蝙蝠に包まれて

蓮崎恵

1

水の滴るキッチンの蛇口、始まったばかりの平日昼の情報番組、少し遠くから聞こえてくるいびき。高校生がこの時間帯に見るものじゃないな、とテレビを消し、ダイニングチェアから立って自室に戻ることにした。つっかけを履いて母屋から出る為にドアを開けたら目の前に洗濯物を取り込んでいる祖母がいた。

「あら、茜ちゃん、もう部屋に戻るの?」

「うん。洗濯物取り込んでるけどもしかして今日って雨降る?」

「昼過ぎくらいから降るってテレビでやってたよ。だから今のうちに取り込んでおかないといけないの。」

雨か。学校を辞めてから天気予報すら見なくなったな。

「手伝おうか?」

「もうすぐで終わるからいいよ。部屋に戻っておきなさい。お昼になったら呼びに行くから。」

「分かった、ありがとうおばあちゃん。」

祖母と少し会話をしたあと離れにある私の部屋に戻った。

高校生とは言ったものの、私は高校に入学してすぐに不登校になってしまい中退した。

理由は色々あるが、自分でもこのことを考えるのが嫌だからずっと脳内で誤魔化している。簡単に言えばメンブレ、難しく言えば精神病だ。今は心を休めるために自分が所属していたコミュニティから離れた祖母の家で暮らしている。

ひとまず他の高校生1年生と同じような勉強をしなければ。なんとか大学には行きたい。親にも迷惑かけてる訳だし。

学校を辞めてから毎日起きて何となく勉強してテレビを眺めて寝てまた起きるだけの生活だ。娯楽といえば、さっき挙げた通りテレビ程度。いや、もしかしたら睡眠も娯楽かもしれないが置いておこう。今まで自分が何を楽しみにしていたか思い出せない。友達とどう関わっていたかすらも。私は青春という短い消費期限付きの美味しいお菓子を舐めて、美味しさも分からないままゴミ箱に捨てた。学校行事、部活、友達、そして恋。きっとこのまま過ごしたら1度しか味わうことのできない甘い味を知ることができずに大人になるのだろう。せめて1口くらい味見はしてみたいものだ。学校行事、部活はもう諦めた方が早いだろう。友達……いないことは無いが遠く離れたこの地ではきっと友達とカフェに行く、遊びに行くなどは出来ないだろうし、私の性格じゃ学校にも行ってないのに友達を作るのは難しいだろう。旧来の友達とも高校が離れたから受験期以降会っていない。そうなると恋なんて論外だ。友達すら出来ないのに恋なんて。それに私は人見知りだ。小学校の頃からずっと友達は少なかった。それ故に恋だって1度もしたことがない。私が自分で例をあげた中で今のうちに経験したいと思ったのは恋だった。

恋はきっといいものなんだろう。中学生の頃、好きな人ができたと言った友達は頬を赤らめて感情を滝のように私に言ってきたり、恋人ができたと言った友達は毎日嬉しそうに恋人の話をしていた。微笑ましいというか、聞いて呆れるというか。しかし、楽しそうなのは確かであった。

悲惨だ。乙女にあるまじき姿だ。ただでさえ周りの子と違うことに劣等感を覚えているのに恋すらしたことないなんてあまりにも惨めだ。

恋がしたい。周りの人と同じような。愛が欲しい。この劣等感すら忘れてしまうほどの。

そんなに簡単に恋ができる訳がないけれど、そう思った。

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