魔導狩人 ネコ缶サバ缶第六感アフター
arm1475
ネコ缶サバ缶第六感アフター
ミヴロウ国の王女、ユイ姫。
ぱっと見、黒髪の理知的な見目麗しきお姫様なのだが、その実、理屈を考えて行動するのではなく、身体が先に動くやんちゃな姫である。
無論、皇族としての学を積んではいるのでただの脳筋では無いのだが、一見無謀に見えるその行動が事態を改善させることがしばしばあり、ユイ姫を良く知らない者達からは父王に似た勇猛果敢な王女と思われている。
故に、ユイ姫の素顔を知る者たちからは、そんな周囲の反応には「ええ……」と苦笑いするばかりであったが、一方で内心そんなな姫行動に一目置いているのも事実であった。
ユイ姫は特技があった。
それは、自分のお気に入りの魔導狩人が国内に入ると、どういうことか直感でその来訪を悟るのである。
直感を信じて即座に臣下に情報を集めさせ、彼の居場所を直ぐに突き止めるのだが、困ったことに、抱えている執務を放り出して行ってしまうのである。
そんな奔放な性格に臣下たちは正直呆れていたが、肝心の父王が姫が彼に逢いに行くのを黙認しているために注意することも出来ず、姫の護衛の親衛隊も慌てて付き添わなければならないために正直困り果てていた。
だが今回はユイ姫の直感が空振りするとは、本人も含め誰も予想していなかったようである。
門番からの情報と警備担当からの情報を元に、城下に開店したこすぷれ茶店に居ると分かったユイ姫は、元気よく「やっほー鞘」と声を上げながら入店したものの、店内には大剣を背負う人間は一人としておらず、唖然とする客や店員たちから奇異の注目を浴びるだけだった。
「やっほー、あさぎぃ、鞘、居るでしょ?」
困惑しながら店長を呼びつけるユイ姫だったが、バックヤードからやってきた店長のあさぎも同じくらい困惑の相で答えた。
「……いないの?」
「店にも来ていませんよ」
「本当?」
「マジで」
「あっれぇ~~?」
「鞘さんから姫の情報網の凄さは聞いていましたが、今回は本当にお見えになってませんよ?」
「変だなぁ……私の直感が外れることは無いんだけど……」
そういって傾げるユイ姫を見てあさぎは苦笑いする。
するとあさぎは何か思い出して、あっ、と言う。
「何?」
「もしかすると――姫様、少々お待ちを」
あさぎは出てきたバックヤードに駆け足で戻ると、直ぐに箱を抱えて戻ってきた。
「何それ」
「サバ缶です」
「……サバ……缶……?」
ユイ姫は箱の中に無造作にたくさん詰まった小さな筒を睨んだ。缶のいくつかに同じラベルが巻かれていて、そこには確かに日本語でサバ缶と書かれていた。
「ああ、やっぱり姫様も缶詰知らないのですね」
「かんづめ?」
訊かれて、あさぎは床に降ろした箱の中からサバ缶をひとつ取り出した。
「これは食品を長期保存するために金属の缶に詰めたものです。中にはサバという魚が入ってるハズなんですが」
「魚が? これに?」
「正確には切り分けられて調理されたものですが」
「でもサバって……」
ユイ姫は両手一杯広げてみせて、
「沖合でしか獲れない、人を丸呑み出来る巨大な肉食の奴じゃ」
「ええと……」
あさぎは苦笑いする。
「こっちの世界じゃサメみたいな大魚がそう呼ばれているようですが、恐らくこれ、わたしの居た世界から流れてきたモノだと思います。人間以外もこちらの世界へ来る事なんて良くある話なんでしょう、確か?」
「漂流物かぁ。漂流物は色々献上されていたけど、コレは流石に私初めて見るわ」
ユイ姫はサバ缶の表面を指先で小突いた。
「なんとなくこの筒の作り方は分かるけど……」
「でも、開け方は分からないでしょ?」
「開け方?」
したり顔をするあさぎをユイ姫はきょとんとした顔で見た。
「……そっちの世界ではコレごと食べるんじゃないの?」
「堅くて噛めませんよ! 缶のフタを開けるんです! でもこの世界には缶切りは無いんでしょ?」
素でボケるユイ姫に、あさぎは取っ手のプルトップすらないツルツルの缶の表面をなで回してみせる。
「かんきり? どこかの日本刀の銘?」
「やっくでかるちゃー」
あさぎは仰いだ。
「……いや、まぁ、わたしも元いた世界ではこういう缶詰は簡単に開けられるよう取っ手が付いていたんですが、どうやらわたしが居た時代よりだいぶ昔のシロモノみたいで」
「そう? でもこれが鞘と何の関係が」
「鞘さんが北の港町で見つけたモノだそうです。それを私に送ってきたんですよ、さっき届いたばかりで」
「ええ……」
ユイ姫はサバ缶を見て困惑する。
「まさか私、これと鞘を勘違いした……?」
「そう言う事もあるんじゃ無いんですか、縁と言う奴で」
「ええ……」
ユイ姫、がっくりとうなだれる。
「でもなんでコレをあさぎの店に?」
「一緒に送ってきた手紙によると、この缶詰のサバを食べたかったそうですが、缶切りが無くて諦めたらしくて。で、店に出す食材になるのでは、と思ったそうで。でも私も開けられないから意味が無いんでどうしようかと思ってたんですよ」
「かんきり、ねぇ」
「姫様なら何か心当たりがあると思って、知り合いのわたしの店に送ってきたみたいですねぇ」
「んー」
ユイ姫は暫く唸った後、小脇に刺していた鞘から取り出した小刀を抜くと、あさぎがテーブルの上に置いたサバ缶に突き立てた。
「げ」
サバ缶に突き立てられた小刀を前に、あさぎはぎょっとした。
ユイ姫は小刀の柄をそのまま掴んで缶の表面を押し切ろうとするが、缶詰の頑丈さを甘く見ていたためかなかなか刃が動かなかった。仕方無く小刀を缶から抜くと、中の油が糸を引き、それを見てユイ姫は嫌な顔をした。
「本当にこの中に魚の肉入ってるの……?」
「保存用の食用油ですから食べられますよ」
ユイ姫はため息をついた。
「剣で、スパッ、と力まかせに斬れば開けられそうだけど、こう小さいと中身もぶちまけそうね……」
「小刀ならなんとか開けられそうですね、時間掛かりそうですが」
「なんて面倒くさい……あなたたち、こんなモノ本当に食べていたの?」
ユイ姫は箱からサバ缶をひとつ掴んでみせる。しばしサバ缶を見つめると、はあ、とため息をついて近くのレンガ造りの壁にソレを押し当てた。
「鞘も鞘よ……何で私の方に送らずあさぎに頼るかなあ」
そうぼやくとユイ姫はレンガの壁にサバ缶をゴリゴリ擦り始めた。
「あああ姫さま壁をサバ缶で擦らないでぇ大家に叱られるぅぅぅ」
ユイ姫の行動に慌て始めるあさぎ。だがしばらくして奇妙な音が聞こえて硬直した。
「……ぱっ、かん?」
「あれ」
ユイ姫も音に気づいた。そして持っていたサバ缶を壁から離すと異常に気づいた。
「蓋が開いてる」
「あら」
二人はサバ缶の蓋が開いて食用油が漏れていることに気づいた。まさか缶切り無しで缶詰を開ける裏技のひとつ、「硬い石などに缶の縁を当てて擦って、蓋を抑える金属を削って缶を開ける」事を図らずもユイ姫がやっていたことを、二人とも知る由も無かった。
やがて蓋の状態からその裏技に気づいたあさぎは残りのサバ缶を全て缶切りを使わずに開封することに成功する。その甲斐あってしばらくこすぷれ喫茶ではサバを使った和風パスタを数量限定でメニューに載せて店の評判がまた上がったという。
了
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