第18話 一転攻勢する日
リンハイから計画を聞いた俺は、パワーアーマーと再び対峙した。
キリナちゃんは後方の安全な位置に隠れている。万が一見つかってしまえば砲撃を浴びせられる可能性があるからだ。
同時にもしパワーアーマーに隙があれば、いつでも奇襲攻撃をしかけることができる。俺かリンハイが失敗した場合の保険、リザーブの役割を果たしてくれている。
「一つ教えてあげるよ」
リンハイが刀を抜きながらパワーアーマーに啖呵を切った。
「私のスキル【鎧通し】はアーマー値を無視してダメージを与えれる」
先ほどパワーアーマーの中にいるプレイヤーが苦痛の叫びを漏らしたのは、これが原因だった。
スキル【鎧通し】はリンハイ曰く、アーマー値を持つ装甲の向こう側にいる相手に対してダメージを伝播させることができる技らしい。
【鎧通し】を当てた位置から直線上にプレイヤーが存在していれば、そのプレイヤーに一定数のダメージを、アーマー値を無視して与えることができる非常に強力なスキルだ。
『は……? そんなスキルあるわけないだろ!! 聞いたこともないし、仮にそんなスキルがあったとしたらアーマー値のシステムが意味なくなるだろ! クソゲーじゃねえか!』
「ははは。嘘だとおもうなら試してみる?」
だが欠点もある。
一度使うと、もう一度使うまで数十秒の時間を待たなければならない。
次に直接刀で相手を殴らなければならず、殴る位置がプレイヤーの直線上からズレていれば効果は失われてしまうため、限定的な局所を近接攻撃しなければならないという制約がある。更にスキルを使った直後は、一瞬だが硬直してしまう。
つまり局所以外を攻撃しても効果が得られないが、無理やり局所を攻撃しにいこうとすれば手痛い反撃を受けてしまうということだ。
一人で戦うならばこれは重大な欠陥だ。
スキルの性質を理解している相手ならば、スキルを受ける直前に少し身体をそらし局所をズラしてしまえば、ダメージをゼロにできる。さらにスキルを撃った直後の硬直している相手に対して反撃を加えれば一方的にダメージを与えることができるからだ。
だがリンハイには俺がいる。
さらにパワーアーマーの男は【鎧通し】のことを理解していなかったようで、現状リンハイの言葉からしかスキルの効果を知れていない。
そのためリンハイは、あえてスキルのメリットしか説明せずに、男に【鎧通し】というスキルが“ただアーマー値を貫通できる恐ろしいスキル”だと印象を与えたのだ。
そしてここで追い打ちをかける。
「へぇ。そういえば俺も取ってたけど使ってなかったな。そんな効果だったんだな」
「そうそう。アキ君も試しに使ってみなよ」
ハッタリをかます。
俺は【鎧通し】は取得していないが、それを相手は知らない。ならば嘘でも、今対峙している相手二人は自分に対して有効打を持っていると誤認させる。
『は、ははは。 嘘だ! 勝ち目がないからって、適当なハッタリかけやがって!』
そうは言っているものの、明らかにその声色には困惑の声がまじっていた。
俺とリンハイは見つめあい、笑った。言葉にしなくとも連携がとれている喜び、一体感。そして信頼感をひしひしと感じながら。
『二人とも、ぶっ殺してやる!』
その声が試合開始のゴングとなった。
リンハイがパワーアーマーの背後に走り出す。
対して俺は正面に残り、銃を構え攻撃するそぶりを見せる。
パワーアーマーは確かに強い。だが、ここまでの戦いを見るに、背後の敵と正面の敵を同時に相手できるほど器用な能力をもっていないことは明らかだった。
『ク、クソ!』
パワーアーマーが焦りながら、振り返るかそれとも正面の俺を攻撃するか迷う。
その一瞬の迷いの間にリンハイがスキルを叩きこむ。
「【鎧通し】!!!」
『クソッ!!!』
ダメージが入った、そういう声が漏れ出す。
「ね、アーマー貫通してるでしょ」
さらにリンハイが煽って感情をゆさぶった。
パワーアーマーはその言葉に怒りを覚えたのか、それとも脅威はリンハイだと再認識できたのか振り返ろうとする。
リンハイは硬直時間で現状動けないはずだ。
そこで俺の出番だ。
「“鎧通し”!!」
『ひっ!?』
俺はそう言いながら銃をパワーアーマーに撃つ……が、あえてはずす。
弾丸は明後日の方向へと飛んで行き、当然パワーアーマーにもダメージは入らない。
「ちょっとアキ君ちゃんと当ててよ!」
「わりぃ、ちょっと疲れが出たな」
もしここで攻撃を当ててしまえば【鎧通し】スキルを俺が使っていないことがバレてしまう。大事なのは、俺がスキルを持っていると誤認させることだ。
だからあえて外した。
リンハイのスキルをあと一、二回当てるには、俺のハッタリをもう少し長引かせる必要がある。
『男、いや、女……いや、どっちからだ……!?』
パワーアーマーはどちらから狙えばいいか、思考がまとまっていないようだ。だがその考えが「どっちでもいいから片方から倒す」というまっとうな考えに切り替わるまでは時間の問題だ。
その思考に到達しないように、考える隙を奪う。
「【鎧通し】!!」
次はリンハイが放つ、本物の【鎧通し】だ。
その攻撃は的確に局所をつき、内部のプレイヤーに直接ダメージを与えた。
パワーアーマーがそれに連動するようによろめく。
『……ははは』
だがパワーアーマーから漏れ出たのは、苦痛の声ではなかった。
気の抜けたような、気づいたと言わんばかりのような、安心に満ちた声。
『なんだ。その技、“パワーアーマーには”ダメージが入らないんだな』
リンハイが事前にこのスキルは決定打にはならないと言った理由はこれだ。
このスキルはあくまでアーマー値を貫通し、内部のプレイヤーに対して直接ダメージを与えるものだ。だからアーマー値を提供している装備自体には、全くダメージが入らない。
通常のジャケットなどの装備ならそれでも有効な攻撃ではある。だが、今相手しているのはパワーアーマーという、コクピットの中にプレイヤーが入り、操縦している装備品だ。
つまり。
『その技にも準備時間はあるはずだ。ならその間に、回復アイテムを使っちまえばいい』
例え俺が本当に【鎧通し】を覚えていたとしても、回復自体は間に合ってしまう。
本来の対人戦だとそうはいかない。スキルを使ったあとに別のスキルか攻撃を隙間なく浴びせることで、回復するチャンスを奪うのが常套手段だ。
だがパワーアーマーの中にいる限り【鎧通し】以外の攻撃やスキルは意味をなさない。ならば、ダメージを受けた分普通に回復してしまえばいいのだ。
「あら、意外と気づくのがはやかった」
『馬鹿にしてんのかてめェ!!』
パワーアーマーが腕を振り回す、が俺もリンハイもそれをステップで距離を取りながら避けた。
『なんだ結局俺は負けねえんだな! ははは!! びびって損したぜ!!』
「へぇ。あんたの回復アイテムが切れるまで続けてもいいんだけど?」
『はは。言ってろ』
これだけ余裕を見せるという事は、回復アイテムがなくなる可能性はないか別の回復手段があるかのどちらかだろう。
「……リンハイ、やばいぞ。バレた」
「これはヤバいね。敗戦濃厚かも」
そういいながらリンハイは俺にウィンクした。
そして俺にしか聞こえない小声で言うのだ。
「さぁてこっからだよアキ君……!」
そう、リンハイの計画の決定打はこれではない。
このスキルの仕掛けに気づくか、欠点に気づくかすると相手は安堵感から“油断”するはずだ。リンハイ曰く、人は何かを乗り越えた時、何かを克服した時にもっとも気が緩む。
『種が割れちまえばこっちのもんだなァ黒スーツ共!!』
パワーアーマーは言いながら、左腕をリンハイの方に向けた。
『コイツぁスキがでかいから、そのスキルがある限り使うのを控えてたんだが……もう関係ねえな。だってそのスキルじゃ俺は死なねえから!』
左腕から砲塔が伸びる。
そう、砲撃の準備だ。
「まじぃ? 次は避けるよ? その攻撃」
『いいぜ。一発避けれても二回目撃てばいいし、三回目、四回目、お前たちがバテるまで撃ち続けてやるからよ』
「やばいねぇ……」
パワーアーマーがリンハイに向かって啖呵を切る。
リンハイは親指をぐっとたてる。合図だ。
俺はそろっとパワーアーマーの背後へと回り込む。
『死ね!!』
声と同時に、パワーアーマーの腕から砲弾が射出された。
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