宇宙的料理のすすめ

小川ひたき

カフェ・セラエノ編

 セラエノ図書館。

 それは宇宙が誇りし知の殿堂。

 99.9%の宇宙的恐怖と0.1%の対抗策が詰められたパンドラの箱。

 ……具体的に説明すれば、セラエノ図書館はプレアデス星団のうちの一つ、セラエノに存在する図書館のことである。

 その大半が未知の言語で書かれた書物や石板で構成されており、解読は困難を極めるだろう。私もいくつかの言語で法則性を見つけたっきりで、解読できたものは残念ながら存在しない。

 しかし安心してほしい。勇気と知識ある先人たちの覚書が多数収蔵されているため、聡明なる読者諸君であれば必ずや目的を達するための叡智を得ることが出来るだろう。

 宇宙を旅する人、宇宙的恐怖に立ち向かう人、その他うっかり目をつけられてしまった人はぜひ立ち寄ってみてほしい。

(余談ではあるが、ここを利用するのであれば最低限英語を学習しておくことをおすすめする)


 ……さて、小難しい前置きをしたはいいものの、私は先駆者の方々や今これを読んでいるあなたと比べれば、取り立てた知恵も勇気も因果も持たないただの旅人だ。

 たまたま宇宙へ行く方法を得てしまって、たまたま正気を失うことなく今日まで生きてこられただけのただの人間。

 あなたがもし、ここに来なければならないほどの事情を抱えていたのであれば、この本は残念ながらあなたの力とはならないはずだ。前置きもせめてこの図書館のことを伝えようと書いただけで、わざわざ図書館を訪れたあなたからすれば目新しい情報でもないだろう。

 しかし、もしあなたに心の余裕があれば、もう少しだけお付き合いいただきたい。

 私にとってこの本はただ自分が見てきたものや食べてきたものを綴ったエッセイでしかない。

 あなたはただ、この本を読んで「この弱っちい人間がこの宇宙のどこかにいるんだな」と、そう思ってくれたら幸いだ。

 そして、可能であるならぜひ感想を書き込んでいってほしい。

 この本自体の感想でも、実際に料理を食べてみた感想でも、何でも構わない。

 次に私やまた別の人がこの本を手に取ったときに「私以外にもこの宇宙へ飛び出した人がいるのだ」と、そう思えるだけでも心休まるから。

 この宇宙という、自分がどれほどに脆弱で孤独な生き物であるかを知らしめられる世界で、「自分の同胞がいるのだ」と思えること以上に心強いものはないと、私は思う。


 私の話はここまでにして、本題に入ろう。

 今回私が紹介するのはセラエノ図書館本館ではなく、最近併設された「カフェ・セラエノ」である。

余談ではあるが、私の知人が創設に携わっている、真偽は定かではない。本当のことなら同じ人間とは思えない肝の据わり方だ。以降のエッセイで登場するだろうが、彼はレストランを経営している。レストランでは大半の品を試食させられたので人間でも安心して食べることが出来るはずだ。

 話を戻そう。

 図書館の片隅を改装した当カフェは、図書館の本を読みながら食事をすることが出来る。……汚した時のリスクが計り知れないため、私はしたことがないが。

 それはさておき、カフェを訪れた読者諸君に是非お勧めするのがズバリ、「黄衣のアイス」である。

 なお、私が勝手に呼んでいるだけなので注意されたし。

 メニュー表を開いてまず目につくアイスクリーム(と思われる)が「黄衣のアイス」である。

 店員と思しき円錐形の宇宙人に写真を指さすだけで注文完了だ。

 注文してしばらくすると、バニラアイスと小さなポットが運ばれてくるだろう。

ポットの中身はいわゆる蜂蜜酒である。

 読者の中には蜂蜜酒と聞いてとあるものが思い浮かぶだろうが、まさしくそれである。ただし、読者が想定している品よりも数倍甘い、ほぼアルコールの入った蜂蜜と言える。

 この料理は蜂蜜酒をバニラアイスが見えなくなるくらいたっぷりとかけて食べる。

黄金色の衣をバニラアイスがまとっているように見えたことが名前の由来だ。

 単体では頭がぼんやりとしてくるくらい甘ったるい蜂蜜酒と、ガツンッと叩きつけられたと錯覚するほどに冷たいバニラアイスだが、一緒に食べることで至極の一品へと変わる。バニラアイスのとがった冷たさを蜂蜜酒が包み込んでくれ、また蜂蜜酒の幻想的な甘ったるさからバニラアイスの冷たさが連れ戻してくれる。溶けたバニラアイスと蜂蜜酒が混じりあった残りの汁すら飲み干さずにいられない。

 度数も極端に高くなく、ぺろりと平らげてしまえるが、もちろん食べすぎには注意だ。セラエノ図書館へ行くために飲酒運転(?)もやむ無しの私たちだが、正気を失うまで摂取しては元も子もない。

 また、バニラアイスにはココアクッキーが添えられているが、ほんのりとした苦みが口直しになる。アイスと一緒に食べてももちろんおいしい。クッキーは単品で注文もできるので、お土産にするのもいいだろう。クッキーに施されたアイシングがどこかで見たような三つ巴の模様であることが気がかりだが……。


 今回はここまでにしておこう。

 ここまで読んでくれたあなたへ。ありがとう。

 私のエッセイと旅はまだ続いていく。

 どうかあなたの旅も続いていくこと、そして満足のいく終着点へたどり着けることを、心から祈っている。

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