第19話 決着がついた日

 パワーアーマーの砲塔から、巨大な砲弾が射出される。

 それはリンハイを正面に見据えており、もしこのまま着弾すれば直撃だ。一回目はかろうじて直撃ではなかったが、今回はそうではない。そしてそうなれば、いかにリンハイといえど即死する。


「待ってました」


 リンハイはそう言って砲弾を最低限の動作で避ける。相変わらず恐ろしい反射神経だが、リンハイならそれができる。


『もう一発ァ!!!』


 その叫びと共にパワーアーマーの背中がガパリと開き、大量の空気が放出される。


「アキ君!」

「応!」


 この瞬間こそが、リンハイが立てた計画の中核、そして俺達が待っていた好機。

 このパワーアーマーは全身隙がなく、超高性能なアーマー値を誇る。そのため俺達の武器どころか、爆発ですらダメージが通る保証はなかった。

 高いアーマー値を持つ相手を倒す場合に必要なものは、一つそのアーマー値を上回る攻撃力の武器で攻撃する。二つ【鎧通し】のようなアーマー値を無視できる技をつかう。そして三つ目、俺がPKを倒した時にやったように装備の合間を縫って攻撃する、である。


 だがもちろんこのパワーアーマーには隙がなかった。

 攻撃が入り込む余地もなければ、装備の合間もない。それが一体型になっているから当然だ。

 しかし唯一、このパワーアーマーという装備に隙間ができる瞬間があった。

 砲撃後の排気行動、この瞬間だ。


「やっちまえアキ君」


 俺はパワーアーマーの背中にとりつき、ガパリと大きくあいた背中の排気口に向かってPKから奪い取った戦利品「手りゅう弾」を突っ込む。


『な、何してんだ!?』


 パワーアーマーは困惑の声をあげている。

 どうやらヤツ自身も、この弱点に気づいていないようだった。


「いままでさんざ遊んでくれたプレゼントだ」


 手りゅう弾に向けて三発、銃弾を撃ち込む。

 同時に背中を蹴り俺はパワーアーマーから距離を離した。

 直後。


 ドカン!!という大きな音と共に、パワーアーマーの背中を覆っていた装甲が吹っ飛んだ。その下からは配線やらなんやらの内部構造がむき出しになる。


『お、おい、嘘だろ!? パワーアーマーにダメージが入ってる!!』


 ヤツの焦り声がより濃くなっていく。

 そのスキを次はリンハイがついた。

 むき出しになった背中に向かって、刀で思いっきり攻撃を加える。


「これでトドメ!!」


 カァン!という音と共に、パワーアーマーの全身に電流が走る。

 直後パワーアーマーは煙を吹き、コクピットである頭部がバカリと開いた。

 俺とリンハイはゆっくりとコクピットの前まで歩く。


「お、おい! 動けよ! まじかよ! そんなのって……」


 ゴリ、と焦って我を失っている男の頭部に俺は銃口をあてた。

 リンハイは首筋にスラリと刀の刃を添わす。


「お、俺が悪かった! た、助けてくれ!! 頼む!!」


 手をすり合わせながら必死に懇願してくる男に、俺とリンハイは二人同時に言い放った。


「やなこった」


 俺は引き金を引き、リンハイは刀を手前に引いた。


***

 長かった乱闘も、ようやく幕を閉じた。

 PK達の乱入という想定外があったものの、無事クエストをクリアすることができた俺達は、酒場に戻ってきていた。早々に席に着こうとするリンハイの首根っこを捕まえ、まずはクエストの完了報告をすませる。


 次にPK達を倒した際にドロップした戦利品を、三人で分け合った。特にパワーアーマーを装備していた男は大量の通貨を持っていたので、結果的にはうま味のあるPVPだったと言える。


 一方で男が装備していたパワーアーマー自体は、残念ながらドロップしなかった。最後に破壊されたからか、それとも元々PVPではドロップされない仕様になっているのか……わからないが、手に入らなかったものは仕方がない。


「ふぅ……」

「はぁ……」

「疲れましたね……」

 

 諸々の手続きが済んで、ようやく木机に三人そろって突っ伏した頃には、気力が一かけらも残っていなかった。いつもは席につくとすぐ酒を注文するリンハイも、この時ばかりはうなだれている。


 実際、いろんな事が起こりすぎた。

 キリナちゃんに”お試しでクエストを遊んでもらう”という名目だったはずが、PK達を撃退する事態にまで発展するとは誰が想像しただろうか。


「ごめんね、キリナちゃん。なんか色々巻き込んじゃって」


 リンハイは苦笑いをしながらそう言った。

 PK連中は、配信者……キリナちゃんを狙っていたようだった。

 だがそれとは関係なしに、パワーアーマーの男は俺とリンハイに異常な執着を見せていたのも事実だ。もしキリナちゃんに同行していたのが俺達じゃなかったら、もう少しすんなり逃げることが出来ていたかもしれない。

 リンハイも俺と同じ考えなのか、バツの悪そうな顔色を浮かべている。

 

「全然いいですよ!! むしろ楽しかったです!」


 一方、キリナちゃんは目を爛と輝かせた。


「前まで対戦ゲームに苦手意識があったんですが、それもなくなりました!」


 どうやら俺とリンハイの心配をよそに、キリナちゃんは楽しんでくれたようだった。勝手に気まずい気分になっていたのが馬鹿らしくなって、俺達は顔を見合って苦笑した。キリナちゃんはやっぱり強いのだ、こんな事件程度は笑い飛ばせてしまうくらいに。


「じゃ、今度また戦い方教えてあげるよ。キリナちゃん」

「はい! お願いします! あ、フレンド登録していいですか?」

「勿論いいよ! ほい!」


 リンハイとキリナちゃんは、そう言いながら和気あいあいと話を始めた。意外と気が合うのかもしれない。


 ……一方で俺は、考えなければならないことがあった。

 PKとキリナちゃんの関係の事だ。

 俺とリンハイがPKに狙われるのはわかる。恨みもそこそこ買ってるだろうし、ランカーに近いというだけで攻撃対象になるのは仕方がない事だ。

 だが、今日倒したPKの一人は言っていた。


『個人配信者を徹底的にボコす』


 明らかにキリナちゃんを決め打ちするかのような発言だった。

 キリナちゃんはこのゲームをまだ本腰入れてプレイしていないはずで、しかも今日が初プレイだとくれば、早々に恨みを買うような事は起こらないはずなのだ。


 そこそこ有名な個人配信者を無差別に攻撃する愉快犯だ、という線も考えられるが……それならば、今日キリナちゃんがこのゲームをプレイしているという情報を持っているのはおかしい。辻褄が合わない気がする。


 つまり誰かが、キリナちゃんの行動をなんらかの方法で知った上で、PK達に攻撃を依頼した……なんて事がありうるのかもしれない。


 考えすぎだろうか。


 そこで、俺の肩がトントンと叩かれる。

 考えに集中しすぎていたかもしれない、これはまた今度考えよう。


「アキ君もほら、キリナちゃんとフレンド登録しときなよ」


 気が付けば片手に酒を持って、赤らめた顔をしているリンハイがそう言ってきた。キリナちゃんは正面で甘そうなお菓子を頬張っている。

 ……フレンド登録。

 フレンド登録?

 推しと?!


「お、おまっ、おまま、それはダメだろ! ダメ!!」


 俺は身体をビクつかせる。

 推しと推されるものは、適度な距離感を保たねばならない。リンハイはキリナちゃんのファンではないし、リスナーでもないので、ゲーム先で出来た友達だと言い張ることができるだろう。

 だが俺はそうはならない。

 推している以上、極端に近しい関係にはなってはいけない。

 彼女の活動の邪魔になる可能性があるからだ。


「えー、難しく考えすぎじゃない? 一緒にゲームした仲じゃん」

「……いや、この一線は超えてはいけないきがする。というか、俺の心臓が持たない」

「ファンってやつも難儀じゃな~」


 リンハイは焼き鳥を持ってきてがっつく。


「で、なんか気持ちを伝えるっていうのはどうするの? いま、チャンスなんじゃない?」


 た、確かに。

 俺がこのゲームを始めた理由である「推しに気持ちを、ありがとうと伝える」目標は、今まさに達成できそうだ。ちょっと声をかけて、言えばいい。

 だが……。


「い、いや……今度にする。今はその、心の準備が」

「さっきまで普通に話してたのに。チキンだねぇ」


 頬を突っつかれる。


「う、うるさいな……」


 そうだ、ありがとうと伝えるのはまだ早い。

 明日キリナちゃんの初配信があるはずだ。それが成功してからでも、俺の気持ちを伝えるのは遅くない。うん、明日の配信が終わったら……その頃には、俺も心の準備ができているはずだから……。


「アキさん! これ、めっちゃおいしいですね!」


 俺とリンハイの声が聞こえていたのか、そうでないのか。

 キリナちゃんは嬉しそうに食べていたスイーツの感想を言ってくれた。尊い。なんと可愛らしい事か。


 ……ひとまず、諸々を考えるのはまた今度にしよう。

 いまはただ、この可愛らしい推しの姿を見れただけでも、良しとすることにする。


 そして翌日。

 推しの配信がついに始まる……その日の朝から。

 また次の問題が顔をのぞかせた。

 

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職場が倒産したので、推しと同じVRMMOを始めることにした。 道に落ちている槍 @Harutomen

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