最終話 ルーカスの決意
彼が見つめる布袋。その中には大量の白金貨が詰まっていた。昼頃に冒険者ギルドで換金してきた際のお金。その額なんと二億六千万ゼル。世界一の大富豪には勝らぬものの、庶民が手にするには大きすぎる金額だ。
それほどの大金となれば夢が膨らむのだろうが、彼にとってはそうは感じられなかった。単純に使い道がない。ただそれだけのことだった。
誰であろうと急に大金を手にしたら困惑するのは当然のこと。彼だって困惑しているし、だから悩んでいる。
「こんなにあるなら魔道具の材料費にでも……」
魔道具の材料費は馬鹿にできない。特に特殊鉱石や魔石といったものは汎用性が高く貴重であるため値段は高めだ。もっとも、今回の件で魔石や鉱石は手に入れている。この案は却下だ。
「家でも建てようかな」
妥当な案だ。ルーカスの住居は未だに工房の一室。マリンに言われたように狭い。おまけにシルヴィも一緒に住むのだ。幾らマリン達の善意であっても、居続けるのはあまりよくないだろう。
自立という意味でも、家はあった方がいいと考えられた。
取り敢えず一つ目は決定。そう、これはまだ一つ目にすぎない。家を建てたとしてもまだまだお金が余る。研究室や
そして、たまになら贅沢をしてもいいかもしれないとも考え、
「美味しい物を食べるっていうのも悪くな————」
ふと、何かが引っかかった。美味しい物、すなわち食べ物。そこから彼が連想したのは昼に目にした出来事。
「……やっぱりあの子達は……」
裏路地でスリに遭った後のことだ。彼は犯人を追っていったが、そこで目にしたのは薄汚い五人の子供が串焼きを分け合っている光景。孤児の溜まり場だったのだ。
その中に犯人と思わしき少年がいたのだが、戦利品だと言わんばかりの顔で喜んでいた。他の子達も喜んでいた。彼は大きく分厚い肉の串焼きを手掴みで、特に小さい子には大きな肉を分けてやっていた。
そしてムシャムシャと頬張っていた。当然ながら品性の欠片もない。だがルーカスにとってはその光景が懐かしく、同情すらしてしまうものだった。
友人のクロムが
ルーカスは自然と彼らと過去の自分を重ねて見ていた。だから諦めた。
「取り返せなかった」は嘘であり、
力ずくで奪おうと思えば奪えたが、どうしても奪い返せなかった。だからシルヴィには取り返せなかったと報告した。情に任せた行動をとった。
しかし、そんな彼らを良しとしない輩がいるのも世の常。そういった人間が見下すことで低俗なクソガキと定義づけされてしまう。
この事実に、地獄のような日々を知っているルーカスは腸が煮えくり返りそうになる。すなわち、「彼らをそのようにしたのはお前らだろ」と。
今思えばジールがいかに聖人のように思えたかがわかる。あの日、薄汚い
現在、この街の孤児は昔に比べれば減ってきている。ルーカスの同期(ピークの時期)が大人になって稼ぎ口を見つけていったからだろう。しかし、減っているだけであり、いないわけではない。
今までずっと彼は目を逸らしてきた。助けたくてもそうできなかった。
だが今ならできる。できる気がする。
だから決めたのだ。
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後日、ルーカスはマリンの店の一室を借り(事前にアポを取っている)、ジール達を呼んだ。皆に話そうと思ったのだ。
が、その他の人々もぞろぞろとやって来てしまった。風体からそのほとんどは冒険者であるとわかる。いきなり二億もの大金を手にしたのだから、注目されるのは当然だろう。もっとも、音に聞く美少女シルヴィを一目見るために来た者もいるようだが。
関係者以外は立ち入り禁止ということにしてシルヴィ、ジール、アベル夫妻の四人のみが部屋にいる。
「話ってなんだ? って言っても大体は察してるぜ。オメーの金の使い道だろ?」
「うん、やっと決まったから話そうと思ったんだ」
流石ジール。当たり前だと言わんばかりの表情だが、考えを見通すとは誠に見事である。
「僕は、孤児院を建てることにします。それと家も」
その答えにシルヴィ以外の三人は驚愕の声を上げる。マリンやアベルはもっと欲張ってもいいだろうにと思い、ジールは「ほう」と興味深い表情をした。マリンは問うた。
「たしかにそれは良いわね。けど、孤児院がいるほど孤児はいるのかしら?」
それは一理ある。孤児の数が少なければ孤児院を建てる必要はないだろう。けれどルーカスの答えはというと、
「たしかに現段階では数は少ないでしょう。けれども今後増えないとは限りません」
エビデンスはこの街の人間の大半が冒険者や教会関連の仕事に就いていることにある。冒険者には危険が付き物。その死因の大半は討伐依頼中の戦死。加えて回復魔術が使える女性は教会送りにされる。これはある風習なのだがここでは割愛しよう。
そういった両親の都合や両親の死亡などの要因が孤児を生み出している。具体的に前者の場合は放り出されると言った方が妥当か。要は子供たちは振り回されているのだ。
「そういうときのためにも、無いよりあったほうが良いと思うんです」
大人の都合で振り回されるのだったら、何らかの対策は必要だ。好きで孤児になりたいなんて誰も思っていない。独り寂しく生きるなどできるはずがない。それに、
「やっぱり思ったんです。子供たちは悪くないのに邪魔者扱いされる雰囲気は間違ってるって」
子供は弱い。心も、身体も。自分でできることの範囲も狭い。だから大人が支えてやらねばならない。世話が焼けるといえども、それは自明の理。弱者を強者が守るのは自然の摂理だ。その弱い地位を食い物にするような真似は決して許されない。
「だから僕ができることをしようと思ったんです」
もちろん、やろうと思えば他者でもできるのだから他人任せでもいいだろう。けれどその際の経済的負担を考えて誰もできなかった。今までできなかったこと。できるようになったならば、今やるしかない。
それが、彼の決意なのだ。
「……なるほどね。納得できたわ」
ルーカスの説明にマリンは腑に落ちたようである。だがルーカスにはまだ言うべきことがある。
「ですので、ジールさんやアベルさん達に協力してもらいたいんです。僕一人じゃ手が回せないので」
「協力ってのは具体的にどういうことだ?」
ルーカスはその内容について話した。ジールには大工を見つけてもらい、アベル夫妻には孤児院の管理者の一人になってもらうというものだ。もちろん建設費や維持費などの費用は彼が全て受け持つつもりである。
「どうか、お願いします!」
頭を下げるルーカス。ジールやマリンなどに迷惑をかけるであろうと考えた結果の行動であった。しかし、
「ルカ君、他人行儀なんて今更だと思うわ」
「そうだよ、問題解決に繋がるなら喜んで引き受けるよ」
「ま、とんでもねぇことしやがる馬鹿息子のことだ。その話乗ってやる。古い友人に大工やってる奴がいてな。ちょっくら話付けておくぜ」
三者の反応は、至極当然であると言わんばかりに協力に積極的だった。彼らにも都合があるというのに、引き受けてくれるのだ。心の広さに彼は改めて感謝した。
こうして、孤児院建設プロジェクトは幕を開けたのである。
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その後、ルーカスが孤児院建設を決定したことは街中で広まった。マリンの店の隣に空き地があるのだが、彼はそこを買収し建設地とした。この土地はいろいろと問題があったゆえ空き地だった。
というのも、地盤が緩いうえに魔力濃度が高かったのだ。土の魔力濃度が高いと植物型魔物が発生しやすくなる。そのため、今までは魔物が発生しないように特殊結界(魔道具)で抑制していた。
地価はそこまで高くはなく、地盤の改良もルーカスの方でできるのだが、結界魔道具も買い取ることになったので、出費は千五百万ゼルとなった(彼からしてみると意外にも安い)。生憎、魔道具は古びているため、数年経てば使い物にならなくなるらしい。
もっとも、魔道具の技術に通じているルーカスにとっては何の問題にならなかったが。
そう、例の『超錬金術』の出番だったのである。シルヴィに魔術を使ってもらい、それを素材に付与するのだ。ここで、魔道具に使われている魔術が基本的なものとだいぶ異なることに気づいたのだが、心配は無用だった。
シルヴィは魔法陣を解読し、あっという間に我が物としてしまったのだ。流石は魔術の天才である。そしてそれを使ってもらい、ルーカスが超錬金術を介して付与を行った。
しかし、これはあくまでも魔物の発生を抑えるだけの効果。土地自体の濃い魔力は長時間浴び続けると有毒である。
そこで、ルーカスはある物を開発した。それは……
「名付けて、『集めて結晶くん』!」
「ん〜、魔道具の用途は良いんだけど……もうちょっとネーミングを考えてもいいんじゃない?」
軽いノリで変わった名前を付けてみようとしたのだが、マリンに猛反対された。
『あつめて結晶くん(仮)』はその名の通り結晶を作り出す魔道具である。この結晶というのは魔力の結晶『魔結晶』のことだ。土から魔力の元素『魔素』を収集して錬金術で作るのである。
いつでも使えるようにとヘルメスの館でも、帰りの旅路でも練習したことは遺憾無く発揮された。
「でも魔素を集めて錬金術で生成………面白い魔道具ね」
「出来立てホヤホヤの魔結晶でも店に出しますか?」
「需要は高いからね。是非とも欲しいわ……」
「では、交渉成立ということで……」
実際、魔結晶の需要は高い。武器の素材としても、組織などが管轄する巨大魔道具でも使われるためだ。後者に関しては人が流せる魔力に限界があるために大きな物がよく使われる。
良い商売を思いついたと、二人揃って悪い顔をするのだった(なお、魔道具の名前はシンプルに『結晶生成機』となった)。
また、ジールの紹介で大工の棟梁エウゴスとも顔を合わせた。材料費や人件費、建築期間などといった話し合いの末に費用は約六千万と決まり、一年以内に完成するという見通しが立った。
ここまでで一週間。
東奔西走したルーカスには疲れの色が見えていた。地盤改良は錬金術で地道に行ったうえ魔道具の修理と作成でも四日はかかった。いくら魔力だけはそれなりにある彼でも、魔力切れ状態になるのは不思議ではなかった。
おまけに噂ではその容姿から彼のことを『蒼の錬金術師』と呼んでいるらしい。冒険者ならまだしも、異名を与えられるのは不本意だった。黒歴史を刻まれた感覚にのたうち回りそうになった。疲労の原因の一つだ。
「お疲れ様、ルカ」
そんな一週間のことを思い出しながらベランダで椅子に座りながら夜空を眺めるルーカスに、一人の天使が語りかけた。
「そういう君こそ、店番は慣れた?」
「ちょっとだけだけどね。毎日お客さんがたくさん来るからプレッシャーが凄くて」
困った笑顔をしながら話すシルヴィ。マリンに「シルヴィちゃんにお店を手伝ってもらいたいの」と頼まれたのでバイトとして雇われているのだ。その仕事場は
しかしながら彼女の愛らしい容姿はいろいろな人に通じるらしい。これに目をつけたマリンの戦略は商魂
エプロン姿でポニーテールにした彼女はなんとも可愛らしく、初日にその姿を見たときはルーカスもポーカーフェイスをするのに精一杯だった。ニッコリと、評価をサムズアップで示すしかなかった。
彼女も椅子に座り、そのまま続けた。
「大事な用事があったのに、邪魔しちゃったかな?」
「そんなことはないよ。目の保養になったし、俄然やる気が湧いてきたくらいさ」
「またまた〜」
笑い合う二人。しかし次の瞬間には彼女の顔は笑顔から真剣な表情になった。
「……ルカが正しいと思って決めたことなら、私もついて行く。どんなに苦しくても、辛くても、ルカに一生ついていく」
彼女の目は本気だった。前世では守れなかったものがあるから、今度はずっと一緒にいたいから、大切な人を守ろうという意志が込もっていた。雲が晴れ、差した月光は彼女の力強い金色の目をさらに美しく輝かせる。
「どんなに苦しくても辛くても、か……」
それに対してルーカスは、
「じゃあ、その苦しみや辛さを味わうことがないように、僕は君を守ると誓うよ。だから、ずっと側に居てほしい」
「苦楽をともにする」のではなく、彼女らに降りかかる災いを薙ぎ払い、安心させると誓った。もちろんできないこともあるだろうが、その気概を持って守ってみせる、と。
「ルカ……」
月光が彼らを照らす。二人とも身体が火照っていくのがわかる。昔から月には魔力があると言われているが、今この場を以てしみじみとそれを感じる。
「ルカ! 流れ星!」
彼女が指を差した方向に一条の光が走った。それもやけにゆっくりと。すぐに消えるのは味気ないだろう、と、まるで空気を読んだかのように。
二人は心の中で願った。
((ずっと一緒にいられますように))
彼女はそのままルーカスに寄り添い、肩に頭を乗せた。ここが安心できる場所ですよと言いたげに、心地良い表情をして。
月明かりが、彼らを優しく包み込むのだった。
蒼の錬金術師〜一輪の妖精少女〜 Saba can @Phgfyuhf9326
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