辞書漫談 ☆KAC20224☆

彩霞

辞書漫談

 すみません、そこのあなた。

 そう、あなたですよ。突然ですが、知っていますか?

「辞書」という名のものには、どれも性格があるということを。

 これがまぁ、それぞれに違うのです。国語辞典、英和辞典、仏和辞典、独和辞典……。それは知っていますよ。って?

 いやいや、そういうことを言いたいのではないのですよ。言語が違うんですから、それは中身が違ってて当然です。

 私が言いたいのは、一口に「国語辞典」といっても中身が全く違うということです。

 それであなたは世の中に、どれくらいの国語辞典があるかご存じで?

 2021年の時点で一般向けの国語辞典を数えると22種類なのですが、それは最新のものを数えただけの数です。今まで出た版数を数えると何倍にもなります。え? それが何冊だって? えーっと……それは数えるのが難しいので、気になる方は自分で調べてもらえますか……すみません。


 はい。それよりも、22種類も国語辞典があるっておかしいって思いません?

 私ね、春になるといっつも辞書のコーナーで困っている高校生を見かけるんですよ。一緒についてきたお母さんにとね、「どれがいいのかしら……」って云々唸っている子たちがいる。だけど、開いたって何がいいのか分かりゃしない。

 字体が違う、とか?

 小口に「あいうえお」があるとか?


 あ、小口に「あいうえお」あるの当たり前と思ったでしょ。違いますからね。

『広辞苑』(第六版)は薄っすら灰色の線が入っているように見えるくらいで、表立った表示はありません。「あいうえお」も書いていませんから、ちょっと不親切です。

 でも、「いいえ。お肌だって白い方がいいでしょ」って、色白が美意識だって言われたら仕方ないですけども。


 あとは、表紙の色とか? 青、赤、白、色々ありますからね。

「ぼくは、赤にする! 応援している野球チームの色なんだよ!」とか、「私は青! 何となくきれいだから」など、好きな色で決めちゃうこともあるかも。


 選び方としてはちょっと違うけど、まぁ、悩む時間があるだけいい。

 中には「早くしなさい!」って急かされちゃって、困っている子もいてね。でも、その子は悩んでいるから、決められなくて困っているわけで、すぐに決められるわけがないんですよ。

 だから彼らがどうやって選ぶのかって言うと、大抵は付いている帯を見て買っちゃう。

「一番売れています!」とか「一番選ばれています」なんて書かれていたら、ついついそれを買っちゃうんですよね。だって、「多くの人が選んでいるんだから、それが一番信頼できるんじゃない?」って。でもね、それは違うんですよ。


 辞書で「的を射る」って言葉引いたことあります?

 よくね、「的を得る」と間違えられるんだけど、これ辞書によって見解が違うんだ。

 例えば『明鏡国語辞典』では「的を得る」は間違いだって書いてある。これは「『当を得る』の混同だ」って。

 だけど、『三省堂国語辞典』では「的を得る」も正しいって書いてある。「『的を射る』『的を得る』ともに戦後に広まった言い方」って言ってて、その上この二つは微妙にニュアンスが違うとまで書いてあるんですよ。

 つまり『三省堂国語辞典』の立場だと、どちらも普通に使っていいということ。

『三省堂国語辞典』は、こういう言葉に対しては中立の立場を取っているし、新しい言葉に対しては寛容。だから改訂すると新語が掲載されていることも多い。それぞれの言葉をきちんと尊重してくれる辞書なんです。


 一方で『新明解国語辞典』は、「的を射る」だけ書いてあって「的を得る」には言及していない。彼の場合、そんなことを語るよりも大事なことあるだろっていう感じ。だってそれよりも、面白い語釈を書く方が重要なんだもの。『新明解国語辞典』の項目に「親父ギャク」ってあるんだけど、知ってます? 引いてみるとこういうことが書いてある。


 ――[おもに中年男性が]気の利いたことを言おうとして発する言葉遊び。多くの場合かえって顰蹙ひんしゅくを買う。


 どうです。言葉遊びですって。顰蹙を買うんですって。

 これなかなか強烈。しかも用例に「部長が強烈な親父ギャクを放った」なんて書いてあってね。これを最初に読んだとき、私は吹き出しちゃいましたよ。

 え、面白くないって? ……まぁ、人によって感性が違うからね。それは仕方ないなぁ。

 国語辞典って、堅苦しい感じするけど『新明解国語辞典』は、ちょっと違う。普段は真面目なのに、突然変なことを真っ直ぐに語るもんだからおかしくてねぇ。面白い語釈を読みたいんなら、『新明解国語辞典』が一番かもしれない。


 そうそう。『岩波国語辞典』も、「的を得る」のことを言及していない。だけどこっちの場合は、「的を得る」というのは市民権を獲得していないって思ってる。

 彼はスンッというか、クールなんだよねぇ。「皆さんが使っていない言葉? それは辞書に載せる必要はありません。新語? はっ、そんなのもってのほかです」って感じ。保守的。全く新しい言葉になんかなびきやしない。

 でも、それは一方で歴史を重んじているってこと。彼には『広辞苑』や『日本国語大辞典』なんていう立派な兄弟がいるから、同じように昔からの言葉を大事にしようとするところがあるんですよ。


 そういえば『岩波国語辞典』の兄貴分である『広辞苑』、使ったことはあります? もし使ったことがなかったら、あなたが思っている以上にドライな性格なんですよ。

 なんでって、中型の辞書だっていうのに、小型の国語辞書よりも一般の言葉が入っていないから。

 だけどおかしいと思いません? 小型の辞書よりも大きいのに、どうして一般の言葉の数が少ないの? って。

『広辞苑』はね、そもそも国語辞典としてではなく百科事典として作られたんです。だから、大体20万語が項目として挙げられていても、その4分の1は自然科学や哲学といった、専門的なことが中心に書かれているんです。

 どうしてそんなことになったかというと、インターネットがない時代の人たちのためにつくられたものだから。今はね、検索すれば何でも分かっちゃう時代だけど、昔はそうじゃなかったから。つまり専門用語とかには強いんだよね。


 さて、ここまで辞書のことを語ってきたけど、どうだったでしょうか。

 辞書の性格、少しでも知ってもらえたら嬉しいです。

 では、またどこかでお会いしましょう!


~・~・~・~・~・~・~


「って、言うのはどうでしょう、店長!」

「今のは……辞書の売り込み?」

「はい!」

「うーん……さんかくかな。うちは明鏡、岩波、三省堂、新明解の他に、新選に旺文社、集英社、それに三省堂も現代新国語辞典を扱うから、説明が足りてないよ。(しかも何で最後に立ち去るんだ?)」

「……」

「おーい、新人?」

「出直してきます!」


(完)

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