コンビニに寄ったら魔王と勇者がいた

砂塔ろうか

コンビニに寄ったら魔王と勇者がいた

 バイト先からの帰り道。

 根杉ねすぎは暗い夜道を歩いていた。

 人の姿はない。

 凸凹としたアスファルトの道を通って、少し外れたところにある、ぽつんと佇むコンビニへ。

 自動ドアを抜ければ、やる気のない店員の挨拶と聞いたこともない名前のバンドが歌うパッション10割のJ-POPが歓迎する。いつもの光景だ。

 そこに、


「魔王ッ! 今日こそは貴様を討つ!」

「ハハハハハ! やれるものかよ! 腰抜け勇者風情が!」


 ——そこに、勇者と魔王がいた。

 勇者はいかにも「ファンタジー世界から飛び出してきました」といった感じの格好をしており、やたらと値の張りそうな剣を構えている。

 魔王は露出が少し多めの……というかほぼ裸マントの褐色ロリである。謎の光を装備しているため、公然わいせつ罪や迷惑防止条例、軽犯罪法などにはギリギリ抵触しなさそうだ。


 勇者と魔王はレジカウンター前のホットスナック棚の前で向かい合っている。ちらとその横を見ると、根杉と同じくこの時間によくこのコンビニを利用する頭髪の涼しげなサラリーマンが迷惑そうな顔をしていた。

 いつまでも勇者と魔王がどかないからホットスナックの棚がよく見えないらしい。

 根杉は顔馴染みの店員に事情を尋ねた。


「え? ああ、今日知ったことなんですけど、ウチって魔王城だったんですって」

「魔王城」

「ほら、このコンビニって他じゃ見ないような独特の商品扱ってるでしょう? 一個食べると3ヶ月はお腹が空かないで済む寄生虫の卵パックとか、悪堕ち体験キットとか、日光完全遮断クリームとか、ワイバーンの唐揚げとか、どんな温度でも液体のままのスライムの精製水とか、サキュバスになれるピルとか…………」

「ああ。なんか明らかにこの世界の科学レベル越えてるなと思ってたら、異世界由来のブツだったんだ」

「今日気付いたんですけどね、この飲み物」

 店員が一本のペットボトルを見せる。ラベルには見慣れたトクホのマーク。

「これ、よーく見たらトクホじゃないんですよ。この人のとこ、頭に二本の角が生えてる」

「ほんとだ。しかも『魔開発部長許可・特定洗脳用食品』て書いてある……この店、よく今まで営業できたね?」

「立地が悪すぎて巡回の警官すら来ないのが奏功したんでしょうね。都の抜き打ちチェックは何回か食らいましたが悪堕ち体験キットのおかげでなんとかできましたし」

「それ立地の悪さ関係なくない? ていうか都の職員の人たち悪堕ちしたの?」

「あれ以来お客が少しではありますが増えましてね。ほら、あそこの人なんて抜き打ちチェックに来た人たちの中で一番偉い人ですよ」


 店員が指差す先には頭の涼しげなサラリーマンの男性がいた。かごの中には『メスニナール』と書かれた薬と『触手服』とプリントされた袋……見なかったことにしよう。


「……………………のう。ところで貴様ら、なぜこんなにも淡々としておるのだ?」

 痺れを切らしたようにロリ魔王が視線を根杉たちの方へ向けてきた。

「余所見とはいい度胸だな! 魔王!」

「貴様はおかしいと思わんのか勇者よ! この! 異世界の一般人がいる前で我々の永き戦いに決着をつけることに、違和感はないのか!?」

「ここは魔王城だろうが!!」

「いや、それはそう……なんだが! 勇者よ、貴様はもう少し周りを見ろ! どう考えてもいるじゃろ……! 無関係なギャラリーが!」

「いや僕ら魔王様に雇用されてる労働者と、魔王様の店の客なんで無関係とは言えないんじゃないっスかね」

「バイトは黙っとれ!」

「くっ……俺の見てる前でパワーハラスメントとはな! 覚悟しろ!」


 勇者が裂帛の気合いと共に剣を振り下ろす。剣は光をまとい、聖なる軌跡を描いた。

「馬鹿者! 時と場所と場合を——TPOを考えろ! せめてマイナーバンドのよくわからんJ-POPが流れとるところで決着をつけようとするなァァァ!」

 魔王が手を真一文字に振り払う。生じるは闇を纏いし突風。

 聖なる光の斬撃と邪なる闇の突風が衝突するさまは、さながら天地の開闢のようであった。

 しかし流石は魔王城である。天地開闢のごときエネルギーのぶつかり合いが生じようとも、吹き飛んだのは都の職員のかつらだけ。レジカウンターはもちろん、棚に並んだ商品でさえ、じっとその場にしがみ付いている。脚や手を生やして、文字通りに。


(——なんて凄まじい力! もしこれが外に漏れたら、都心が壊滅して富士山は噴火して太陽は超新星爆発を起こしかねない……!)


 いくつもの修羅場を耐えてきた根杉もこの純粋な力には押し負けかけていた。

 ぶつかり合う力は凄まじいもので、とうとう極小のビッグバンを起こすに至っていた。星が生まれ、銀河をかたちづくり、やがて生まれた文明は宇宙船を生み出し、宇宙の外側へと進出を果たす————すなわち、この魔王城へと。


 同時、勇者と魔王の衝突により発生したエネルギーのすべてを奪い、極小宇宙から一隻の宇宙船が出現した。サイズは魔王のウエストと同じくらい。細く、そして小さい。

 だが、その小さな船には都心を壊滅させるに十分な力を有している。


 船は言葉を発した。


『我々は、この外宇宙への移住を希望する。我々の世界の消滅が観測され、そしてそれは悲しくも現実のものとなってしまった。ゆえに、我々は、移住を希望する』


 勇者と魔王の力のぶつかり合いは既に止まっていた。ゆえに、極小の宇宙もいずこかへ霧散した。

 船は、続けて述べた。


『もし移住を呑んでいただけないのであれば————我々の世界消滅爆弾で我々ごとこの世界に心中していただく』


 店内に流れるJ-POPがシャウトした。


『NO! NO! NO! 心中なんてドント来い! 脅迫にはDon't Cry!』


『承知した。この世界を消滅させる』


「やめろォォォォォ——!!!!! よく分からんJ-POPのよく分からんラップパートを返答と受け取るなァァァァ!!!!!」


 魔王の絶叫虚しく——その時。この場にいた全ての生命が目撃することになった。

 時空の歪むさまを。世界が、ロリ魔王のほっそりとした腹ほどの厚みしかない宇宙船に吸い込まれんとするのを。


「おい勇者! 貴様どうするつもりじゃ! 貴様がTPOを弁えないでこんなところで決着をつけようとしたせいでもう滅茶苦茶ではないか——!」


 魔王がホットスナック棚をガンと叩きつけた。ガラスケースが割れ、衝撃にびっくりした温泉スライムが飛び出してくる。温泉スライムはちょうど良い避難場所を求め、輝く頭の公務員の呆然として開かれた口の中へ飛び込んだ。


「……そうだな。子供がこんなにもグレてしまったのは、親であるアタシが腑甲斐ないせいだ…………」


 エプロン姿の勇者がしなを作って言う。抱き抱える腕の中で聖剣の赤ん坊がおぎゃあおぎゃあと泣いていた。


「二人目の子にかまってばかりで、お兄ちゃんをほったらかしにしてしまった…………」

「——いいや。僕も済まなかった。事業を軌道に乗せることばかりを考えて、家庭をないがしろにしてしまった」


 スーツ姿の魔王は勇者に寄り添うようにしながら、悔恨の表情を作る。


「なにが……起きてるんだ……」

 急に常識人ツッコミだったはずの魔王がボケに回ったことに、根杉は驚きを隠せない。

「あれこそが勇者の真骨頂! ”即興劇エチュード”のスキルッ! 勇者の即興劇に呑まれたが最後、誰も配役には逆らえないッ!」

 店員がやたら饒舌に解説を始める。なぜそんなことを一介のバイトが知っているのか、根杉は考えないことにした。

「——そしてッ! 魔王様が服を着ているということは、必殺のアレが来るッ!」


『知るがいい! 自分たちの世界が永久に失われる恐怖を!』

 宇宙船が叫ぶ。だが、スーツ姿の魔王は冷静に、宇宙船に目をやり、

「僕たちの子供の不始末は、僕たちがつけるべきだ。人様に迷惑をかける前に、君を止める」

 左手でネクタイを緩め、右手の中には光の剣。よく見れば、それは先程まで魔王の局部を守っていた謎の光であった。

『はっ。そのちっぽけな剣で何ができる!』

 宇宙船が嘲笑う。しかし、ほどなくして宇宙船に吸い込まれるという形で現出していた世界の歪みは綺麗に消失した。そして、宇宙船からは困惑の声。

『な、なんだ……これは……っ。世界が、謎の光に包まれて真っ白になっている!』

「この光は、空間中に物理実体をもって存在しているのではない。見る者によって、光の位置や大きさは変わる……そして、認識世界において光が満ちた者は、光に呑まれて……この、見る者の数だけ存在する光の世界を彷徨うことになる……どれだけ壊そうと決して壊れない、光の中で——」

『うっ、うわぁあああああああああああああ!!!!!!!』

 恐怖の絶叫が店内にびりびりと響く。魔王が光の剣で宇宙船を薙ぎ払うと、もうそこに宇宙船はなかった。


 そうして、即興劇は終わる。

「……はっ。ワシは一体なにを…………」

「魔王! 今度こそは貴様との戦いに決着をつけるぞ!」

 勇者姿に戻った勇者と裸マントに戻ったロリ魔王が対峙する。その背後では、人の形をとった温泉スライムに赤ん坊のようにあやされる公務員の姿があった。

「はーい❤️ いいこいいこでちゅー❤️」

「ばぶぅっばぶぅっ」


 勇者は一度目を閉じて、……魔王に告げる。


「魔王。この場を俺達の因縁の決着の場とするのは……ひょっとして問題があるんじゃないか?」

「ワシさっきからそう言っとったもん!!」


 そんな魔王と勇者の横。根杉はレジカウンターで支払いをしていた。ペイ○イ♪と軽快な音がして、


「らりあっとしたー」というやる気のない店員の声を背に、店を出る。


 購入したばかりの銀色の缶をプシュっと開けて、一口。弾ける炭酸とレモンの香り。アルコールの味わい。


 ふと見上げれば『魔王城』と書かれた看板が目に入った。


「…………ほんとに魔王城だったんだ」


(了)

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