クールビューティーな東堂さんはほんとは○○○○で、私は●●●。

木元宗

第1話


 学年一のクールビューティーこと東堂小都さとさんは、成績は常に上位な上にうちのクラスの委員長も務めるような完璧な子だ。


 そんな東堂さんが放課後の教室のドアの前で、いつものようにそれは凛とした雰囲気を纏い立っていた。


 居残り勉強をしていた私は、何故部活には入っていない彼女がこんな所にいるのだろうとぽかんとしている。


 東堂さんはサラッとしたロングヘアを靡かせると、相手によっては委縮させかねないような、芯の強さが滲む声で言った。


「ん。贄川にえかわ。明日の小テスト対策とは抜かりないな」


 確認もせず私の居残りの理由を把握された。


 流石は東堂さん。確かにノートや教科書は広げているから勉強をしているのはその距離からでも分かるけれど、まさか内容まで見抜くなんて。


 さっきまで周りに誰もいなかったからリラックスしていた私は、東堂さんの登場により気が引き締まる。危ない。彼女がやって来るのが鼻歌を歌う間際でよかった。もう脳内では選曲が終盤に差し掛かっていて、国歌か、ドイツのハードロックバンドかの二択で熱い議論が交わされていた所だったのだ。


 後者は激しい曲なので歌うと息切れを起こし勉強が出来る状態じゃなくなるという理由で押され気味だったが、国歌なんてトロいし内容の意味が分からないし気分が上がるような歌じゃない。そもそも苔がどうたらだの陰湿でダサいとの意見も強かった。


 そんな胸中は絶対に悟られまいと、ショートヘアの左サイドを耳にかけながら苦笑する。


「何だ東堂さん。誰かと思った」


 びっくりしたのは事実だ。


 完璧に隠せたようで、何も気付いていない東堂さんは教室に入って来る。


「いや、済まなかった。集中を切ってしまって」


 近付いて来る彼女に見つかるまいと、ノートの端に書いた「ハードロックか国歌」という鼻歌候補を布製ペンケースで隠した。


「いいよ別に。生徒が教室に出入りするのは当たり前なんだし。何か忘れ物?」


 もしこの馬鹿げた脳内会議がバレたら気が触れる。まして相手は東堂さんだ。冗談が効くのか怪しいラインの人なので、どう周囲に伝わるか分からない。


 東堂さんは足元に鞄を置くと、右半身を向ける姿勢で私の前の席に着き、長い脚を組みながら身を乗り出して来る。


「いや、落とし物だ」


「ん、それは大変」


 急に身を乗り出すからペンケースの位置もズレかかっていて大変。「ハードロックか国歌」の、「か国歌」の部分が露出してしまっている。日本史か音楽の授業のメモと言えばまだ通せそうか。明日の小テストは数学だし、選択科目に属している音楽は取ってないけれど。


 さりげなくペンケースの位置を戻しながら尋ねる。


「何を落としたの? 落とした場所の心当たりとかは……」


「いや、いいんだ。もう手は尽くしてある。それより頼みがあるんだが、聞いてくれないか」


「わ、私に?」


 だから身を乗り出さないでペンケースの位置がまたズレた。今度は「ハードロッ」の部分が覗いている。これを誤魔化すのはキツい。同性とは言えそう近付かれたらドキッともするし。


 いや然し、この東堂さんが頼み事とは何だろうか。クラスでの様子を見ていても、落とし物をしたり人を頼る所なんて、見た事が無いけれど……。何せ東堂さんとは頭はいいし、委員長も任されるぐらいのしっかり者だ。


 堪らず仰け反っている私に、東堂さんは真剣に告げた。


「家の鍵を落とした。お兄ちゃんが迎えに来る間、話し相手になってくれないか」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「……えぇ?」


 つい、沈黙に耐えられなくなって声を漏らす。


 いや、狡いでしょうそれは。


 クールビューティーで頭もよくて、委員長もこなせるぐらいのしっかり者があなたのキャラクターでしょうが。それが家の鍵を落とした上に“お兄ちゃん”って。突っ込まざるを得ないでしょうそれは。その頼みを聞くか聞かないかは別として、リアクションを取らずにその内容を受け取れる人間が、この学年にいると本気で思う?


 という怒涛の突っ込みが脳内に溢れるも、その東堂さんのあんまりな言葉の内容に動揺してしまい、声に出来ない。


「いや……。あの、それはさあ……」


 東堂さんは突然私の机に両手を着くと、額をぶつけるぐらい深く頭を下げた。


「頼むよ贄川にえかわ! 鍵を探し回ってる内にこんな時間になって、もうお前しか知り合いが残ってないんだ!」


「あのそこまでされなくても付き合うからやめてくれない!?」


 武士のような潔さと勢いで土下座紛いのポーズを取る東堂さんから、テーブルクロス引き宜しく教科書とノートを引き抜いた。鼻歌候補という機密文書を死守した代償に、取り零したペンケースがあらぬ方向へ吹っ飛び床へ叩き付けられる。


「済まない!! ありがとう!!」


うるさいよ!」


 そのままの姿勢で叫ぶ東堂さんへ、ペンケースを拾いに行っていた私は怒鳴り返した。


 ……確かに窓の向こうでは空がオレンジ色になっているし、こんな時間まで残ってる生徒は限られてるけれど。


 呆れ顔になった私は教科書とノートを抱えたまま、ペンケースを拾うと東堂さんを見る。


「……そこまで思い詰めなくても、時間を潰す方法なんて幾らでもあるじゃない。その辺でスマホいじるとか、図書室で本読むとか」


 まだ顔を上げない東堂さん。


「……一人だと、ここまで探し回って鍵が見つからなかった事を考えて落ち込んでしまう……」


「…………」


 その余りにも情け無い声と内容に、つい同情の目を向ける。


 確かにしっかりした人なのは事実だから、彼女の中では家の鍵を落としたというミスが、スリップダメージを伴う致命傷になっているらしい。ミス自体の経験が乏しいだろうから、ミスをしたという事自体が既に、結構なダメージなのだろう。その上内容が家の鍵を落とすという、しっかり者がしそうにも無いものだ。プライドがズタズタにされたらしい。あくまで鍵を落としただけだし、別に誰でも経験する事だが。


 というかそんな状態で凛として現れたのは大したものである。格好を付けていたのでは無く、それが彼女の気質だからだろうが、落差が酷過ひどすぎて別人に錯覚する。普通高校生は家の鍵を落としたぐらいで、泣きそうになったりしない。そんな事で半ベソをかくのも幼児までだ。


 つい、浅く溜め息をつきながら席に戻ると、教科書とノートを広げながら苦笑する。


「……いいよ。ちょっとお喋りするぐらい。どうせ家でも勉強するんだから」


 顔を上げた東堂さんは、申し訳無さからか子犬みたいにしゅんとしている。


「……本当か?」


「うん。丁度ちょうど集中力も切れかかってた所だし」


 鼻歌について真剣に考え始めていた時点でもう、そういう事である。


 ……これは帰宅後の勉強中に、「クールビューティーな東堂さんはほんとはポンコツ」と書いてしまうかもしれないな。


 つい微笑んでしまうその時だった。


「? 贄川にえかわ。このノートの『ハードロックか国歌』って何だ? お前軽音部じゃないし、私選択科目は音楽取ってるけれど、お前取ってないだろ?」


 見つかるのは当然である。


 だって先に教科書とノートを広げている上に、機密文書を隠すべきペンケースはまだ、私の手の中にあるんだから。


 その上私とはこの通り、考えている事を書き留める癖がある。つまりノートの隅には、どうでもいいが見られるのは何となく恥ずかしい文言が、つまりは機密文書がひしめいている。最新の文書以外は今更見られても、当時の記憶が薄らいでいるので大して気にならないが。


 私だって小テストの為に一人で居残り勉強するような性質から、東堂さん程では無いが周囲にストイックな優等生という幻想を持たれているし、実際に東堂さん以上の成績も持っている。そう、だ。


 つまり彼女も私の事を、超勉強の出来る子と認識しているに違いない。まして居残り勉強の現場を目撃された直後だ。噂通り本当にストイックなんだー。とか考えているに違い無い。こんな時間まで居残り勉強をしている事については何ら触れて来なかったし、贄川なら当たり前かと既にあのタイミングで納得していたのだろう。恐らくあの距離から勉強内容を見抜いたのも、明日の時間割を参照したのだ。なんて賢さの無駄遣い。


 そしてこれらの条件が揃った上での、「ハードロックか国歌」という、機密文書の漏洩。そしてこの状況では、過去の機密文書を見られるのも……。大して気にならないとは、決して言えない。だってどんな姿でも東堂さんは東堂さんだし、彼女が冗談が効く人なのかは、未だ明かされていないのだから。


 まずい。顔が熱い。本当に恥ずかしくなって来た。このままでは、私が絶対に知られたくない秘密さえバレかねない……!


「ふふっ。何だこれ? 『たこ焼きはハゲ』とかも書いてる。……ふふっ、あっはは! 『だつぜい農場』って何だよ! お前もしかして、それだけ真面目なくせに授業中もこんな事書いてるんじゃ」


 よっぽど面白いのかクラスの誰も見た事無いような無邪気な笑みを見せる東堂さんの鼻に、ペンケースを握り締めた右ストレートを放って黙らせた。


 その一撃は、私がコメディのような思考を併せ持つ元ヤンである事を、学年中に周知させるきっかけとなる。



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クールビューティーな東堂さんはほんとは○○○○で、私は●●●。 木元宗 @go-rudennbatto

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