第17話 ゼルドアにて
活気溢れる街【ゼルドア】に帰って来た。中央通りの様々な人々が行き交う光景は、数ヶ月間いなかったルーカスにとって新鮮なものに感じられた。
シルヴィは街を見渡しながら「ほぇ〜」と感嘆の声を
「久々に来たけど…すっごく変わってる」
「? そうなのか?」
彼女はコクリと頷く。だが何年前なのかは覚えてない。
「シルヴィが記憶している街は今とは全然違っていたのか……。今の街の形は少なくとも僕が生まれた頃にはできていたから……」
恐らく何年前だろう、と言いかけたところで彼女がこちらに視線を向けてきた。どちらかと言えばジト目なのだが。あることを推測したからと思ったのだろうか。
「……生まれ変わったからセーフ」
「…?」
首を傾げるルーカス。しかし、次の瞬間には理解した。シルヴィは歳がバレることを気にしたのではないか、と。彼自身は単純に何年前かを推測しただけなのだが。
「そ、そんなことよりどこに向かってるの?」
「僕の父さんがいる場所さ」
話は変わり、ルーカスの目的地の話となった。彼女は一応父親を「ルカの今の居場所の人」と認識し、父親のような人であると解釈した。容量が良く言わなくてもある程度理解できるのはシルヴィの長所である。
歩いている途中でお腹が空いてきたので、そこら辺の露店で買った大きな串焼きを食べながら商業区へと入っていく。そして彼は指を差しながら説明した。
「左側の手前から二番目の建物が僕の家、ガイア工房だ」
「ルカのお父さんがいる場所……」
シルヴィは少しだけ心配顔になった。恐らく過去の過ちを犯した自分を受け入れてくれるのか不安になったのだろう。それを察したのだろうか。
「大丈夫だよ。きっと受け入れてくれるはずさ」
ルーカスはそう言うと、彼女が安心したように笑顔を取り戻した。シルヴィの心と通い合ってる。以心伝心と言ったところだ。
手前二つの建物の隙間は裏路地に繋がっており、角を右に曲がると工房の裏口へとたどり着く。一応ルーカスは客とは違うのでここから入るようにしている。
裏路地に入った途端に事件は起きた。
「わっ?!」
いつの間にか後ろにいた少年がシルヴィに突撃し、手に持っていた串焼きを奪ってしまったのだ。スリだ。ここに来るときに注意しなければならない事案である。
いきなりのことにびっくりしたシルヴィは体勢を崩し、段差から落ちて尻もちをついた。
と思いきやそこをルーカスがカバー。彼女が小さかったのも相まって両腕にすっぽり収まり、倒れるのを阻止することに成功。よくよく考えると彼の反応速度も尋常ではない。
「大丈夫?」
「う、うん…」
シルヴィは頬を赤らめた。そう、この体勢は俗に言うお姫様抱っこだったのだ。生まれて初めてのお姫様抱っこ。夢にまで見たお姫様抱っこ。それが今、こんなところで実現した。
そういえば彼の串焼きはどうしたのか。両腕で彼女を抱えているなら手で持つことはできないはずなのだが。と思いきやどうやら口にくわえて落とさずに済んだようだ。
側から見ればなんともシュールな光景である。しかし状況に酔っているシルヴィにはその姿にキュンとしてしまった。彼女にはルーカスの姿が薔薇をくわえた王子様のように見えていた。
平野での告白といい裏路地でのお姫様抱っこといいなんともロマンを感じない場面ではあるが、彼女にとってそんなことはどうでもよくルーカスがただただかっこよく思えた。
「取られちゃったね」
「う、うん…」
「これ食べる? 上の部分は食べかけだけど」
「あ、ありがとう…」
ルーカスは脱力した彼女を立ち上がらせて串焼きを渡し、
「僕は彼を追うから、そこで待ってて。すぐに追いつくから」
荷物を置いてからそのままスリを追っていった。
取り残されたシルヴィは熱に浮かされボーと串焼きを見つめている。それを見て彼の先程の言葉を思い出した。
————食べかけだけど—————
顔が真っ赤になる。それはつまり……
(……間接キス……)
ダメダメ!と彼女は首を振った。そう、これではまるで自分が変態みたいじゃないか、と。危うく思考がそっちの方向に進みかけるところだった。のだが、
(でも……ルカがいいって言ったんだし……)
悩むシルヴィ。そう、これは彼から許可をもらったのだから食べてよいのだ、と理由づける。あちこちを見回すと再度串焼きに目を向けた。そしてプルプルと震えながら彼が食べかけた部分を口にしようとして、
「おい、そこに誰かいるのか?」
「ヒャッ!?」
いきなりの声にビクッとなった。慌てて串焼きを隠しながら「これはルカがいいって言ったから…………」などと弁明の言葉を口に出したが、
男が「? ルカがどうしたって?」と呟いたその瞬間、彼が戻ってきた。取り返せなかった報告をシルヴィに告げようとしたところで言葉が詰まった。何と言おうがそこには、
「ジールさん?」
「おお! やっぱりルカだったか!」
ジールがいたのだ。パンが入った袋を見るに昼食を買っていたのだろう。ジールはルーカスに声を掛けたのちに再度シルヴィにも目を向け、彼女が話に聞いていた子なのだと理解した。
「やっぱりって、戻って来たのを知ってたの?」
「いや、この嬢ちゃんがルカが云々って言ってたんで、まさかと思ったんだ」
それを聞いたルーカスは彼女に何と言っていたのかを聞こうとするが、彼女はそっぽ向いて「何でもない」という答えを返すだけだった。恥ずかしくて言えるはずもない。
「まぁ、こんなところで立っているのもアレだからよ、とりあえず中に入って話でもしよう」
「そうだね」
扉の向こうへと入ろうとした瞬間、ジールから待ったをかけられた。
「おい待てルカ、何か言うことがあるんじゃないか?」
一体何のことか。と思ったが次の瞬間には答えが出た。自分の居場所に戻って来たのだからそれしかないと。
「ただいま」
二人は数ヶ月ぶりの再会に安堵し、シルヴィは少しだけ緊張しながらも、たわいもない世間話をしながら裏口のへと向かった。
三人は各自昼食を済ませてから所長室に集まった。ジールは目を瞑り豪快に足を組みながらソファに座り、ルーカスとシルヴィは反対方向に座った。シルヴィはソファが高いせいか少しだけ足を浮かせていた。心なしかプルプルと震えている。緊張しているのだろうか。
それを見たルーカスはそっと彼女の手を握る。するとどうだろう、彼女がこちらを向いたではないか。そして頬を赤らめて天使の如く微笑した。甘い空気が彼らを中心に漂い始めたところで、
「ほう、二人はもうそんな関係までになっていたのか〜」
「「ッ!? これはその!」」
甘い香りを察知したのかジールから横槍を入れられた。それに反応してピッタリと言葉が一致した二人。なるほど、たしかにこれはジールの言う通りである。
「ガハハッ! 図星みてぇだな。ま、仲が良くて何よりだ」
実はルーカスを少しからかうつもりで言ってみただけなのだが、一文一句ピッタリだったので内心で確信した。
「で、嬢ちゃんがルカの言っていた…」
「あ、改めて自己紹介を! わ、私は…シルヴィと申します!」
「そうか……シルヴィちゃんか。俺はこの工房の棟梁のジールって
「お、お、お義父さんでしゅ、ですか……」
「お義父さん」というワードに思わず顔が真っ赤になり、ついでに噛んでしまったシルヴィ。大いなる勘違い第一弾。ルーカスに咎められたので冗談として済ませたが、本当にこの男は言葉の綾が巧みである。
ルーカスも「冗談はほどほどに」と言いつつも彼女をチラ見。林檎のように真っ赤になった顔も可愛らしい。なんというか天然な彼女を見ていると理性が吹き飛びそうになるのだ。
「で、ルカは三ヶ月の間、何をしてきたんだ?」
ジールの質問によりハッと我に返ったルーカスは次にそのことを話した。シルヴィ失踪を聞いて遺跡に潜ったこと、そこで待ち受けていた迷宮の試練でのこと、仲間を失ったこと、最後に歴史的な人物と出会ったことなど、話せば長くなるようなことを簡潔にまとめて教えた。
対してジールは魔人について興味深そうに聞いていた。何せ迷宮の主は『蒼銀の魔人』の異名を持つミスティアだ。彼ら鉱魔人と会えたことは物を作る職人として実に興味をそそられる話だったようである。
ルーカスがその証拠にと蒼銀剣をテーブルに置いたのだが、ガード(
「いやぁ、まさかこんなとんでもない逸品を見れるとは。いい土産話だったよ。それと、よく戻って来た」
ルーカスの体験談と土産の蒼銀剣だけで腹いっぱいだと言いたげな顔のジール。一気に十歳くらい若返ったようにも見えた。
「シルヴィの嬢ちゃん」
「は、はい…」
緊張の色を見せるシルヴィ。怒っているのではないか。彼女はそう考えた。今回の一件は彼女が引き起こした出来事である。巻き込んでしまった責任は彼女にある。咎められるのが当然だ。
そう思っていた。
「たしかにルカを巻き込んじまったのは嬢ちゃんだ。けど、ルカを窮地から救ってくれたのも嬢ちゃんだ」
シルヴィの顔が驚きに変わる。ジールは確信したのだ。ルーカスと笑い合える仲ならこの子がアルラウネだとしても危害は加えないだろうと。紛れもない、危険を冒した馬鹿息子の命の恩人なのだから。
「だからそんな顔しないでくれ。胸を張って生きてくれ。もし嬢ちゃんをアルラウネだからと言って虐めようとする奴がいたら、きっとパートナーがぶん殴ってやるだろう。そうだろ?」
「言われなくとも、だよ」
ジールのとルカのやりとりを見て、シルヴィは少しだけ緊張が解けた。こんな罪を犯した自分を受け入れてくれたことに感謝の気持ちが溢れ出そうになった。そしてジールは微笑んで一言。
「シルヴィの嬢ちゃん。こんな馬鹿息子だが、よろしく頼む」
「は、はい!」
認められた。その事実がシルヴィに生きる力をさらに与えた。ルーカスもぶん殴ってやるのはやり過ぎだとは思っているが、その気概で彼女に寄り添うつもりだ。
これで話は終わった。二人は部屋から出て次の場所に向かっていったが、途中でシルヴィがこんなことを言い出した。
「お義父さんって呼んでも…悪くないかも」
しかもちょっぴり頬を赤くしながら彼に横目を向けて。視線に気づいたルーカスはその意味を理解して目を逸らした。恥ずかしいのだ。何度も言うが彼にとって彼女のそういった表情は理性を吹き飛ばす爆弾みたいなものである。
「あ、でも結婚は十五からだからね」
「そうなの?」
コクリと頷くルーカス。この世界では十五歳が成人年齢であり、同時に結婚が可能になる年齢でもある。もちろん男女問わず、だ。
「あと三年待つんだ…」と彼女がボソッと呟いたがそこに触れると怒りを買いかねないと思いノーコメントを貫いた。いつだってどこだって女性に歳の話を聞くのはタブーなのである。
「ところで、どこに向かってるの?」
「僕の行きつけのお店。もうすぐ着くよ」
彼が錬金術で作った薬を取引している場所。そこは看板がやや傾いている雑貨屋。書かれている店名は『水妖精の雑貨店』。
その近くで二人の男女がキョロキョロと辺りを見回していた。一人はおっとりお姉さん、もう一人は金髪の美青年。チャラ男ではない。そのとき、
「ッ! ルカ君!」
彼女はルーカスを見つけるやいなや駆け寄り、そのまま抱きついてきた。それを見たシルヴィは、今度は違う意味で頬を赤くする。すなわち、ルカに別の女性が付いている!? と。ルカは女たらしなのか!? と。
「ッ!? マリンさん?」
「……心配したんだから! もしかしたら、もう二度と帰って来れないって思ったんだから!」
不安から解放され、込み上げてきた言葉を吐き出すマリン。感情がピークに達したのかそのまま力が抜けたように座り込み、うわーんと泣いてしまった。
金髪の男——アベルもすぐに駆け寄って号泣する彼女の様子を「しょうがないな」と言いたげな顔で見ていた。彼だってわかっている。マリンにとってルーカスは弟のような存在だと、消えてほしくない人物だと。
「ただいま戻りました、マリンさん、アベルさん」
当たり前のような帰還の言葉。彼女に安心を与えるには十分な一言だった。号泣するマリンに代わってアベルが一言。
「おかえり、ルーカス君。疲れただろう、中に入ってくれ。話はそれからしよう」
アベルは脱力したマリンに肩を貸しながら、開けられた扉の先へと彼らを促すのだった。
「で? その子が例のアルラウネ?」
一通りこれまでの話とシルヴィの自己紹介を済ませた。内容は先程ジールに話したものとさほど変わらない。しかし彼女にとってアルラウネは危険な魔物。彼女を受け入れてくれるかどうか心配だった。
が、
「とっても可愛いじゃな〜い!!」
「ヒャッ!?」
豊満な胸でシルヴィの顔を埋めるように抱きついた。まるで買ったばかりのフワフワしたぬいぐるみでも抱くように。声にならない声を上げるシルヴィ。百合百合しい空間がすぐに出来上がった。
「もう!ルカ君ったら〜! こんなに可愛いなら先に言ってほしかったわ〜!」
(離れた方がいいって言ったのはどこの誰なんだか)
シルヴィの容姿を知る前と後の態度の違いに雲泥の差があった。恐らくこの人の物事の価値基準は「可愛さ」なのだろう。そうとしか見えない。
しかしながらシルヴィも心地悪く思っていないようだ。最初のうちは流石に拒絶する動きを見せていたが、いつのまにかピタリと止まって甘えた表情になっていた。彼女にとってそこは高級枕のような心地良さがあるのだろう。
「なんか…騒がしくてごめんね」
「いえいえ…シルヴィもあんな表情ですし」
困った顔で笑う二人。アベルもマリンのことなので予想はついていたそうだ。彼らには共通点がある。マリンに振り回されるという共通点が。
「でも、迷宮の最下層に館があったとはね、僕も知らなかったよ」
博識なアベルでもわからないことはあったようだ。特に迷宮については最奥に到達した者はいないので知り得ないのだ。魔人ミスティアも伝説の存在なので、遭遇したことに驚きを隠せなかった。
「伝記とかにも載ってないんですかね?」
「たぶんだけど、当時の王に反逆した人物っていう扱いになるだろうから、伝記にはなっていないんじゃないかな」
アベルの説明に納得したルーカス。たしかに権力者に刃向かった
「アベルさんは王国について知っていることはありますか?」
「うーん……恐らくその王国っていうのは【ベドニア王国】を指すんじゃないかな」
【ベドニア王国】というのはこの大陸の西側にあった王国である。アベルの知識によれば二百年ぐらい前の王国で良い噂は聞かず、王の悪政によって滅んだそうだ。
ヘルメスの事件が起こったのと大体同じ時なので候補としては有力ではあるうえ、悪政で滅ぶくらいに酷い王なら話に聞いた王と重なる可能性が高い。
ちなみに、現在そこには教会が管轄している【祈りの塔】がある。
ヘルメス事件の推測が飛び交う中、ふとマリンがこんなことを言い出した。
「そうだわ! 二人ともしばらく家に泊まっていったら? 空き部屋があるの」
「えっ!? いや、工房の部屋があるので……」
「遠慮なんかしないで良いのよ! ルカ君と私の仲でしょ?」
やけにグイグイと推奨するマリン。その目はキラキラと輝いていた。話を中断してアベルも賛同。
「それに、工房だとルカ君がよくてもシルヴィちゃんはよくないと思うの。フカフカのベッドで寝たいでしょ?」
言外にルーカスが使っている部屋では狭いだろうと伝えた。たしかにあの部屋は彼一人だけならスペースは足りる。しかしシルヴィが入るとなると窮屈だろう。おまけに彼の寝床は粗雑なものである。
それに比べれば二人で使うには十分な広さとフカフカのベッドが付いた方が良いだろう。しかもこれを無償で提供してくれるのだ。なるほど後者を断る理由が見つからない。
本当に商売上手な人である。彼はお言葉に甘えることにした。
その後、ルーカス達は財宝の換金のため冒険者ギルドに赴き、マリンの家で夕食を摂りワイワイと話をした。特にマリンはルーカスとシルヴィの関係が気になって質問攻めしてきた。最初からこれが狙いだったのだろう。どうりで目を輝かせていたわけだ。
充実した時間を過ごし、あっという間に静かな夜になってしまった。フクロウの鳴き声が響く闇の中、小さな発光石の光が彼らを照らしている。
少女はベッドに腰掛けて、少年は椅子に座って、今日のことを話し合っていた。
「マリンさん良い人だった。おまけにおっぱいも大きかった」
「あはは、気持ちよさそうにしてたねシルヴィ」
率直な感想を述べたシルヴィは内心恥ずかしく思ったが、もはや隠すまでもないと開き直って話を続けた。
「ルカは……おっきいほうがいい?」
少しだけはにかんだ顔で聞く。何の話か。恐らくそういうことだろう。男にとって角が立つ質問。イエスと言えば白い目で見られ、ノーと言えば同じく白い目。曖昧にすれば逃げ扱いになりジト目を向けられる。どの方向に答えても良い反応をされない悪魔の質問。
その答えはいかに……
「いや、そもそも興味がない、かな」
「興味ないって……」
彼女は曖昧にされたことにしょんぼりしてしまった。はっきりさせたかった。そういう人が好きなのかそうでないのか。しかし、彼は告白した。
「実はさ……研究に熱が入って女性のこととか気にしなかった時期があったんだ」
「…え?」
「魔道具を作るのに夢中になっちゃってね……」
彼も容姿は悪くはないし、言ってしまえばモテる。しかし当時は研究に夢中で、プロポーズしてきた女性を冷たくあしらってしまったことがあった。その結果として、
「マリンさんにこっぴどく叱られたんだ。雑な扱いするなー! 相手の子の気持ち考えろー!って」
ついでに
「でもね、シルヴィと初めて会ったときはなんだかドキッとしていたんだ」
だからこそ、彼女との出会いはとてつもない印象が残っていた。今まで感じたことのない胸の高ぶりを感じた。そして悟った。これが恋なのだと。
「……それって私が素っ裸だったからじゃない?」
「いや、一部はあったかもしれないけどそういう感情だけじゃなくてさ」
そこは否定しない姿勢を見せた。だが単純に言えば惚れたということだ。魅力のある人に出会った瞬間だったのだ。
「好きだって思ったんだ」
「ルカ……」
林檎のように真っ赤に染まる少女の顔。何故だろうか。窓は開いているのに、甘い空気は部屋から漏れることがないのは。何を思ったのかシルヴィは立ち上がり———冷たい夜風が彼女に吹いた。
ハッと我に返るシルヴィ。冷たい風が火照った顔の温度を下げたのだ。彼女は自覚していた。この空気に便乗して普段はしないような恥ずかしいことをしようとしたことを。
「よ、夜も更けてきたから、もう寝るね」
「うん、おやすみ。いい夢を」
その場で誤魔化してベッドに潜り込む。しかし、彼の言葉がよほど嬉しかったのか微笑みながら床に就くのだった。
その一方、ルーカスは寝床に入ったシルヴィを横目に机に置かれた布袋を見て、
「使い道……か……」
中の金について一人悩むのだった。
………
おまけ
時は彼らが甘いお話をしていた頃、一人の人物が荒い息をしながら扉の隙間を覗いていた。
「ハァ〜ルカ君ったら大胆ね〜シルヴィちゃんもあんなに顔赤くしちゃって〜」
覗き魔の正体はマリンであった。人の恋愛にはなるべく手を出さない主義なのだが……あの何人も振ってきた彼が彼女を連れてきたのだ、覗いてみたくなったのだろう。
ただちょっとアレな部分があるのだが……
「まさかこのままベッドイン!しちゃ———」
「ハァ……何やってるんだか。部屋に戻るよ」
ため息をつきながらマリンを咎めたのはアベル。どうしても治らない悪癖に半ば呆れながらも彼女の後ろ襟を引っ張っていく。
「もうアベルったら、いいところだったのに!」
「いい歳してやることじゃないだろ。邪魔しちゃダメだよ」
そんなやりとりを小声でしながら、無駄に精密な防音魔法を駆使して自分達の部屋に戻っていくのだった。
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