婦など、舟を漕ぐ人がちらほらと見て取れる。


 しかしながら、こんな短時間に寝落ちしてしまっていたのは、少々気恥ずかしかった。誰に責められるわけでもなく、折角の楽しみにしていた休日ゆえの後ろめたさが、首筋をチクリと刺した。


 今日は待ちに待った、大好きなゲームの移植作……その発売日なのだ。

 予約購入特典も吟味した結果、いつもは利用しない、少し離れた家電量販店へと赴くことになったのだが、三大欲求とはよくぞまあ言ったものだなぁと、眠気を晴らすべくあくびをする。


「『Re:turnerリターナー -fantasiaファンタジア gardenガーデン-』――どんなふうになってるんだろう」


 なんでも前情報によれば、没ルートのリファイン版が追加されているらしい。

 主人公の友人でありながら敵対し、どう物語が転がろうが破滅へと至る、救いようのない噛ませ犬だった加地月彦……彼が改心し、途中から共闘するのだという。


 元々、友情が転じて嫉妬に変わったような登場人物キャラクターだったため、良い方へと向かった可能性は想像にかたくなかった。そういった展開になること自体に不自然さはない……のだが『Re:turnerリターナー -fantasiaファンタジア gardenガーデン-』は、あくまで美少女ゲームだ。


 既存の不人気キャラにテコ入れするよりも、新しい美少女キャラを追加するのが定石ではないだろうか?


 製作陣スタッフにどんな心境の変化が生じたのかは、余人には与り知らぬことだ。

 そもそも、片方の分岐ルートでは攻略しなかったヒロインが犠牲になるような物語ストーリーを書いている諸悪の根源シナリオライターの気持ちなど、分からなくて当然かもしれない。


「まあ、でも」


 純粋に楽しみだった。

 未知が待ち受ける世界というのは、それだけで心が躍る。だらしなく綻びそうになる頬を、あくびでごまかす。


『次は、園咲そのさき――園咲そのさき――』

「あ、」


 ローテンションな車内アナウンスで、目的地への到着を知る。

 青年は早々に腰を浮かせ、電車がプラットホームへ滑り込むのと同時に席を立った。

 スキップするような軽やかさで、日の当たる方へと下車する。



 ――物語ゲームが終わっても、世界リアルは終わらない。

 その先、筋書きシナリオのない人生ドラマへと、名も知らぬ青年は進んでいった。



【True End.】







――――――――


 以上を持ちまして、『異月転生奇譚』は完結となります。


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 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。


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【完結】異月転生奇譚 羅田 灯油 @rata_touille

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