兄弟

lager

88歳

 渋谷駅には一度も行ったことがない。


 東京在住の俺がそんな話をすると、そりゃ珍しいとか、そういうこともあるだろとか、色々反応は分かれるが、その理由を説明すると大抵失笑が帰ってくる。


 会いたくないやつがいるんだ。

 会いたくなくて、顔も見たくなくて、名前も見たくなくて、俺はずっとそいつを避けてた。


 だけど、今日。

 どうにかこうにか、88度目の誕生日を迎えた今日。俺はようやくそいつに会いにいくことにした。


 空は薄曇り。風はあるが、温く心地よい。

 このクソッタレなマスクがなきゃもっと快適なんだが、こればかりは仕方ないさ。


 えっちらおっちら歩いて辿り着いたその場所に、そいつはいた。

 なんだ、思ったよりマヌケな面構えじゃないか。


 なあ、おい。

 お前は俺を知らねえだろうが、俺はずっとお前が嫌いだった。

 お前が建てられた日に産まれたから、なんて理由でつけられた名前のせいで妙なあだ名をつけられて、俺はずっと犬ころ扱いだった。


 けど、なあ。

 88年も生きてりゃよ。色々あったよ。


 お前はどうだった。え?

 こんな場所で銅像にされて、年がら年中待合せに使われて、それを88年だもんなあ。


 長かったよな。

 色々あったよな。


 けどよう。

 まだこれからだぜ。

 酒は飲みたい。葉巻は吸いたい。キレイなお姉チャンの尻は撫で回したい。


 去年曾孫が出来たんだ。

 なあ。

 まだまだこれからだろう。

 お互いによ。


 じゃあ、もうそろそろ帰るぜ。

 次は白寿のときにでも来るさ。


 あばよ、兄弟。

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