第3話 お礼に、ご馳走を

 採掘者のナノマシンで回復したロボットは、自らをゼスレピアス、愛称はゼスと名乗った。普段、話しかけても必要な要件しか返答しない採掘者は、珍しくヒアに自分から話しかけてきた。「このロボット、ゼスレピアスとは意思疎通をしたが、無害で友好的と判断した。ヒアの情報は伝えてある。修理に対する感謝を表明したいとのことだ」

 その後は採掘者と比べると相当話好きなゼスが代わって自己紹介を始めた。客船の船員だったというが、客船、船と言ったものはヒアは学習機械の画面でも見たことがなかった。後にゼスの検索操作で初めて存在を知ることになったが、たしかに、ヒア自身達がどこからきたのか考えてみると、何かこういったもので島に来たはずである。先達の老人ピアエが生きていた時にそのことを聞いても、「そうだなぁ」とはぐらかされることが多かった。彼にも分からなかったのかもしれない。

 ゼスは採掘場の外に出て一通り周囲を観察すると、ゼスを採掘場の中に持ち込む前にヒアの朝食となっていた、排熱潟の魚を焼いたものの残りに頭を向けた。ピアエが残した長い紐型の電磁罠を使って採れるこの魚は、薄黒い鱗を持って扁平で、口が少し尖って飛び出している。


「これはあなたの食事でしょうか。採掘者から共有頂いた記録によると、あなたはほぼコンポーザーが作る基本食しか召し上がっていないものと思っていました」

「いつもは食べない」

「今日はまたどうして」

「朝、今日は久しぶりに採掘場の修理の仕事があったんだ。だから、久しぶりの事をしようと思ったのかな」

「魚に塩は振らないので?」

「塩って何?」

「なんと…!コンポーザー基本食と、ただ焼いただけの魚…、そんな味気ないものばかり食べていて、大丈夫ですか…?」

「大丈夫って、何が?」

ゼスは頭部を右向きにすばやく一回転させて見せた。何かのジェスチャーらしいが、ヒアには伝わらない。

「わかりました、食事らしい食事を私が作ってさしあげましょう」

「うん、でも僕はまたコンポーザー食を食べるから」

「いいえ、これこそが私のお礼の気持です。ぜひ召し上がって頂ければと」

「そう…でも…」

「それでは、何が使えそうか周囲を確認して参ります。ではまた後ほどお昼に。」

するとゼスの細い足は前後にさっと開き、四足の蜘蛛の様になると、困惑しているヒアの周りをぐるりと一周し、頭も一周させてから、島の中心の森の方へと走り去っていった。


 森の入り口の茂みから音がしていたかと思えば、いつのまにかゼスは南側の丘の上にいて丈の高い草を刈っている様だった。何をするのだろう。間違えてピアエの墓石を倒したりしないだろうかと、ヒアは少し不安になった。

 正午が近づき、ゼスは丘を降りて近づいてきた。どこで見つけたのか頭の上に籠を乗せていて、そこには森で摘んできたらしい草が様々に入っていた。


「自分が作るものですので謙遜しなくてはですが、ご馳走、というのは走り回って用意することからとも言われています」

「よくわからないけど、本当に無理はしなくていいよ」

「もう少々お待ちを。それから魚を捕る用の電磁罠をお借りしますね」


 ヒアは普段は住まい小屋の中で食事をとっていたが、ゼスはせっかくなのでと言って机と椅子を小屋から軽々と出して木陰に置いた。胴体はヒアの半分くらいの大きさだが、その手足の力はヒアより圧倒的に強いようだった。

 どこから探してきたのか半球型の薄い金属の容器が、住まい小屋の裏手のかまどにおいてあった。石を並べただけで金網がおいてあったかまどは、ヒアがごくたまに魚を焼く時に使うものだ。そして、いつの間にかその隣にも二つ目のかまどができていた。そちらも火が焚かれて円柱形の金属の入れ物が置かれており、湯気が立っていた。


「これはウォクとか鍋とかいうものです」

物珍しそうなヒアの顔を見て、ゼスは名前を知らないと判断したらしい。

「包丁はわたしの手の細工用レーザーが使えますが、こうしたものや食器を用意するのは希少な経験でした」

いつの間にか、外に出した机の上にはヒアの知らない食器や、どこからか摘んできた草が並んでいる。ヒアが持っている普通の皿では何か不便だったのだろうか。


「それでは調理に入ります!」

ゼスは両手を挙げて、少し高い調子で言った。半球の鍋には熱い油が張ってあり、表面に切れ目の入った小ぶりの魚が1匹投じられると、シュウシュウと音がして湯気を出しながら尾が反り、ヒレが張っていく。すかさずそこに刻んだ草の根のようなものを入れて魚に絡めていく。隣の鍋にはすでに色々な植物や小魚が入っている様で、薄茶色の汁をゼスが混ぜ返している。混ぜているのは棒かと思ったが、先の方に小さな半球がついていて、鍋の水分を掬える様になっていた。そこに細長い紐の塊のようなものをいれると、少し混ぜてから、ゼスは左手に持った細長い2本の棒で紐を絡め取り、一度にすべて半球が付いている方の棒で取り出すと、机の上の鉢に入れた。人間の手にはできない動きだとヒアは思った。ゼスは続けて左手の細い棒で油の鍋から魚を取り出し、紐の上に乗せ、その上から半球の棒で鍋の薄茶色の水分をかけまわした。そして机の上にあった他の草を数種類、軽くちぎって乗せ、最後に黒く細長い実をいくつか、細い指で粉々にしてたっぷりとふりかけると、鉢をヒアの前に置いた。


「できました。『ヒハツの実る島の、揚げ魚入り酸味スープの麺』です。麺はコンポーザー基本食の粘度を上げてもらったものを、穴の空いた筒で押し出したものです。あなたは今まで魚を焼いて身だけ食べていましたが、魚は骨や頭から滋味あるスープを取ることができます。あ、こちらのフォークとスプーンをお使い下さい。さぁ、どうぞ召し上がれ」


ヒアは見たこともない食べ物に目を見張った。ついゼスの方を見ると、ゼスの頭の表示モニタが強く明滅した。めまいがしそうだった。


「やめてよ」

「―すみません。気合を入れて作りましたので、つい。興奮しました」


再び鉢に目をやる。水分の中に入っている"麺"は毎食のコンポーザー基本食だというが、細長くてまるで違うものにしか見えない。焼いただけの魚と違って琥珀色になった魚は表面の鱗が白く逆立っている。草むらで目にしたことのあるような、無いような草が何種類か上に乗せられているが、食べられるのだろうか。そして、草とは違う、嗅いだことの無い刺激的な香りが鼻をくすぐる。最後にゼスがふりかけた黒い実からの香りだろうか。不思議と、ヒアは口の中に唾液が湧いてくるのを感じていた。


「安全確保の為、人体に有害かどうかをカメラの光学スペクトラムからある程度調べる機能は利用できます。もっとも、近隣にこれといって有害なものはありませんでしたが。スープの食材はこちらです。このマメ科の植物の実と小魚、香草類の根です」


ゼスは机の上に残った食材を順に指差しながら説明した。


「それは「酸っぱい実」だよ。僕がもっと小さいときにピアエにいたずらで少し食べさせられてびっくりしたのを覚えている」

「これは種皮の部分がクエン酸を多く含む植物ですね」

ヒアはおそるおそる、スプーンを取って一口すすめた。微かに覚えている酸味と、魚の旨味がじわりと口の中に広がっていき、刺激的な香りが追いかけてくる。

「魚は揚がった皮やヒレは食べられますが、大きな骨は残して下さいね」

ゼスは続けた。

「この、魚を"揚げる"というのに使った油は?」

「草原の丈の高い草の実を潰して作っています。魚からも油は採れますが、別の油を 使ったほうが風味が良いと判断しました。同じ種類の魚でも、焼くのと揚げるのとでは違った個性が出ます」

「それで草の丘にいたのか。確かに、同じ魚とは思えないや」

「時間単位では、この油作りにもっとも時間を割いています」

ゼスは誇らしげに語った。

「私の記録にある限りでは、似たような構成のものが、かつての東南アジアでは食されていたそうです。材料が違いますし、何より私には味覚が無いので比較ができませんが」

聞きながら、ヒアはこの麺を食べ進めている自分の動きが少しずつ早くなっていることに気づいた。

「私も料理ライセンスがあればもっと多様なことができるのですが。更には音楽もかけたいのですが、どちらも現在はアクセスがありません」

ゼスは首を前方に少し傾けてみせた。それが申し訳無さそうなジェスチャーだということは理解できた。言ったことの意味はよくわからなかったが、そんなことより初めて口の中に満ちる香りと味、食感の刺激でヒアは今までになったことのない、満ち足りた気持ちになっていくのを感じながら、あっという間に食べきった。


「ありがとう、ゼス」

「こういうときは、ごちそうさま、美味しかった、と言って頂けるとうれしいです」

「おいしい、か。意味は知ってるけど人が言うのは初めて聞いた言葉のような気がする。おいしかったよ」

「光栄です。…告げずにいて申し訳ないのですが、あなたには今まで暗示がかかっていました」

「えっ」

「あなたがまだ幼く、先達のピアエさんが老いてきた頃、採掘者AIによってあなたにはコンポーザーの表示画面によって『未知の食品を可能な限り口に入れない』という暗示がかけられました。これは、採掘者が周囲の情報を把握することに限界があったこと、あなたがこの島に一人でいるという状況を考慮すると、安全上必要な配慮です。しかしこの先、採掘場が電源を喪失した場合、コンポーザーも使えなくなります。これは最終的にはあなたの身体に危機が及ぶと判断し、採掘者と協議の結果、あなたの暗示を外すことにしました。暗示に影響するので、食べ終わるまで伝えることができませんでした。申し訳ありません」

「それが食べる前の君の表示のチカチカで、それで、僕は今まで食べたことの無いものが食べれるようになったのか…」

「あなたの身体の成長によるものもあります。味覚は変化しますので。あなたの実年齢は10歳前後と推察されますが、肉体は自然成長した場合の14歳前後に相当しています。コンポーザーによって強化された栄養の影響だと思われます」

「なんにせよ、初めての気持ちだよ。僕はこの不思議な香りが好きだと思う。ありがとう」

「どういたしまして。光栄です」


ヒアは満腹で空を仰ぎ見た。初めての心地だった。


「ヒア、世界は、あなたが普段識別できている以上のものに満ちています。あなたが不思議と言ったその香りは、ヒハツという植物の仲間と思われる実から出ています。他の野草も、今まではただの草にしか見えていなかったかと思いますが、この付近に自生していたものです。少し前まで、この島でも誰かによって野菜として栽培されていたものが、半野生化していたとみて間違いないでしょう」


ヒアは真面目な顔をして、机の上に残った野草の類を差し示すゼスの方を見た。ピアエの前にも誰かがこの島にいたのか。


「贅沢を言えば、胡椒や唐辛子といった食材を見つけたかったのですが。この二つは言語によってはまさにヒハツが語源として世界に広まっていました。こういった食物の伝播は人類の航海の発展と共にあり、世界中で文化を交差させるようになった歴史があったのです」


珍しく霧が晴れてきて、陽光が木々の間から差してきた。空になった鉢の底に残った油に、光がさざめくように反射している。


「ヒア、島を出て他の人類を探索しなくてはいけません」

「どうやって?」

「船を作りましょう。航海をします」


ゼスの頭部の表示モニターは、普段の表示よりも力強く発光しているように見えた。


第三話 完

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ヒハツの実る島をあとに @nishiago

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