スライム、コーヒーゼリーを食べる。

水定ゆう

スライム×コーヒーゼリー

 この店はいつも大変にぎわっている。

 営業時間は水曜日と日曜日以外の17時から22まで。たった5時間の営業だけど、月の売り上げは銀座の一等地と変わらない。何でかって?そりゃ決まっている。

 ここは異世界で営業するレストランだからだ。


「あっ、オーナーさん。もう開店時間ですよ」

「ごめんごめん」


 俺はホール担当のウエイトレスの子に軽く平謝りをした。

 俺には現代と異世界を行き来する能力を備わっている。そのため、こうして夕方から深夜にかけては異世界に足を運び、こっちで開業した店の調子を見に来るのが日課になっている。


「それで今日の調子は……良さそうだね」

「はい!今日も、お店は大繁盛だいはんじょうです」


 猫耳ウエイトレスの、ミィヤはキラッキラの笑顔を見せてくれた。眩しい、眩しすぎる。太陽のように、輝いている。


「あっ、リョウマ」

「キィーラ。下準備は終わってる?」

「もちろんよ。やったのはブレットだけど」


 ヴァンパイア族のキィーラは厨房から顔を出す。

 うちの料理長の1人で、時にはホールも務めてくれる最高の人材だ。


「マントスはいないの?」

「ここにいますぜ、リョウマの旦那」


 背後からズシンズシンと荒い音を立てて現れたのは、食材の管理を任している力自慢、ゴーレム族のマントスだ。


「今、食料庫しょくりょうこから足りない食材を出してきたところだ」

「ってことは、カミラもいるんだね」


 カミラは食料庫をいつも管理と監視をしてくれている、コキュートスの女の子だ。

 他にも厨房にはサラマンダーのブレットや、魚人族ぎょじんぞくのウオマル、ホールでは女の子が2人、エルフ族のシュミッタと、狼族のウルフが頑張ってくれていた。


 店内は人や獣人、果てはモンスターとてんてこ舞いだ。

 こりゃ俺も仕事に入らないとな、と思いながら腕まくりをしていると、カラカランと店のドアが開く音がした。


「俺が出て来るよ」

「あっ、オーナー!」


 止めようとする皆んなを張り切って、俺は注文を取りに行く。

 すると席に座ったのは青くてプルプルしたものだった。


(スライム?)


 それは誰が何と言おうと、スライムだった。

 冒険者の最初の敵、超人気RPGの教科書的存在。さらには、最弱モンスターとしてその名を全世界にとどろかせる、あのスライムさんじゃないですか。

 これは丁寧な応対応が必要だ。


「いらっしゃいませお客様。こちらメニュー表にございます。ご注文がお決まりになりましたら、お手元のベルをお鳴らしください」

「うーん、コーヒーゼリーってある?」

「コーヒーゼリーにございますか?はい、当店ではコーヒーゼリーの取り扱いは行なっておりますよ」

「じゃあそれで」


 まさかのコーヒーゼリーをオーダーされてしまった。

 確かにうちはコーヒーを取り扱ってるから、コーヒーゼリーもあるけれど、まさかスライムさんが、あのゼリー代表のスライムさんが頼むなんて、と思うと流石に驚きが先行する。


「かしこまりました。少々、お待ちくださいませ」


 俺はしっかりと注文を注文用紙に記入すると、すぐさまそれをキィーラに手渡す。

 すると流石のキィーラでも驚いたのか、目を丸くする。


「スライムが、コーヒーゼリーを?」

「そうなんだ。と言うわけで、手早くね」

「わかりました」


 キィーラはそう言うと、急いで厨房に戻った。

 それから俺はそれぞれの仕事を全うしてもらうと共に、オーダーを取ったり、厨房で調理をした。

 そうこうしているうちにキィーラは俺に知らせに来た。


「できたわよ」

「おっ。早いね」

「当然よ」


 確かにキィーラは凄い。だけどちょっとナルシストと言うか、自信過剰じしんかじょうなところがある。そこが彼女の良いところで、たまに傷だった。


「オーナー、私が持って行きますよ」

「いやいいよ。それより、他のお客様の注文取りに行って」

「わかりました!」


 ミィヤはハキハキと頷く。

 さてと、俺も持って行きますか。


「お待たせしましたお客様、こちらが『ブラック・アイデンティティ〜甘い白の誘惑ゆうわくちて』になります。注文は以上でしょうか?お客様?」


 スライムは何も言わずに固まっていた。

 まるで片栗粉かたくりこの海に飛び込んだみたいに、ジーッとしている。しかしスライムはコーヒーゼリーの入ったカップに乗っかって、気づいた時には一瞬でコーヒーゼリーはなくなっていた。


(早っ!)


 いや、めちゃめちゃいい食いっぷりなんだけどね。こっちも安心したよ。


「うむ……」

「お客様、いかがなさいましたか?」


 急に「うむ……」とか言われたら、心配なるよ。

 俺は喉の奥を嫌な唾液だえきが流れた。


「とっても美味しいよ。特にこのコーヒー、苦味や酸味が極端に少なくて、ミルクとの相性あいしょう抜群ばつぐんだね」

「ありがとうございます」

「ちなみになんのコーヒー豆とミルクを使っているのかな?」

「はい、コーヒーはブラック・ビート。それからミルクはキャラメルバイコンのミルクですね」


 ブラック・ビートは苦味や酸味が少なくて、子供でも飲めるコーヒー豆だ。

 それからキャラメルバイコンのミルクには、キャラメルのような芳醇ほうじゅんで、繊細せんさいな甘みと、濃厚のうこうさがポイントだ。


 この2つが出会ったらどうなるのか?

 そんなの口の中いっぱいに、繊細で濃厚な甘みが、海のように広がるのだ。

 それがこのコーヒーゼリーの味わい。キィーラ考案のレシピだ。


「あー美味しい。僕までコーヒーゼリーになってしまいそうだよ」

「そうですね」


 俺はにこやかに答えた。

 スライムは青色からコーヒー色に染まっていた。よかったですね、本当にコーヒーゼリーになれてと、流石に口には出せなかったけど、俺は心の中では笑顔だった


「また来るよ、これお代」

「はい、気をつけてお帰りください。またのご来店、お待ちしております」


 ペコリと頭を下げ、会計を済ませる。

 お店から出ていくスライムは、ポヨンポヨンと跳ねながら、まるでボールのようだった。

 だけど、入ってきた時と違うのは、本当に食べたくなる見た目だった。

 そんな感情が、とめどなく心の奥底から溢れていました。きっと、あの姿を見た他の人達も同じことを思うだろうね。

 

 

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スライム、コーヒーゼリーを食べる。 水定ゆう @mizusadayou

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