哀愁

katsumi1979

第1話

「お父さんただいまー!」


いつものように元気に娘が帰宅する。


「お帰り、さち今日は早いんだね」

「うん、そそお父さん私この前受けたテスト90点だったよ!」


俺はそんな笑顔で俺に報告をしたきた幸を精一杯褒めた。

幸は何事にも努力を惜しまない元気な子に育ってくれたみたいだ。

今どきの子に比べれば俺は幸せな子に恵まれたんじゃないかと思うくらいだ。


「お父さんあのね・・・」


幸は学校の出来事についてもよく俺に語ってくれる。幸の話を聞いていると

夕方になる事もあり、気がついたら夕食を逃すこともたびたびある。

俺と幸は家族のコミュニケーションをそれほど大事にしているということだ。


「ほら、そろそろ食べるよ」


俺が先に作っておいた夕食を2人で食べることになった。


「それじゃ、いただきます!」


2人で手をあわせ感謝の気持ちを込めて夕食を食べることになった。

思えば幸はもう16歳、普通の年頃の女の子ならアクセサリーや他にも

いろいろとオシャレもしたい時期でもある。でも幸は俺に一度たりとも

ねだったりはしなかった。家の事情を考えてのことだろうか?


「なぁ、幸お前欲しいものとかはないのか?」

「何もいらないよ」

「なんで・・・アクセサリーとか身につけたくないのか?」

「いいの。私はこうやって毎日、お父さんと話して食卓を囲えること。

それだけでいいの」

「くっ・・・お前ってやつは本当に泣かせるやつだ」


俺は幸のその言葉に心打たれた。


「お父さん、私がこういう話をするといっつも泣くんだから。もう涙もろいなぁ」

「いいんだよ! こういう話はいつ聞いたって泣けるもんなんだよ」

 

そして夜も更けて行き、それぞれ時間が来たら寝ることにした。


「お父さん、おやすみ」

「ああ、おやすみ幸」

幸が寝たあと俺も寝ることにした。


◆◆◆


次の日、幸は朝早くからバイトへ行き、俺は工事現場の仕事へ出かけることにした。もちろんバイトなんてものはやらせたくなかった。

苦労するのは俺一人だけでいいからだ。でも幸はこれも社会勉強になるからといい俺はバイトを許可した。実際の話、幸がバイトやり始めてから生活は安定している。

でも本当はやらせたくなかった。幸は体力だってそんなあるほうじゃないのに

雨の日も雪の日も、休まず幸はバイトに行っている。

自分にもっと社会的に地位があれば、幸をこんな目に遭わせずにすんだのに・・・。そんな自分を悔やむこともある。

でも今は幸がいるから俺も頑張れる。

 

仕事から終わると俺は家に帰った。幸はまだ帰っていない様子だ。ちょっと

帰ってくるのが早かったみたいだ。学校からまだ帰ってきてないのかな今日は部活はないと言っていたんだけど。

しばらくするとドアの向こうからノックしてきた。


「おおー何だ幸、開いているぞ!」


ところが何度もノックは続いた。俺は仕方なしにでることにした。そしてそこには若い30代なかばくらいの男性の姿がそこにいた。


「あの・・・どちら様でしょうか?」

「お宅の娘さん、近くの公園で気を失っているのを発見しましてね」


幸のその姿は傷だらけになっており、俺は幸を運びすぐさま手当をし、

布団に寝かせた。どうやら帰り道、自転車とぶつかり怪我をしたらしい。

男も部屋に上がらせお茶をだし、礼を言うことにした。


「あ・・・ありがとうございます」

「いえ、当然の事したまでです」

俺はその男に頭を下げ何度も礼をした。すると男はおもむろに口を開く


「実は私は小沢と申します」


すると突然小沢と名乗るその男は名刺をだし、俺にみせた。小沢はある企業の社長らしい。


「それで私にどんなご用件で?」

と、俺が尋ねると


「単刀直入に申し上げます。私の娘、絵里を返して頂けないでしょうか」

と、小沢は言った。


「娘って・・・」

「あなたが言っている幸です」


そう小沢は答えた。


「!!!! 何を証拠にそんなことを言っているんだ!」


俺は小沢に怒鳴った。


「申し訳ございませんが、その事についてはすでに調べさせて頂きました。

ある探偵に私が依頼したのです。調査期間はかなり長く及びましたが先日ようやく居場所を突き止めたというわけです」


俺は黙ってその男の話を聞いた。なぜ娘を捨てた理由も俺は聞かされた。

小沢は昔、結婚した当初お金がなく、妻も子供の面倒もろくに見ず、

そして小沢自身も女遊びが激しく赤ん坊が邪魔になり、近くの公園に

捨ててしまったという。

そして十数年後、自分は社長にまで昇格し上場会社にまで育てた。お金も余裕ができ、女遊びもなくなり、今頃になって娘を捨てた後悔を断ち切ろうと考え直したという。なんて勝手なやつなんだと俺は思った・・・。


「・・・もちろん、今までの娘の養育費はあなたにお支払いします。それでは今日はこの辺で失礼します」


そう言い残し、小沢は去って行った。


◆◆◆


そう・・・。俺と幸は本当の父娘おやこではない。でも実の親以上に愛情を

注いできたつもりだ。俺は16年前、浮浪者生活を送っていた。しかしある日

捨て子の赤ん坊を発見し、俺はその赤ん坊と触れ合うたび俺の中で

人生を再びやり直す決意が固まった。

俺が幸とあの時、出会っていなければ、あのまま浮浪者で終わっていたのかもしれない。俺にとって幸は生き甲斐だ。今更、誰にも渡せられない!

 

すると、幸の様子を見るとすごく苦しい表情をし、口から血を流しているのを発見した。


「幸!!」


俺は慌てて救急車を呼び、幸を病院に連れていった。


そして医師が手術室から姿を現し、幸がまた吐血し始めたらしく急遽、輸血を余儀なくされた。俺が輸血を願い出たところ、なんと幸の血液型はRhマイナスB型という。

病院に輸血用のものが届くまでかなりの時間がかかるそうだ。一刻を争うとき、このままでは幸が死んでしまう。俺は知人に学校関係や職場関係と連絡を取ってみた。しかしそのような血液型の人は誰もいなかった。当てがもういないのか幸は助からないのか・・・。と困ったその矢先だった。一人の男が浮かんできた。

小沢という男だった。彼なら幸を助けることは出来るかもしれない・・・。

しかし、そんなことをしてしまえば俺は彼から幸を奪われる!

そんな苦しみは俺は絶えられない・・・。


「お父さん、当てがあるのですか?!」


先生がそう俺に言ったが俺は黙った。


「一刻も争うときです。このままでは幸ちゃんが!」


先生にそう言われ、俺は懐にある名刺を取り出し思い切って連絡した。

そして数分後、小沢は現れた。


「ありがとうございますこの血で助かるなら!」

 

小沢そう言い、そして幸は間一髪のところで助かった。


病室では幸はまだ眠っている。きっと麻酔が効いているからであろう。


「ありがとう! あなたが連絡していなかったら絵里は救われなかった」


「絵里・・・?」


先生がそう言うと、俺は先生に事の経緯を説明した。先生は険しい表情を浮かべ

黙った。そして俺は


「でも俺は渡さない! 幸は俺の生き甲斐なんだ!」


俺は幸を引き渡すのだけは思いとどまった。


「私はあなたのことを命の恩人だと思っています。私の娘を2度も救って

下さったのですから、いえそれ以上です」


それでも、俺は幸を諦められなかった。すると小沢は俺に養育費としてこの先一生遊んで暮らしても大丈夫なような金額を提示し小切手で手渡しされた。小沢は涙を流しながらこう言った。


「もし・・・娘のこと本気でしあわせを願うのならあなたは私の娘から手を引いて頂いたい」


俺はその小切手を握りしめ、病室から出た。

数時間ほどだろうか・・・俺は病室の外で長椅子に座り、幸について考えた。

彼の言うとおり幸のことを本気で思うのなら俺は・・・。

すると先生から幸が目覚めたことを俺に報告がきた。


「お父さん、どこ行っていたの?」

と、心配そうに幸は言った。


「ちょっとな・・・」

「私、さっきねお医者さんから3日後には退院できるって言われたよ」

「そうか、良かったな」

「これで私もまたお父さんと一緒に暮らせるね」


幸にそう言われ、溢れる涙をぐっと我慢し幸に言った。


「お前とはもう暮らせないんだ」

「なんで、どうして?!」

「そこにいる人がお前の本当の父親だからだ!」

「この人が・・・私の本当の父親・・・?」

「そうだ! だから、お前とは今後一切、会わない! 見ろ、お金だって

こんなに貰えたんだ! 一生遊んで暮らせる!」

「お父さん・・・それが・・・それが私の金額なの?」

今にも泣きそうな声で幸は言った。

「どうなのお父さん?」

幸は俺にそう言った。

「うるさい! お前みたいなお荷物がいなくなってこっちはせいせいしてるんだ!

残りの人生はこのもらったお金で楽しく過ごしてやるさ!」

「う・・・嘘だよねお父さん? お父さん・・・」

「邪魔なんだよお前みたいなガキは!」

俺はそう幸に言い残し、病室から出ていった。

 

その後の俺は自分のアパートを片づけ、昔の浮浪者生活に逆戻りになった。

小切手は破り捨て、俺はもうこれからは誰も身寄りのない人生を

歩む事になろう。だが、俺は幸と出会えて良かったと思っている。

幸のおかげで人生のやり直しができたんだから・・・。

ありがとう、幸・・・。

そしてさようなら・・・。


◆◆◆


幸はそれからアパートへ向かった。しかし、もうかつての育ての父の姿はいなかった。幸は本当の父親には引き取られたものの幸自身その幸せは感じ取られなかった。絆というものが、ある日突然引き裂かれるというのは、とてつもなく苦しくて痛いものだ。


幸は探した必死に探した。でも育ての父を見つける事は出来なかった。

そして幸は高校、大学まで進学することができた。しかし育ての父の事は忘れなかった。必ずどこかにいると信じていたからだ。

幸が20歳過ぎて実の父親である小沢にそう言った。


「私、おとうさんに会いたい! どこにいるの?」

「まだお前はそんなこと言ってるのか?!」

「私はもう大人!どうしようと、私がしたいようにしたい! どこにいるか教えて!」

「もう勝手にしろ! だけど、どこにいるかは正確な場所までは分からない。ただ浮浪者になっている。それだけだ」

「おとうさん、おとうさん!」


幸は家を出ていき、育ての父をひたすらに探した。でもあまりにも当てもなくあれから月日も流れているため、全く見当もつかなかった。

ふと思い出した。もう一度あのアパートへ行こうと幸は決意した。


しかし、いなかった。幸は浮浪者に声をかけることに決めた。

「すみませんこの辺でこの人を見ませんでしたか?」

それは1枚の写真である。だいぶ古いし月日が流れているため、正直なところ分かりずらい手掛かりではあるが、今の幸にはこれしか手掛かりがなかった。

「いや、しらねぇな」


答えはそれしかなかった。でも幸はあきらめなかった必死で探した。

何日も何日も、雨の日も雨具を着ては必死で探した。

するとある日、見覚えのある後ろ姿が見えた。


「おとうさん!!!」

振り向きざまにその顔が見えた。そう幸を育てた父だった。

「幸!!!!」

「うぁぁぁぁぁん!!!おとうさん!!!!」

幸は会えたのだ。


「お前、なぜここが?!」

「おとうさん探したんだよ!おとうさん! おとうさん!」

「おまえのおとうさんは・・・・」

「でも私にとってのおとうさんは、おとうさんだけだよ!」

「幸・・・・お前ってやつは・・・」

「おとうさん、住もう。また一緒に住もう」

「しかし・・・私は・・・」

「いいの。もう私のしたいように生きたいの。私のしたいことはおとうさんと一緒に住むことそれがいいの」

「でも小沢さんはなんと・・・」

「勝手にしろだって」

「でもそれじゃあ小沢さんはまた来るんじゃないか?」

「おとうさん私ね、あれからはお金はあったかもしれない。そのおかげで高校にも大学にも行けた。でも、お金があることだけの家庭でしかなかった。私は満たされなかった。だからもう一度おとうさんと住んでまたあの頃のようにやりたいの!」

「幸・・・俺といたら後悔するぞ」

「しないもん絶対!」


それから幸は幸なりの最高のしあわせを手に入れた。育ての父もまた浮浪者をやめて、働きに出て狭いアパートだけれどもまた二人は住むことになった。

一方小沢は幸がそれを望むなら、という事で幸をもうしばりつける事はなくなった。幸がやがて結婚相手を見つけるようになり、結婚式の準備はすべて小沢の手によって準備された。もちろんヴァージンロードを一緒に歩いたのは育ての父だった。

その時の幸の笑みは最高だったという。


「幸があそこまで笑みを出せたのはあなたのおかげです。私にはどんなにお金を与え自由を与えても幸が笑うことなくできなかった。謹んで感謝申し上げます」

と、小沢は言った。幸は本当にいい子だ。家族もまた素晴らしい。幸はそれからも何かあるときは相談し、今度は孫の世話をするようにもなった。幸がいなかったら俺は一生浮浪者人生で終わっていた。それだけは確実だ。

ありがとう幸・・・。








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