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それにしても今日は今までと比べ物にならないほど色々考え込んでしまった。明日は気分転換に散歩にでも行こう。確か商店街のすみに劇場があったから劇でも見よう。夏休みや冬休みにはよくこの辺を歩いた記憶がある。
祖父母の家はもともとお店で、商店街に面した場所にある店舗兼住宅だった。今はもう店を畳んでしまったが幼い頃何度かお客さんが来ているのを見たことがある。祖父母の家には年末年始とお盆休みにしか来ることがないため商店街にどんな店があるか把握できていないが、この商店街はどうやら昔とはかなり変わってしまったと祖母が言っていた。日中でも開いているところを見たことがない店やすぐに入れ替わる店をよく見る。さらに近くに治安の悪そうな路地だってある。しかも商店街は居酒屋が多いせいか昼は人も少なく静かだが夜になると駅に向かう酔っぱらいの声や暴走族のバイクの音が止まない。3時くらいになれば落ち着くけれど。でも私はこの少し都会のような商店街の雰囲気が好きだ。息苦しい田舎のような狭いコミュニティと違って、生きやすい。
明日の散歩中に何かいい出会いがないだろうか。そう簡単に人付き合いは上手くいかないことは知ってるはずなのに期待をしてしまう。もし素晴らしい恋の相手を見つけたとしたらどんな人なのだろう。どんなことを私は考えるのだろう。運命の人が現れたなら、どんなに良いことか。想像もつかない。
そんなことを考えながら眠りについた。
アラームの音と共に目を覚ました。いつもとは少し違うけど見慣れた壁を眺めて布団から出ることにした。薄く白い光が差す部屋の中、布団を畳んで祖父母のいる母家へ向かう。
「おはようおばあちゃん」
「おはよう茜ちゃん。おじいちゃんはあっちでテレビ見てると思うよ。あと少しで朝ごはんできるから待っててね」
「わかった。おじいちゃんに挨拶して顔洗っとく」
祖母に挨拶をして少しだけ会話を交わしたあと、居間にいる祖父に挨拶をしにいく。
「おはようおじいちゃん」
「あぁ、茜か。おはよう、今日も一日勉強か?」
「ううん。今日はちょっと散歩しようかなって」
「そうか。たまには息抜きも必要だもんな」
祖父とはもともとあまり話す方ではなかった。学校を辞めてこっちに来てからはよく話すようにはなったがそれでも祖母と話すことの方が多かった。
顔を洗った後、祖母が作った朝ごはんを食べた。帰省していた時によく食べた焼き鮭と味噌汁とご飯。これを食べると祖母の家に来ていると感じる。こっちの家に来て2週間くらい経ったけれど、気分はなぜか一向に上がらない。まぁ、そんなにすぐ上がるものでもないし考えすぎると悪化するから気にする必要はないだろう。
朝ごはんを食べ終えた後、着替えて髪の毛を整え、家を出た。数分歩いたところに私の目的地である劇場がある。ビルの中にあるようなのでエレベーターに乗ることにした。2階にあれば階段で行こうと思うけれどさすがに4階まで階段で登るのは辛い。少し独特な匂いのする小さなエレベーターに乗り込む。こういうエレベーターはなぜか圧迫感を感じる。4階に着きドアが開くと階段の踊場のような場所に出た。左側にある扉を開けると受付と書かれたカウンターがある少し狭い広間のような場所があった。
大人2000円、高校生以下1200円、未就学児500円。そう書かれた紙が貼ってある。演目は「さくらの花」。
張り紙を見ていたらカウンターの奥の扉から母と同じくらいか、少し若いくらいの年齢の女性が出てきた。
「いらっしゃい。チケット購入?」
「あ、はい。」
金髪ロングで少しプリン状態の髪の人だった。ギャルのような風貌をしているせいか怖く感じる。
「高校生かな?珍しいね平日に来るなんて」
「た、たまたま休みで…」
「そうなんだ〜!チケットは1200円、15時開演だからね。席は自由席だから空いてるとこ座って頂戴」
平日に外出するとよく聞かれる。いつも咄嗟にテキトーなことを言って誤魔化してしまうな、と思いながらトレーに千円札と五百円玉を置く。
「はいじゃあこれチケットと300円のお釣りね」
「ありがとうございます」
お釣りとチケットを渡されて15時まで時間を潰そうと扉に向かおうとしたら人が入ってきた。私と歳の近そうな男の人がこちらに向かって歩いてくる。
「ハル!あんたどこ行ってたの!稽古もう始まってるよ!」
「小道具壊れたから百均行ってた。やっさんに言ったんだけどな…」
ハルと呼ばれた男の人は少し不満そうにカウンターに近づき、ギャルのような女性と話し始めた。少し傷んでいる茶髪に二重でつり目気味な目が不思議な雰囲気を醸し出す。なんだか妙に惹かれる。すると不意にこちらに気づき、驚いたように話しかけてきた。
「あれ、もしかしてお客さん?ここあんま若い人来ないのに珍しいね。初めまして、この劇団で役者やってる斎藤ハルっていいます。今日は楽しんでってね」
「あ、よろしくお願いします…」
「あんた挨拶はいいから早く稽古行きなさい」
はーい、と間伸びした返事をしたハルさんはカウンターの中に入りドアの中に入っていった。
「ごめんね〜息子が騒がしくして」
あ、息子さんなんだ、と少し驚いたような拍子抜けしたような気持ちになったが慌てて返事をする。
「いえ、大丈夫ですよ」
「じゃあ15時までに戻ってきてね」
会釈をして外に出てエレベーターを待つ。来たエレベーターに乗り込んで1階のボタンを押しながらさっきのことを思い出す。それにしても格好良い人だった。役者と言っていたからきっと今日の劇にも出るのだろう。少しだけ踊る胸を押さえながら近くの喫茶店に向かった。
喫茶店で軽食と甘いウインナーコーヒーを頼んで時間を潰し、開演時間前にまた劇場に戻ってきた。扉を開けると会場に入るところに先程の女性がいた。チケットを見せて会場に入る。どうやらそこまで客席は無いようで既に座ってる人が数人いた。
舞台から近過ぎず遠過ぎない場所に座り開演を待つ。
待っている間にもお客さんが入ってきて席は7割近く埋まっていた。周りを見てみるとどうやら年寄りの人が多く私と同年代の人は全く見当たらなかった。たしかにエレベーターの入り口にあるポスターはなんだかデザインがイマイチだしビルの入り口は蛍光灯のような無機質な明かりしか無いからか不気味に感じる。そう考えると地元のよく知っている人しか来ないだろう。ここの商店街の人たちはみんな年寄りだからこの劇場の常連さんが多そうだ。そうこう考えている内に開演時間になったようでアナウンスが流れ、幕が上がる。
友人関係で悩みを持つ『さくら』という女の子が、命を吹き込まれた花と過ごしていく内に関係を直してゆくという話だった。花の役を演じていたのは受付で話したハルさんだった。彼は花を綺麗かつ繊細に表現していて観客みんなを引き込んでいるように感じた。気づけばカーテンコールが流れており閉幕寸前まで集中して観ていた。あまりの素晴らしさに、また来たいなと思いながら席を立った。
広間に出ると先程劇に出ていた役者さん達が観に来ていたお客さんと話している。珍しい劇場もあるものだな、と思いながら扉に向かおうとしたその時
「あ!さっきの女の子!」
彼に呼び止められた。なぜか満面の笑みを浮かべる彼を不思議に思いつつ返事をする。
「はい?」
「今日の演目どうだった?面白かった?」
「すごく良かったです。感動しました」
「ほんとに!?よかった。もしよければもう少し話していかない?あんまり同じくらいの歳の子と話す機会なくてさ」
「まぁ、大丈夫です」
親子だからであろう、受付の女性のように派手な雰囲気を感じるがこの後は予定もないし周りに人もいたため承諾することにした。
少しだけ自己紹介をした後、ハルさんのことを教えてもらった。
ハルさんは今17歳で中学卒業してから母でありここのオーナーであるカエデさんの劇場で役者を始めたらしい。中学の頃から劇場の裏方の仕事を手伝いながら、稽古を見て演技を覚えたと言っていた。なんだか私と似ている部分があって親近感が湧く。でも口に出して私も不登校だったとは言えなかった。どこか脳内でブレーキをかけるように口から言葉が出なくなった。そんな私を不思議そうに見つめつつ、いろんなことを話した。気づいた頃には話し始めて1時間以上経っていた。
「あ、そろそろ帰らないといけないのでまた来た時にお話聞かせてください」
「もう帰っちゃうの?茜ちゃんの話全然聞けてないのに。」
「ごめんなさい、散歩してくるとしか言ってないんであまり遅いと心配かけちゃうから…」
「そっか、じゃあもしよければSNS交換しない?友達少なくて話せる子いないから茜ちゃんさえよければ友達になりたいな」
「うーん、まぁいいですよ。私も友達少ないので」
そういうと彼は少し笑って、自分のSNSアカウントをスマホに表示させて目の前に差し出した。交換する、という言葉に少し戸惑ったが、あまり悪い人には見えないし連絡先交換ぐらいなら、と思い彼と連絡先を交換した。
「じゃあ、また後でね」
「はい、また」
短く別れの挨拶を交わして家に帰った。
案の定祖母は少し心配していて申し訳なく思った。今日の出来事をざっくりと話すと安堵したような表情を見せた。
今日はとても良い1日だった。話すのは少し苦手だが人と話すこともできた。友達(仮)も出来た。頑張ればまた3年前のように戻れるかもしれない。希望の光が差し始めた私の胸はまた高鳴っていた。
蝙蝠に包まれて 蓮崎恵 @kei_09
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